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味を継ぐ

我が家のお正月料理は少し変わってる。

黒豆、きんとん、筑前煮など一般的なおせちが並ぶ中、それらより量多く、テーブルを占めていた料理がある。「肉団子」「マカロニサラダ」「卵焼き」だ。

脈絡ない。お正月にも関係ない。普段でも食べられるのにお正月以外は食べない。変わってるよなぁ。でも私にとってはごくごく自然なこと。「おせち料理ではないらしい」ことはさすがに途中で気がついたのだけど。

これらの料理は祖母の担当だった。祖母は実家におり、私が生まれてからずっと一緒に暮らしてきた。母と交代しながら料理を作り、毎日おいしいごはんを食べさせてくれた。お正月に食べる3つの料理は年に一度の貴重さもあり、食卓に並ぶと密かにテンションが上がっていた。

肉団子。にんじんとごぼうのみじん切りとひき肉を合わせ、小さめに丸めたものを油で揚げる。味付けは主にしょうゆ。見た目はかなり茶色い。ふんわりしっとりというより、ちょっとパサパサ。でもそのパサパサが無性に後を引き、口へ運ぶ手が止まらない。

マカロニサラダ。マカロニ、きゅうり、ゆでたささみをマヨネーズで和える。他の調味料も入ってたかもしれない。市販のマカロニサラダ系は味付けが苦手だけど、これは好きだった。マカロニ食べ過ぎると太るから、ささみだけ多く取り出して食べてたっけ。お行儀悪いな。

卵焼き。砂糖多めで甘めの味付け。だし汁がたっぷりと入り、ふんわりとした仕上がり。口当たり軽く、いくつでも食べられちゃう。卵焼き自体はさすがに普段も食べてたけど、祖母が作る卵焼きはお正月に食べられる特権だった。

これらは私が生まれるずっと前、父が子どものころから食べてたらしい。「どうして食べるようになったの?」と祖母に何回か聞いてみたけれど、「どうしてだっけねぇ」とはっきりした答えは返ってこなかった。

ただ毎年作るこれらを父とおじさん2人(父は3兄弟)がガツガツ食べるので、必ず作るようになったのだとか。父の子ども時代を思い出し、懐かしみながら話す祖母の表情はいつも穏やかでニコニコしていた。この習慣は私たち孫が生まれても続き、50年以上の伝統になった。


その祖母が亡くなったのは今年の5月のこと。
92歳だった。

直後は気持ちが整理できずひどく落ち込んだけれど、noteに書いたり、時間が経つにつれ、少しずつ受け入れられるようになった。それでも祖母との思い出を書こうとすると、優しい笑顔が脳裏に浮かび、涙がこみ上げる。

いつか料理を教えてもらおうという気持ちはあった。でも「いつか」はなかった。祖母はもういなくなってしまった。お正月じゃなくてもきっと教えてくれたのに。時間が有限であることも考えればわかったはずなのに。どうして「いつか」を信じてしまうんだろう。

祖母の遺品を整理すると手書きのレシピが出てきた。今まで作った料理や、恐らくテレビなどで見てこれから作りたいと思ってた料理が書かれていた。あるページには”戦争がなければ調理師免許を取りたかった”というメモも添えられてた。調理師免許を取りたいと思うほど料理に思い入れがあったことは、メモを読むまで全く知らなかった。


何回ページをめくってみても、肉団子、マカロニサラダのレシピは見つからなかった。唯一あったのは卵焼き。あったと言っても分量のみで作り方は書いてない。卵焼きの作り方自体はさすがにわかるけれど、きっと祖母の味にはならない。調理する順番やタイミング、調味料の加減など、レシピに載らない部分に祖母の味が出る。

とりあえず一度作ってみる。分量はレシピ通りに、あとは自己流で。一層一層の卵液が少なすぎたのかうまく巻けない。みるみるうちに焦げてしまう。最後はなんとかひとまとまりにはなったが、だしが濃くしょっぱかった。食べられないほどではないが、おいしくはない。

「卵焼き、焦げちゃったよ」

写真付きで姉にLINEしてみる。(笑)のスタンプがぽんっと来た。うん、ほんと笑っちゃうよね。

ぽんっ。
もう一つ何かが送られてきた。

祖母がパッと映る。動画だ。
生前、卵焼きを作る姿を撮影したものだった。

2019年の11月。亡くなる1年半以上前の様子だった。時間は18分ほど。画面の中の祖母はいつもの台所に立ち、動いていた。ああ元気だ。この頃、亡くなるなんて想像もできなかった。

「私は甘いのが好きだから」と卵液を味見しては砂糖やみりんを継ぎ足す。一応レシピはあるもののだしの分量以外は決まってなく、そのつど味見しながら決めるらしい。

卵液が完成し、いざ焼く工程へ。フライパンをあっため油をひく。かと思いきや側にあったみりんを投入。本人気づいてない。確かに色は似てるけども。チャーミングな祖母。

みりんがひかれたフライパンで、卵はもにょもにょとスクランブルエッグのようになってるのが見えた。そりゃまとまらないよなぁ。

次の卵液を入れる時は「油、油」と探し、今度こそ本物の油をひく。ほっ。ジュワーっと焼いて、巻いていく。話しながら作ってるせいか巻きがうまくいかず、ぐちゃっとなってしまった。

「ああ、もうだめねぇ」と言いつつ、隣で笑う姉に対し「なんとかなるのよ」と落ち着いてみせ、最終的にぐいぐい卵をまとめあげていた。
そう、卵はまとまるのだ。

こんなふうに作ってたんだなぁ。

この姿を見る機会はいくらでもあったはずなのに。どうして私は今、スマホで見てるんだろう。後悔で息が苦しくなる。


もう一度、作ってみた。卵焼きを。

だしと水の分量はきっちりと。砂糖やみりんは味見をしながら。火をつけて、フライパンをあっためて、みりん…ではなく油をひいて。一度に入れる卵液が少なすぎると焦げるから、少し多めに入れて、巻く回数は少なく。うまく巻けなくても焦らない。最後はなんとかなる、を思い出して。

できあがった卵焼きは初めよりおいしそうに見えた。もちろん祖母の卵焼きとは言えないけれど、自分でも少し上達したのはわかる。姉にLINEすると「前よりいいんじゃない」「白い部分があるから、混ぜが足りないね」との返信。そうか、動画でもよく混ぜてたかもしれないな。

切り分けて一つ食べてみる。甘く優しい卵の味わいが口の中に広がった。これ、祖母に食べてもらいたかった。祖母のよりおいしくなくても、完成度はまだまだでも、きっと「おいしいねぇ」とニコニコ食べてくれる。そんな姿が浮かんだ。


祖母はもうこの世にいない。会うことも話すことも、一緒に料理を作ることも、食べることもできない。でも祖母の料理は、生きてる私たち次第で残すことができる。

残したい、と思った。

「伝統を守る」とかそんなカッコイイことじゃなく、台所でせっせと作ってた祖母の姿、食卓を囲んでおいしいねと笑い合ったこと、祖母の優しさに包まれてた時間。それらを心の中にいつまでも残して、忘れないように。

何回作っても完全に同じ味にはならないかもしれない。でもそれはそれでいい。祖母からもらった優しさが染み込み、よりおいしく、より深い味わいになっていくはずだから。


来年のお正月は、私が卵焼き担当になろう。




タダノヒトミさんの「いちまいごはんコンテスト」に参加させていただきます。



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