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こぎれいな高島屋と、不機嫌なタクシー運転手

ホーチミンの日本人の多くは、だいたいタクシーで移動する。
電車は整備中、バスはスリが多いという。タクシーは10分で300円かからないくらいだから、日本に比べると、ずいぶん安い。


ある日、手土産を買うために、私は家から高島屋へ、タクシーで向かった。

徒歩のときは、歩道がでこぼこだし、ガラスの破片が落ちていたりするので、フラットパンプスかスニーカーなのだけど、タクシー移動だけになりそうだったので、少しヒールのあるサンダルにした。

Googleマップで高島屋を検索すると、「広々として豪華なショッピングセンター」とでてきたので、少しいいワンピースも着てみた。



海外の高島屋。
20年以上前、父の駐在の関係で住んでいたフィリピンのマニラから、旅行でタイのバンコクに行ったときのことを思い出す。

マニラに比べ、日本人が多いバンコクには、高島屋があった(当時のマニラには、小さなコンビニサイズの個人店で、日本食が売っているくらいだった)。

YouTubeやAmazonもまだない時代、日本のお菓子とコンテンツに飢えていた小学生の私にとって、黄金のお寺よりなにより、バンコクで一番印象に残ったスポットだった。

街の喧騒から一変、高級感のある佇まい。日本的な整然として清潔なな建物には、日本のブランド、食材、本屋があった。

ずっと食べたかったカステラ、ずっと欲しかったファイナルファンタジー7の攻略本が、日本に帰らなくても、手に入る!?

冬がなくて、人がオープンなところは、日本よりフィリピンのほうが気に入っていたので、その要素と日本のお菓子とコンテンツの良いとこどりをしているバンコクは、最高に思えた。

そのときに買ってもらったファイナルファンタジーのポストカード本は、幾度とない断捨離をくぐりぬけ、今も実家にある。



高島屋にいいワンピースとサンダルで行こうと思ったのは、そんな思い出もあったからかもしれない。20年以上ぶりの海外高島屋は、日本から来たばかりではありつつも、なんだか楽しみだった。



ただタクシーに乗り込んだ途端、居心地が悪くなった。

タクシー運転手が、かなり不機嫌なおじさんだったのだ。私が乗ってすぐにでた電話の相手に怒っている。

電話をとる直前に告げた行き先は、聞こえなかったらしい。電話を切ると、じろりとこちらを見て、待っている。
言い直しても、わからないというかんじで、じろっとこちらを見る。

信頼あると言われるタクシー会社のタクシーだし、ホーチミンのタクシーはかんじがいい運転手さんが多い印象だったのけど、この人は違うらしい。

ぼったくられた(そして、ぼったくられないようにいつも気を張っていた)イスタンブールやナイロビのタクシーを思い出す。


Googleマップで見せた高島屋を、何度も拡大したり縮小したりしているが、いまいちわからないようだ。
スマホホルダーから、無理やり自分のスマホを引き抜いて、差し出さられる。このスマホのGoogleマップにいれろということらしい。
入力して、マップが道順を示すと、ようやく発進した。

その後も運転手は、しかめ面で、かなり不機嫌な顔のままだ。そんなに難しい行き先でもないし、近くはあるけどこの街ではよくある範囲だと思うのだけど…。

ときどき後ろをじろりと見て、私の様子を伺ってくるから、気づかないふりをする。私のほうも、この人、不機嫌だなぁと見ていたから、お互いちらちら見合っていたのかもしれない。

淡々とするのか、私も不機嫌な顔をするのか、どちらがいいのか。窓の外を見ながら、いくつか表情を試してみる。


自分より若い外国人の女性が、こぎれいな格好をして、昼からタクシーに乗って、高級ショッピングモールに行くのが、憎らしいのかなと考える。

こういうとき、動きやすくてカジュアルな格好をしているほうが、嫌なこと言われにくいんだけどなぁと思う。
今日はまったく逆の雰囲気の装いで来てしまった。

日本のタクシーだって、女性はばかにされたような対応をされることがあるっていうしなぁ。
夫とタクシーに乗って、ここまで嫌なかんじの人いなかったんだけどな。ベトナムもけっこう男尊女卑的なところあるって聞いたしな。やだやだ。

いろいろな思考をする間も、運転手はかなり不機嫌。たまにこちらを見ているようだ。


高島屋がある通りの手前に着くと、運転手がなにか言う。
目の前まで行くのは、面倒ということだろうか。まぁ、いいかと、ベトナム語で「ありがとうございます」と言ってクレジットカードをだす。

運転手が、なにか言う。ポケットからだした20,000ドン札をひらつかせている。

現金で払えということだろうか。私は「こんにちは」と「ありがとう」以外のベトナム語を知らないので、細かい現金を持っていないんです、とジェスチャーと英語で言う。

「そういう話じゃない」と言っているように見える運転手は、クレジットカードの機械に80,000ドンと入力する。

タクシーのメーターは、60,000ドンだ。どうやら20,000ドン上乗せしてくれということだったらしい。

そもそも電話をしたり、高島屋をGoogleマップで探しているあいだもメーターはまわっていて、60,000ドンもすでに通常より上乗せさらているのではと思う。

それに、これまでメーター以上の金額を請求されたことなんてない。現金でも律儀にお釣りをくれる人だって多い。


ということで、それはおかしいと思ったので、メーターとクレジットカードの機会を指差して、英語で「なんで?」と言う。
このくらいのベトナム語、知っておきたいなと思う。

運転手は、あらためて不機嫌そうに20,000ドンをひらつかせて、なにか言っている。

私も折れたくない。ずっと不機嫌なタクシーに乗るのは、全然良い乗車体験ではなかったし、じろじろ見られて「こいつからは、お金をもらってやろう」と思われていたのかと思うと、よりいやだった。

とはいえ、ホーチミンの街の人はあまりカジュアルにけんかしている印象はなかったし、トラブルは避けたいので、ベトナム語がまったくわからない、世間知らずな外国人という体で、「すみません、ベトナム語が話せなくて。わかりません。」ととぼけて言い続けた。

しばらくやりとりをしたのちに、運転手のほうが折れて、60,000ドンと打つ。クレジットカードで決済する。
一安心、と思いきや、レシートを渡すタイミングで、また20,000ドン札をひらつかせている。

20,000ドンとクレジットカードの機械に打とうとする。さっきより、はげしいジェスチャーで、お札をひらひら、自分を指さして渋い顔をして、なにか話している。

ベトナム語なので、まったくわからないけれど。
ジェスチャーと表情から、
「私を助けると思って、払ってほしい。その身なりなら、それくらい払えるだろう」
と言われている気がした。


20,000ドン。120円くらいだ。たしかに払える。
この人は、病気か家族の事情で、本当に困っていて、それで不機嫌なのかもしれない。
そう思うと、顔色も良くない気がする。不機嫌なのも、体調が良くないからなのかもしれない。

心がぐらついてしまった。
私がタクシーで高島屋に行けるのは、自分の努力というより、日本とベトナムの経済成長のタイミングの差がうまいことあったからだしなぁと、考える。

それでも。外国人として、女性として、見下されているかんじが、やっぱりいやだと思った。
実際のところは、言葉がわからないからわからないけれど、これまでのいやな経験の引き出しがあきそうな感覚がした。

「本当にベトナム語がわからなくて、あなたがなにを言っているのかわからないんです。ごめんなさい」

なにもわからない外国人という体で、あらためて話す。一応嘘ではない。
急発進とかしないよね…? 警戒しながら、タクシーを降りる。

不機嫌にも諦めた顔の運転手が見える。


歩道をわたって入ったホーチミンの高島屋は、やはり清潔できらびやかで、女性はだいたいみんなこぎれいなワンピースを着ていた。

120円くらい、払えばよかったんじゃないか。
いやいや、払わなくてよかったんだよ。
悶々として、買い物帰りのカフェでこの文章を書いた。

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