朝美 -act Ⅲ
満面の笑みを浮かべた彼女は、じゃあ、わたし行きますね、とそわそわとした。最後に、「そういえば千葉さん、今日、萩原さんに会いました?」と訊いてきた。
「会ってないな」私はそう答えている。
これは、誤りではなく、嘘かもしれないな。私はそう思った。-『死神の精度』
彼女を部屋へと招き、暖色の灯りをつけて音楽を流す。一音ずつ、慈しむように奏でられるピアノの音色が、空間に優しく満ちる。この曲はアメリカで活躍したジャズ・ピアニストが、妻のために捧げた曲であるらしい。一時は人と会話もできないほどの難病を患い、闘病生活の末やっとピアノが弾けるようになった頃、自宅のスタジオで録音した、という。静かで穏やかな、喜びの音色が響く。
彼女をソファーの端に座らせ、簡単な飲み物とチャームを用意した。
「な、雰囲気いいやろ?」
「そうだね、こっちのほう見ると本当にBARみたい。」
窓からは、抜け感のある夜景が見える。彼女の横顔が、柔らかく灯されている。どこか憂いを帯びた表情で、彼女はただ、外を見つめていた。
ここから先は
4,330字
¥ 100
最後までお読みいただけて、ありがとうございます。