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朝美 -act Ⅱ

「『誤りと嘘に大した違いはない』って。それから」萩原がそこで間を置き、つづきを口にしようとしたがそれより先に、古川朝美のほうが言葉を発した。
「『微妙な嘘は、ほとんど誤りに近い』ですね」
「あ」と驚いた萩原は一瞬、息を止め、しばらくした後で、「古川さんも」とかろうじて言った。
「ええ、意外に好きなんです、あの映画」と彼女も勢い良くうなずいた。-『死神の精度』


朝美 -act Ⅰ

「なつめさんは、どこか行きたいところある?」
ふと、彼女が訊いた。彼女の家で映画を観ながらの行為を終え、テレビに映る芸人たちを眺めていた。テーブルの上の食べかけのプリンとモンブランを食べていた。次の休日に行く、デートの予定を話していた。

「え、俺の行きたいところ?」
「うん。私の行きたいところだけじゃなくて、なつめさんの行きたいところも行こう?やりたいことない?」

やりたいこと、か。
青姦、と答えるのをすんでのところで我慢して、考えた。

そしたら、昼前に海を眺めながら、缶ビールを飲もう。少しほろ酔いになったら映画館に行って、話題になってる映画を一番後ろの座席で観よう。映画を観終わったら、夕暮れの水上レストランで早めの食事を済ませて、夜の水族館に行こう。

そして、家に帰ってセックスをしよう。今日のデートはぜんぶ前戯だったと思えるような、そんなセックスをしよう。

テレビに映る芸人たちを眺めながら、そんなことを考えていた。
隣で彼女が、笑っていた。

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彼女と連絡先を交換したあとは、うまくやりとりが進んだ。
うまく、というのは、今まで学んだ、あるいは教わったテクニックやセオリーが、うまく機能している、というような感覚だ。

ただ、テクニックからは表面的な技術を学ぶだけではなく、技術を通じて、自分の考えをつくるべきだと思う。技術を意識しつつも、自分の考えに嘘はつかない。嘘をつくと、自分を失くす。

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『それでも人は話さなければいけないの?嘘をついてしまうかもしれないのに。』

『嘘をつくことも、ある意味では自分の考えをつくることになる。トリックとしての嘘は違うけどね。微妙な嘘は、ほとんど誤りに近い。君が何も言えなくなるときは、自分を表現する言葉を見つけられていない。そういうことだ。言葉を見つけられないことを、恐れている。』

『どうやったら自分の言葉を信じられるの?』

『努力だ。努力が必要だ。正しい言葉を、つまり、何を傷つけることもない言葉を、探すんだ。』

『誠実でいる、ということね。誰かが言っていたわ。“真実は誤りのなかにもある”って。』

『そうだよ。誤りを通じて、真実にたどりつくんだ。』

『愛はどう思う?愛は唯一の真実であるべきじゃない?』

『愛は常に真実であるべきだね。でも愛を理解するには大人になる必要がある。つまり、探求が必要だ。これこそが人生の真実だ。だから愛は解決策になると思うよ。それが真実であればね。』

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「オレンジと、ブルー、どっちがいいですか?」

待ち合わせの場所に、彼女は伸びやかに立っていた。今夜の食事に彼女が着てきたのは、ブルーのシャツだった。上にはカーディガンを羽織るも、下半身はホットパンツというスタイルで、すらりと伸びる白い肢体に目を奪われる。上下の肌の露出面積がアンバランスなのだけれど、服も、街並みも、彼女の肢体を引き立たせるために存在しているようだった。



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