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著名経営者とデザイン/デザイナーの関係からCDOの可能性について考える

こんにちは、三宅佑樹(@yuki_miyake)です。

デザイン界隈でCDO/CXOに関する議論が活発になったり、経産省・特許庁から「デザイン経営宣言」が発表されたりと、特に今年に入ってから、経営を司る企業の上層がデザインを理解する必要性や、デザインの知見を持った人材を経営陣に加える必要性について唱える声が大きくなってきたように感じます。

こうした議論が盛んになってきたのは最近のことかもしれませんが(もちろん、後で出てくる亀倉雄策氏をはじめ、数十年前から訴えている人もいました)、歴史を振り返れば、ビジョナリーと謳われた著名な経営者たちが、クリエイティブな才能に秀でた人材を自身の右腕として信頼し、重用してきた例がいくつもあることに気づきます。

そこでこのnoteでは、1970年代から現在まで活躍してきた・している7人の著名な経営者と、その信頼を得てタッグを組んだクリエイターの例を紹介し、それを踏まえつつ、CDOが果たせる役割や可能性について考えてみたいと思います。

本記事ではCDO(Chief Design Officer)と表記していきますが、CCO(Chief Creative Officer)やCXO(Chief Experience Officer)と適宜読み替えて頂いても結構です。


1. スティーブ・ジョブズ / Apple創業者

Apple共同創業者のスティーブ・ジョブズ氏が、同社のデザイナーで現在CDOとなっているジョナサン・アイブ氏に大きな信頼を寄せ、重用していたことを知る人は多いのではないでしょうか。

アイブ氏はジョブズ氏がAppleを追われた後の1992年に入社。短期的な利益重視でデザインが軽視される当時のAppleに嫌気が差し、辞めようと思っていたところ、97年にジョブズ氏が復帰。

その後、デザインに対する思想が一致していた両者は急速に親密な仲となり、管理職として間に位置していたハードウェア責任者のジョン・ルビンシュタイン氏を飛び越えて、「ランチをいっしょに取り、一日の終わりにはアイブのデザインスタジオに寄って雑談をするのがジョブズの日課となった」(※2)そうです。

ジョブズ氏本人はアイブ氏について「事業のコンセプトやマーケティングのコンセプトまで理解してしまう。(中略) 僕らが本当のところなにをしているのか、一番よくわかっているのは彼だ。アップルでひとりだけ精神的なパートナーをあげろと言われたら、ジョニーしかいないね」(※3)と、極めて高く評価する発言を残しています。

2005年にはアイブ氏が工業デザイン担当上級副社長に昇進(ルビンシュタイン氏は退職)。2011年にジョブス氏が亡くなるまで二人の強い絆は続きました。

※1,2,3 ウォルター・アイザックソン『Steve Jobs II』講談社, 初版 P.96, 93, 94
参考 リー・アンダー・ケイニー『ジョナサン・アイブ』日経BP社


2. 江副浩正 / リクルート創業者

リクルート創業者の江副浩正氏が、1964年東京オリンピックのエンブレムなどで知られるグラフィックデザイナー・亀倉雄策氏と非常に懇意な関係にあったという話は、最近ではあまり知られていない話かもしれません。

1963年秋に企業の人事部向けに発行する情報誌の表紙デザインを依頼したことから関係が始まり、亀倉氏が亡くなる97年まで、実に30年以上にわたって深い関係が続きました。その間、亀倉氏は各種情報誌のデザイン、販促物のデザイン、社章のデザイン、ビルの外観デザイン、はては不動産事業で開発した岩手県の安比高原のスキー場に関連するすべてのデザイン(亀倉氏はスキーの上級者だったため、コース設計まで行った)まで、ありとあらゆるアートディレクションを担当しました。

注目すべき点は、デザインだけに限らず、経営面にも参画した点です。亀倉氏は江副氏の依頼でリクルートの社外取締役に就任。最高経営会議のボードメンバーとして、ダイエー傘下入り(のち再び独立)など、幾つかの非常に困難な経営局面で重要な役割を果たしたことが『江副浩正』(講談社)に記されています。

※4 馬場マコト・土屋洋『江副浩正』講談社, 初版 P.167

(上写真のリクルートGINZA8ビル(※ロゴは旧ロゴ)などに見られるハーフミラーのファサードも亀倉氏の提案によるもの)


3. 堤清二 / セゾングループ代表

西武グループ創業者・堤康次郎氏の子で、西武百貨店を中心とする西武流通グループ(のちセゾングループ)を率いた堤清二氏は、文化性を強く押し出した独自の経営手法(「感性経営」などと呼ばれた)で時代を牽引した人物として、1970-80年代の日本の商業・文化を語る上では欠かせない存在です。

自らも「辻井喬」のペンネームで詩人・作家として活動した堤氏は、田中一光、浅葉克己、小池一子、三宅一生、高田賢三、糸井重里(敬称略)といったクリエイティブ業界を代表する面々と公私ともに深く交流し、西武百貨店やパルコの広告、無印良品の立ち上げなど、ビジネスの展開にクリエイターの力を積極的に活用しました。

特にデザイン面においては、田中一光氏が1975年に「西武流通グループのクリエイティブ・ディレクター(CD)のようなかたち」(※6)に就き、百貨店、スーパー、ディベロッパー、金融など、100社を超える同グループ全体のデザイン面を統括。「再開発のビッグプロジェクトのデザインコンセプトから、豆腐や漬物の包装表記に至るまで」(※7)、ありとあらゆるデザインのディレクションを担当しました。

※5 御厨貴・橋本寿朗・鷲田清一 編『わが記憶、わが記録 堤清二×辻井喬オーラルヒストリー』中央公論新社, 初版 P.104
※6,7 田中一光『田中一光自伝 われらデザインの時代』白水Uブックス, P.201 


4. 櫻田慧 / モスフードサービス創業者

モスバーガーを展開する(株)モスフードサービスの創業者で、カリスマ経営者と謳われた櫻田慧氏。

業界の巨人であるマクドナルドに対抗するため、ブランド構築や販促の面で氏が頼りにしたのが、広告デザインやグラフィックデザインの領域で著名なデザイン会社、(株)ドラフトの宮田識氏でした。

宮田氏は全国のフランチャイジーの店舗を駆け回って加盟店のオーナーと話をしたり、地区ごとの販促計画を立てたり、年間300本のペースで販促物を入稿したり、時にはオーストラリアまで牛を見に行ったりと、「会長(注:櫻田氏)が持っているイメージを具現化できるのは宮田であって、他の人には頼めない」(※9)という関係を築くに至りました。

しかし、宮田氏自身が「あのやり方は、二度としてはいけないと思っている」(※10)と述懐するように、「櫻田が宮田を信頼し、ゴルフや食事をともにして、経営のことまで話し合うことに不満を持っていた役員も少なくなかった」(※11)と、宮田氏の活動を追った本『デザインするな』には書かれています。

櫻田氏が60歳で急逝し、モス社の社内体制が変わったこともあり、2000年にモス社とドラフトの協働は終了しました。

※8,9,10,11 藤崎圭一郎『デザインするな -ドラフト代表 宮田識』DNPアートコミュニケーションズ, 初版 P.100, 91, 95,94


5. 柳井 正 / ファーストリテイリング創業者・代表

1998年に原宿店をオープンした翌年、世界的なクリエイティブファームであるワイデン アンド ケネディ(W+K)のジョン・C・ジェイ氏指揮のもと制作されたフリースのCMが話題に。売上に貢献するだけでなく、ユニクロのブランド価値を高めたジョン・C・ジェイ氏を柳井氏は高く評価し、その後も連絡を取り合う仲となりました。

その後、2006年のニューヨーク旗艦店出店のタイミングで佐藤可士和氏をクリエイティブディレクターに迎え、世界進出のためのグローバルブランディングに着手。片山正通氏や中村勇吾氏らを起用して空間からグラフィック、WEBまで全方位的にクリエイティブを強化し、「UNIQLOCK」をはじめ創造性あふれる洗練された広告キャンペーンを展開した結果、それまでの「ユニクロだとバレるのはちょっと恥ずかしい」というイメージから、「堂々と着られるクールなブランド」へとイメージを改善することに成功しました。

そして2014年10月、前述のジョン・C・ジェイ氏を「プレジデント オブ グローバル クリエイティブ」としてW+Kからファーストリテイリングへ迎え入れることを発表。商品デザインも含むグループ全体のあらゆるクリエイティブをグローバルに統括する任務を任せています。

同社のHPを見ると、執行役員として柳井氏の次に名前があることからも(※ちなみに社内取締役は柳井氏のみ)、まさに右腕として重用していることが推察できます。

※12 FASHIONSNAP.COM「『ユニクロはクリエイティブではない』敏腕ジョン・ジェイは何を変えるのか
参考  柳井正『一勝九敗』新潮社, 初版


6. 高島郁夫 / Francfranc創業者・代表

2005年に「デザイン・エクセレント・カンパニー賞」も受賞している(株)Francfrancの代表・高島郁夫氏は、デザインの重要性について著書の中でたびたび触れ、事業でも様々な有名デザイナーを起用しています。

その中でも、AOYAMA Francfranc(現在は閉店)などのインテリアデザインを担当した、日本を代表するインテリアデザイナーの一人である森田恭通氏については「彼のプレゼンで駄目出しをしたことは一度もない」(※14)というほど大きな信頼を寄せているようです。

2007年4月に森田氏は東証一部に上場していた同社の社外取締役にも就任。現在は非公開会社となっているため現任かどうかは不明ですが、MBOを実施した2011年9月の時点では現任でした。

※13 高島郁夫『フランフランを経営しながら考えたこと』経済界, 初版P.176
※14 高島郁夫『遊ばない社員はいらない』ダイヤモンド社


7. ブライアン・チェスキー / Airbnb創業者・CEO

最後に、CEO自身がデザイナー出身のケースとして、Airbnbを取り上げてみたいと思います。

AirbnbのCEO、ブライアン・チェスキー氏は、米国有数の美大であるロードアイランド・スクール・オブ・デザインの出身で、工業デザイナーを経て同社を創業。同じく共同創業者でCPO(Chief Product Officer)のジョー・ゲビア氏も同じ大学の出身で、グラフィックデザイナー及び工業デザイナーとして活動した後、創業に参画しました。

チェスキー氏は、同社COOのベリンダ・ジョンソン氏が「驚くべきビジョナリー」(※16) と評するほど、元々リーダーの資質を持った人物。一方、ゲビア氏は周囲から「完璧主義者」と評され、大人数を統率するよりも、少人数で新しく独創的なアイデアを生み出すことに長けた人物といわれています。

ともにデザイナー出身という2人の関係性において、CPOのゲビア氏が担当している役回りは、「シェアハウスの未来や社会改革を促すような建築やツーリズムの新しい姿など」(※17)を考える"サマラ"と呼ばれる社内デザインスタジオや、実験的なアイデアやプロダクトを開発する"ザ・ラボ"と呼ばれるチームを率いて、同社の未来の可能性を押し広げるような先端的なアイデアを追求することのようです。

※15,16,17 リー・ギャラガー『Airbnb Story』日経BP社, 初版 P.268, 267, 278


CDOの役割・存在とは

上記の例も踏まえつつ、改めてCDOの役割・存在とは何なのかを考えてみたいと思います。実際は企業ごとの事情や他のCxOとの関係などによって様々なケースがあると思いますが、ここでは以下の5つを挙げてみます。

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1. 企業活動の中で発生するあらゆるクリエイティブ(デザイン)の統括
2. クリエイティブ組織(デザイン組織)の構築と運営管理
3. 全社の組織文化、創造的な運営体制の構築と管理

1.,2.はある意味本職といいますか、CDOが管理職として当然担う役割でしょう。3.もCDOが関与するケースが多いかもしれません。

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4. CEOのビジョンを内外に伝えるサポート、そのビジョンをさらに発展させるサポート、CEO含め他のボードメンバーにもまだ見えていない自社の未来の可能性の探索と提示

上で示した経営者とデザイナーの例のように、モノの外観を作るだけでなく経営全体を視野に入れた思考をするデザイナーは、CEOと密な関係になりやすい傾向があるように思います。

これは、「なんとなく直観的に相手の言いたいことを汲み取ったり、時代の空気を察知する『共感性』」、「前例に囚われず、基本的に可能性を信じる楽観的な姿勢」、「わくわくする未来を考えるのが好きな創造的な思考」といったデザイナーが持つ性質が、同じように前向きに可能性を信じる人種で未来のことを考えるのが好きなCEOと相性が良く、共鳴しやすいからではないかと私は考えています。

そうした特性を活かし、CEOのビジョンを汲み取って魅力的な絵や言葉に変換してみせたり、社内外に分かりやすく伝えたり、CEOの壁打ち役になってビジョンをより魅力的に発展させたり、といった役回りが期待できます。

また、Airbnbのゲビア氏のように、自社の未来の姿を探り、誰も予期していなかった方向性や可能性を発見する、といった役割も考えられます。

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5. 企業の行動が本質に合っているか、ビジョンに沿っているかのチェック。そこから外れた短期的視野の経営判断へのストッパー的存在

デザイナーというのは思想的に短期的な経済利益を優先する思考ではないこと(あくまで一般論です)、日頃のデザイン行為を通じて「本質」への着目が習慣づけられていることから、本質から外れたりビジョンにそぐわない短期的視野の経営判断に向かいそうになったときに、疑問を呈したり異議を唱えるストッパー的な存在となることも期待できるのではと私は思います。


社内か社外か

CxOは、東ハトのCBOを務める中田英寿氏のように、社外の人材を非常勤で迎えるということが行われる場合もあります。CDOについてはどうでしょうか。

これは元々社内にデザイン関連の部署があるかどうかも関係してくると思います。社内にデザイン組織が元々あるのであれば、その中から人材を選出するのが妥当かもしれません。

デザイン組織がない場合は、社内にデザイン文化が育っておらず、妥当な人材もいない可能性が高い。そういった場合はまずは社外から迎えることが現実的な手と言えるでしょう。Appleに専門のデザイン組織を作り、ジョナサン・アイブ氏を引き入れたロバート・ブルーナー氏も、もとは社外のコンサルタントとしてAppleに関わり始めました。

社外から迎えるメリットとしては、外部の客観的な視点を持ち込めるということ、CEOに対して比較的忖度せずに物が言いやすいということがあると思います。

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「意味」や「心理的な結びつき」でブランドやサービスを選ぶようになると言われるこれからの時代、その構築やコミュニケーションの面でデザインやクリエイティブの重要性も高まり、CDOを置く企業も増えてくるのではないかと予想されます。本記事が何かの参考になれば幸いです。

お読みいただき、ありがとうございました!

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<Photo>Cover Image : "Steve Jobs II" by Kodansha, "Jony Ive" by Nikkei BP / iPhoneX by Kārlis Dambrāns (CC BY 2.0) / Recruit by Yusuke Kawasaki (CC BY 2.0) / Seibu by Dick Thomas Johnson (CC BY 2.0) / Mos Burger by othree (CC BY 2.0) / Uniqlo by thebittenwordcom (CC BY 2.0) / Francfranc by chinnian (CC BY-SA 2.0) / Airbnb by Airbnb Website

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