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【詩集】蝶をちぎる獣

『蝶をちぎる獣』


#113

桜色した酒を飲む人は
血管ひとつがからむことが
信頼であるとのたまっていた

ぶちぶち、ぶちぶち、
絡みつこうとする血管をちぎりながら
桜色の酒をすすめて、麻酔がわりにしている

神経回路に花の種を落として
蔦にからめてしまえばいい、

ぶちぶち、ぶちぶち、
雑な剪定だけで十分で、絆と呼ぶには滑稽だ
たくさんの花が咲くように、わたしはそそぐ
桜色の酒を、呑気に、飲みながら、眠る人間、

麻酔が切れる頃には、
名もなき草花になれるだろう
そのときは、水を遣ろう、
腹の底の色した花を、見てみたいから

【その血脈をちぎり酒に浸けて】




#114

過去は、見えぬ先への熱源であった
マグマは、ドロリとわたしの背にいつも在る
その熱に、わたしは溶けぬようにとつとめる
地獄のような生き方は、あらゆる四季に焦がれてる

火種の絶えぬことは、冷涼たる人格の証明である
火炎に燃やす言の葉は、日々が新涼たることである

あらゆる四季を超える度、
わたしのからだは岩になる、
しなやかなる岩になる、
そうして柳にふれて、微笑する

恥じらいを含む、熱視線を、自然に注ぐ時には
たしかに、自然は燃え尽きるのだ
たしかに、自然は燃え尽きるのだ

【焼却と冷却】




#115

蒼白の花畑に立ち寄り
エコーのかかる歌声を聴きいている

土は吸い尽くされ、蜜は甘くなり、
毎日が曇天でも、蒼白の花畑はひかる

様々な犠牲は歌声となり、エコーとなる
リフレインに頭は振られ、熱は上がる
履いてきたスニーカーがうずまる前に
うつくしさが、わたしという一個体を
喰いつくすまえに…

蒼白はひとつひとつが顔のようである
幾億もの目玉のように、ぎらついた花柱は
らんらんとしてわたしの方を見つめている
歌声はすでに耳元まで近づいているから、
鼓膜はやぶれてしまったことだろう
わたしは金縛りにあったかのように動けない
口を開けたまま、目を開いたまま、
うずもれていく、そのとき、ただ、思うことは、

やはりうつくしかった、だが、もう、おそかった

【面々蒼白に咲く】




#116

不意に汚れてゆくことばかりの道の上
無意識はつかる、泥のみず
わたしの口からは、どじょうが這い出る
わたしの目玉からは、蓮がさきみだれる
どじょうたちは、地面の上でぐねぐねと
それはそれは、かわいそうなことをしたと、
思えば白檀のかおりする、その手に引かれ
澄みたる水辺へ連れてかれ、
わたし以外の者たちは、
在るべきところへ還っていった
在るべきところへ還っていった
わたしの救済、浄化のくるしみ、汚れゆくくるしみ
わたしは飲み込もう、清らかなる水、濁りし水、
無意識は、つかりつづける、清濁のあいまを、
わたしは、その手を、やっと離したのならば、
在るべきところへ還っていった
在るべきところへ還っていった

【いきものであるということ】




#117

朝日は鎮火のための炎である
わたしの指先にまで達した熱
朦朧とした朝の鈍いままの痛み
生まれ変われた人は何人いただろう
わたしは朝日によって熱を奪われてゆく

この目は重たくなり、涙の出ぬまま、潤んでいる
一文字話すごとに、朝日は消え去ってゆく、
一文字話すごとに、真夜中が戻ってくる、
もう、なにも、感知できなくなるほどに、
精神の奥は、痛覚のみ残して、鈍く、鈍く、痛む、

この夜を越えた先に、この秒針を追い越す先に、
在ったものは、わたしの真実では、無かった、
在ったものは、遠く遠くの痛みである

火照る海馬冷やして沈む
焼け切るシナプス冷凍して沈む
爆竹起こすニューロン踏みつけ沈む

朝日に遠く遠くの痛みへ問う
何をか何をか生み出したかったか

【冷やかすように朝日は昇る】




#118

イヤリングは高層ビルから落下する
そうして燃え尽きてしまうときに
くだらないレプリカの愛に使った時間を
とりもどすかのような落下速度をはかっていた
落下したイヤリングは割れて、人々に踏まれて
わたしは、愉快になる、そうして、声を出して笑う

誰から贈られたものかもわすれてしまった
これまで会ったひとたちの顔をわすれてしまった
あのイヤリングはたしかに身代わりとなってくれた
それに感謝するかしないかはわたしの自由意思だ

誰が自由で誰が窮屈かをわたしは知らない
わたしはたしかに苦しかったし、これからもそう
ただただ、軽くなりたがっていた時代には
ひたすらに、たくさんのものを抱え込んでいた

捨てる勇気のないことを憐れむ人たちの顔を忘れた
わたしに勇気がないことと他人には因果はなかった
イヤリングひとつにはじめての殺意が湧いたことに
わたしの破綻に、誰も付き合わせることはなかった

【降下してダイヤモンド】



#119

茎のようにちぎられた、唇には蝶々
甘い草花と同じにおいに、蝶々は蜜と思い込む
それは、まぎれもなく、甘い毒であった
蝶々はちぎれてゆく、あるいはちぎられてゆく
花々はわたしを嫌う、蝶々を殺すわたしを嫌う
寝ころんだまま、無意識の毒殺をつづけるうちに
わたしを駆除しにやってき市役所職員に起こされる
わたしはただ、寝ころんで過ごしていただけ
どうしてここを、退かねばならないのか
いやだ、いやだと、その手を払いのけて
グルルルと唸り声をあげている
植物だと聞いていたのに、獣であったことに
驚嘆して怯える市役所職員を少しあわれんで
この場だけを去ることにした、
そうか、ここは公有地だったのか、
それなのに、ここの貴重な蝶々を虐殺してしまった
そのうえ、ここの貴重な植物に嫌われてしまった
わたしは、ここを去って、毒を撒き散らしながら、
次の寝どころをさがして、ゆっくりと歩きだした

【蝶をちぎる獣】




『童話集と葡萄酒』


#120

糸巻きする今朝は丁寧に、
これは、明日のパンの分、

糸を巻いたら童話を書く
これは、明日の麦酒の分、

赤い背表紙にしてください、と、
昼は電話口でおねがいしてみる

本棚のいちばん奥に来るような、
ちいさなちいさな子どものために
はじめての好奇心に勝てないように

午後は街に出掛けて、
昨日の稼ぎで葡萄酒を買う

ちいさなちいさな子どもが
残酷な童謡をうたいながら
母親と手を繋いでわらっている

夕方は葡萄酒を注いで
明日の童話をテーブルの上に見つける

装丁は、ボルドーが好い
背伸びをして本屋に来る
おさないままの少女のために

【童話集と葡萄酒】




#121

アルコールに祈りを捧ぐ信徒たちに
パンは平等にあたえられて、
この世の何を嘆き悲しもう

そういう絵画が今日売れた

わたしのかわいい子は相変わらず
パステルカラーに身を包み
画廊の隅でお行儀よくしている

今日もこの子は隅にいたまま
わたしのかわいい子はお行儀がよくて
わたしのかわいい子はつつましやかに
誰ぞの手招きを、健気に待ち続けている

あの、信徒たちは、虚な目をしてこの子を見ていた
わたしは彼らを愛していた、愛して生み落とした
そうして、とうとう今日になり、
ほんもののパンをわたしにも授けてくれた

神さま、あなたの愛を信じます
だから、わたしの愛も信じてください
わたしの生み落とした、哀れな姿でわたしを愛した
彼らの信仰を愛してください

わたしのかわいい子はなにも知らない
そう、永遠の憧憬だけを与えてしまった
世の嘆きを永遠に、幼い目で見つめている
その子の哀れさを愛するわたしの罪深いこと
この子がわたしのパンになる日を願うこと
それでもわたしを愛してください
この絵筆にあなたの愛を与えてください

世の嘆き、それは、わたし、わたし、

【額縁に微笑む童女へ】




#122

禁じられた匣を開け放たれて随分と経ち
わたしの今日、青い空、たなびく風、

傾国の美女、破滅を呼ぶ乙女、
裏切られた聖女、ファムファタールの姫君
迷い込んだ竹林にて、彼女らの姿に邂逅したときに
当然のように、かける言葉など持ち合わせておらず

珍妙なすがたで、情けなく生きているわたしなんぞ
瑠璃のような瞳には映る資格すら無かったようで
いたたまれなさに耐えきれずに濁るように呟く、

わたしの空は、平和です、たしかに、平和です

瞬間、
竹林は失せ、わたしは、屋根の上で昼寝から目覚め
瞬く間の、呑気な昼下がりに戻り、情けなくなる

あの匣が無かったのならば、
彼女らの業が無かったのならば、
わたしは真の美醜の意味を知らないまま
生まれてくることすらなかっただろうと
わたしはもう一度微生物と成りたい思いで、
ただただ、平々凡々なる考えを
平和な空へ馳せるほかなかった

【運命の女への告白】




#123

終焉、うつくしき、白鳥たちの水辺に
セイレーンは、迷い込み、泣いている

まわりのものたちは、すでに果ててしまい
わたしのあしおとは、その嘆きに寄り添えない

終焉、無垢のための、無為の最果てへ
その聲を、責める神のいないことには
万物の救済がふくまれているという事実

次に目覚めるうつくしき水辺にて
わたしの姿は白鳥であった
うつくしき、白鳥であった

【うつくしき縛り】




#124

白樺から見つめられて、この森に怯える
わたしより消えし清廉をさがしもとめて
わたしは白樺の木々の合間をぬっている
ああ、涼しくも、寒々しくも、うつくしく
ああ、わたしの、病弱な神経、ささる視線

何処へ消えし、わたしの清廉
夢夢、手放さぬ筈の潔白たち
ここへ、呼ばれたのならば
ここから、逃げてはならぬ

わたしの心臓は、清廉なる白樺にうたれてゆく
ああ、水をはじくような、白き肌に触れならん
ここにあらば、わたしの病も、潔白も、
すべてはここへ、言の葉にのせられようと

【忍ぶごとき白き肌】




#125

蜘蛛の巣は雨粒をつらならせ
貴婦人を魅了する首飾りとなる

笑う貴婦人、首には蜘蛛のタトゥー
きりきりと、首に這いより、
慎ましやかな会話に糸を吐く

賑わうサロンのピアニストは
貴婦人の首にぶら下がる糸が
ピアノ線に絡みついているのを見た

指はいつもよりも滑らかに動き
ピアニストの技巧はピアノを破壊する程であり
貴婦人は感涙して、首飾りをいっそう光らせた

蜘蛛の這う夜更け、あのピアノの音を忘れられず
首飾りからは雨粒が、鍵盤をたたいてゆく
それは、今夜のサロンにて聞いた曲である

一曲が終わるたびに泣く貴婦人の涙は
再び鍵盤を弾き出す、蜘蛛がピアノ線を這い
ふたたびの自由を求めるために、
このか細い首に張り付いた己を助けるために、
曲が続く度に、貴婦人の首を絞めてゆく

【蜘蛛の糸によるレクイエム】




『身の丈に合わないねがいごと』


#126

蒼天の下、頭痛がつづいている
左眼の奥からは、まだ何かが生まれたがる

わたしには、犠牲が足らない
まだ、まだ、熱と痛みと、わずかな狂気のみ

空へ昇ってゆくのは
いくつもの昨日たち
みな泣きながら昇ってゆく
やすらかさは無かったように
ただ、透き通る白さは、救済であろう

安堵は危篤と変わらず
わたしには犠牲が足りない
わたしの理性が今日もはたらき
無いものを或るようにささやいてくる
乾燥した雨季に、身体の奥から痺れがくる

左眼からは涙、涙ばかりだ、
しかし、奥から生まれたがるものに
わずかに残る愛を与えてみることは
まるで奥ゆかしい遊びのようであり
やはり、わたしは、真っ先に愛を犠牲にしていた

【狂気を与え、愛は犠牲に】



#127

草原に寝そべって、蛇とねむっていた頃
世間からうけた汚辱を、冷たい水で洗い流したい
そういう、はなしを、していた、気がする

煤臭い、世間に、まみれて、微笑んでいた頃、
神のご加護を信じていた、日々、禊落として、
わたしは、わたしの、汚れた肉体を、知らなかった

蛇はわたしに飽きたように、遠くに行った
それをさみしいとは思わなかった

わたしも這う、爬虫類のように、草の上、土の上、
そこに、汚れたわたしの、肉体と思い出を埋めよう
わたしにはもう、肉体は、いらない、気がする

わたしの肌は草から滲み出たにおいに覆われて
すこしだけ、清められたような、気がする

【汚れは土へと還たがり】




#128

海に浮かぶ嘆きを、漁師の網はつかまえる
けたたましき声に、船は難破してしまった
海は嘆きをただ浮かべていた
その寛大な心に嘆きは苦しむ
壊してきた船の残骸らを貪り
重たくなった躰で、沈もうとする
それを海は受け入れて、大きな波で飲み込んだ
救いのないことは、嘆きを生かすことであり、
寛大な心にのみこまれたとしても、救いは無かった
深海におちてゆけば、もう夢を見ることもない
だれも、この醜いすがたを、見ることもない
くらい、くらい、海の底、うごめいているのは命
わたしは、心であった、かつて、心であった、
ふたたび、落ちてゆく、海の底には、消滅が在る
それを信じて落ちるため、たくさんの罪を犯した
どうか許さないで、わたしを罰して、消してほしい

【渦潮の底に生まれたい】




#129

いつかの傷口が開く前に、この口が開いた
ポップコーンように、跳ねながら、弾ける言葉
すべてが、ナンセンスであり、意味は朦朧として
わたしの口は、閉じなくなった、
わたしの傷口は、沈黙をつづける、
痛みはあるだろうか、この口がひらいてだいぶ経つ
たしかめようもない、いつかの痛み、いつかの罪
会話ができなくなり、ひとりぼっちの広場にて
人々の困惑は、わたしの、唯一の娯楽と成り果てる
恥じらいが失せ、飛び跳ねてゆくばかりの言葉を
今は、唯一わたしを理解するものであると
今は、唯一わたしの心を委ねられるものであると
ポップコーンを食べて鑑賞する映画からは、
わたしに訴えるものはなにもなく、
帰り道に開いた口から、飛びててくる言葉たちに
わたしは、今日も微笑することができていた
いつかの傷口から、いくら血が出ていても、
わたしにはもう、気がつく余地もなかった

【ポップコーンリリック】




#130

深夜の侮蔑、明方の懺悔、
ありあけの月に涙する
わたしの、神経にさわる、すべてを思い、
弱いから、多くの言い訳を、偽装している

深夜は不平等であった
ある人を救い
ある人を蔑む
わたしは、深夜の侮辱に、神経を尖らせてゆく
複雑性を孕む、人間の心理と、この世の真実に、
いつも頭を痛めながら、ひたすらに朝を願った

ありあけの月は、わたしを眺めている
ただ、浮かび、わたしを眺めている
ありあけの月よ、不平等であれ、
ありあけの月よ、わたしだけを眺めていてくれ

そうすれば、朝を迎えた時に、
わたしは、毎日生まれ変わり、
わたしは、己の醜悪を懺悔できるのだ

ああ、その不平等さに、わたしはいつも涙する
ああ、深夜の鬱屈、深夜の発熱、深夜の頭痛
ありあけの月が無かったのならば、
ありあけの月が不平等でなかったのならば、
わたしは次にくる朝を、待てずにいただろうと

【しずまぬ月よ、不平等なる月よ】



#131

従順なる熱情を鎖でつないであるいている
溺愛は在っても、信頼は無かった
今日は、散歩に出かけよう
熱いばかりの体内をもてあまして
ずりずりと、部屋から出てゆく
鎖はわたしにからみつきながら
次第に首をしめてゆく
アスファルトの上で架空の鎖はいよいよしめていく
従順なる熱情にはわたしでは足りなかったらしく
すでにどこかへ向かいたがっていた
空のはずの鎖がわたしをしめころそうとする
とうとう、想像に喰われてしまう日が来たのだと
わたしは、ひとつの完成を祝いたい気持ちであった
もう、声は出せないけれど、
口を、うごかして、伝えた、ありがとう

【身の丈に合わないねがいごと】




#132

夕暮れには鴉の羽が背中に刺さる
今日の一日を責め立てるように
わたしに幾つもの羽が刺さろうと
わたしは永遠に夕焼け空へ飛び立つことはできない

黒く染まる夕焼けの線を切り取って
毎日毎日、戒めばかりが増えてゆく
わたしは、うつむき、あるくだけ

痛みは麻痺してゆき、感情は停止してゆく
わたしが鴉なのか、鴉がわたしなのか
ある日、夕焼けの線が曖昧になって
わたしの罰が決定的になされた
わたしは、飛んだ、大気圏まで、意識は飛んだ、
そうして、焼き尽くされて、再びわたしの背に落ち
黒い鴉の羽の如く、わたしのこれまでを責め立てて

夕焼け空も見えなくなり、ただの真黒がそこにある
わたしの罪の数は、もはや、意味を成さずに
わたしは、何度も消失し、肉体は感覚を無くし
ただ、今日も、夕暮れを背にして、あるいていた

【鴉の鳴く声は大気圏まで】




『群青はブルーハワイを思った』


#133

悲壮感のある天気は快晴であることもある
もとは神童の劣等生が蟻をつぶしながら下校する
純真無垢の鬱屈は、捻くれ者の鬱屈よりも、
群青を深めて沈むように、少年ものみこまれ、
こちらを振り向くことはない、獅子の輝きは、

かき氷はいかがですか、
ブルーハワイはいかがですか、
少女は店先で叫んでいて、大人たちは笑っている
ブルー、ハワイ、の、青さを、思いながら、
握りしめた、百円玉を、差し出して、
じぶんの熱が、
移った硬貨を、
渡したことを、
恥じて、
思わず、逃げ出す、少女の声は、遠のいてゆく、

どうして、ブルー、ハワイ、だろうか
ブルーも、ハワイも、なにも知らないではないか
ぼくは、医者になります
ぼくは、博士になります
ぼくは、教師になります
ぼくは、立派な大人になります
僕は、何も、知らないではないか、
僕は、何にも、なりたくないではないか、

かき氷の、青い、シロップを、潰してきた、蟻に、
かけて、やれば、供養に、なるだろうか、

僕は、何も、知らないではないか、
僕は、何も、知らないではないか、

【群青はブルーハワイを思った】




#134

野良猫と街をあるいていた
シャッター街で餌を探して
今日もおまえは生きていた
わたしの亡霊のような歩き方は
おまえのような野良の横を歩くにちょうど良く
生者か亡者か見分けのつかないわたしに
なつくことはなかったが、逃げることもなかった
わたしはそのまま墓参りに出掛けてゆく
おまえは線香のにおいも好きだったな
いつも和尚は不在だから
わたしに唱えてもらえる念仏も無く
今日も成仏し損ねまして申し訳ありません
そういう風に先祖に拝んでいると
おまえはいつも墓石の上に乗っかり、のびをする
わたしが立ち去るときがおまえとの別れ
おまえは境内の方へあるいてゆく
わたしはその時だけ、さみしさを思い出す

【野良の寺】




#135

銀河団の追越車線、車線変更、どくどく
わたしは地球の、ペーパードライバー
助手席に乗った異星人も、どくどく

プトレマイオスの講義は受けろと言われたのに
わたしは、めんどうであったので、
どこの星座にも止まらないまま走り続ける

地球は苦手でも宇宙なら平気
異性人の友人も居てくれるから大丈夫

そう人類に告げて乗車したというのに
何度も車線変更に失敗している
カーナビは呆れて沈黙している

異星人は、こと座で降りろと静かに言う
ここから、ベガが見えるだろう、と、指をさす

それなら後ろを確認できない
いよいよ車線変更に失敗出来ない
人気の星座だから混んできた
今度は渋滞にはまっている

飛行体に乗るべきだったと友人はぶつぶつ言う
そう言えば、名前を聞いていなかったと、
名前を聞こうとした時に、琴の音が鳴り響く
少し冥界を思い出していたら、彗星が横切り
わたしは、驚いて、ハンドルを右に切った、
車はスピンして、地上に落っこちた、

廃車となった車を見送り、
異星人とは連絡が途絶え、
今、わたしは、公道を、法定速度で走っている
あいかわらず、車線変更のたびに、どくどくと

【ゴールドペーパードライバー】




#136

荘厳なる世界からの最期の音
よく聞きなさいと、教師は言う
聞きたくない子たちは、公園へ走った
わたしはどっちつかずのまま、校庭にひとり
音は鳴り響く、やがて教師は沈黙した
音は鳴り響く、やがて大人たちは沈黙した
鳥の声はもう届かない
虫の声も消えてしまった
せめて、この音の楽器を知りたく、
わたしは、大人たちの服を引っ張る、
沈黙した大人たちは、既に塩化していた
もう言葉すら消えてしまう瞬間
公園からは、子どもたちの、笑い声がした

【静寂のおとずれ、世界の終わり】




#137

正しい音をひろいなさい
クリーンアップの日に音楽室から叫ぶ教師
スチールとアルミのどちらが正しい音なのか
煙草とビニール傘のどちらが正しい音なのか
算数ドリル、漢字ドリル、軽快な音でも憂鬱な音
教科書の一音一音なら分かりそうな気がする
ゴミはいつ、ゴミになったのだろうかと、
うしろではじまった、ザリガニ釣りの声が響いてる
飼育されることは、安全であるか、幸せであるか、
わたしの歩いた時代、子どもの無邪気さは恐怖で、
ゴミはいつ、ゴミになったのだろうか
スチールとアルミ、煙草とビニール袋、ゴムタイヤ
生まれ落ちて、あの教師の一声で、音で選別され、
ゴミと言われた無機物に、寄り添いたいような、
関わりたくないような、一切合切燃やしたいような
ゴミはいつ、ゴミになったのだろうか

【清掃された世界に】

私の作品を気に入って頂けましたら、今後の創作活動をつづけていくためにサポートして頂けると嬉しいです。