見出し画像

マガジン「私の『玄春』時代」を作りました

 人生における春の時代。私の青春時代は、いま思い返しても「青」くはなかったと思います。

 もちろん中国の五行説を引き合いに出すまでもなく、「春」には「青」の組み合わせが漱石以降「鉄板」「お約束」なのはわかります。
(日本で「青春」という言葉が最初に使われたのは夏目漱石の「三四郎」なのだそうですね。「三四郎」についてはいずれまた書こうと思います)

「青」も「春」も五行でいうと「木」のイメージなんですよね。
「玄(くろ、くらい、はるか)」といったら「冬」が適切な組み合わせで、これはむしろ「水」のイメージだと思います。

 そういう予備知識があると「玄春」ってかなり違和感のある言葉なんですが、あえて私はこう呼びたいのです。
 私の青春は「くらい春」だったし、また「はるか遠い春」だった。
 先が見えない暗闇の中で、それでもはるか遠くにあるだろう青い春を、私は激しく求めていたように思います。

 だから、私の人生の、春の時代を形容するには「玄」の一字こそがふさわしいように思うのです。

「水」のあるところにいつかは「木」が育ってゆくように、「玄」もいつかは「青」に変わってゆくことを信じて。
 私の「玄春」時代のお話をつづってゆきたいと思います。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?