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プレミアム付き商品券とキャッシュレス還元、どっちの方がコスパ良い? - 運営コストと還元額から比較してみた

 今回は中央区のプレミアム付き商品券である「ハッピー買物券」とそれと似た施策であるキャッシュレス還元キャンペーンについて書きます。


プレミアム付き商品券とキャッシュレス還元

プレミアム付き商品券について

 プレミアム付き商品券とは、たとえば1万円払うと1.2万円分の商品券が手に入れられるというもの。この事業はここ数年毎年度行われていて、今年度も4月当初から申込みが開始されて、6月中旬頃には実物が郵送されているようです。我が家も購入して、少しずつ使い始めている段階です。

2023年度の応募のチラシ

 同様の事業は他の自治体でも行われていますが、最近のトレンドとしてあるのはデジタル型の商品券。QRコードや専用アプリで決済を行う方式で、チャージするときに紙と同様に一定割合でプレミアム分が付きます。たとえば港区ではデジタルと紙の買物券を併用しています。

港区のプレミアム付き港商品券

 一方で、中央区では今年度もあくまで紙のみでの発行でした。

キャッシュレス還元について

 この商品券と似たものとして、キャッシュレス還元キャンペーンがあります。Paypayやd払いなどの民間事業者の決済サービスのなかで自治体限定の還元キャンペーンを行うものです。中央区でも2021年度、2022年度に実施。 

2022年度実施のキャッシュレス還元キャンペーン

「紙」の「買物券」という選択肢は最善なのか?

 これまでで挙げてきたのは以下の3つ。中央区はこれらの選択肢のうちで今年度は「プレミアム付き商品券(紙のみ)」という選択をしました。

  • プレミアム付き商品券(紙のみ)

  • プレミアム付き商品券(紙・デジタルの併用)

  • Paypayなどのキャッシュレス還元キャンペーン

 ここで考えられるべき視点は「この選択が最善であったかどうか」という点。これらの施策の目的は大きく2つ。「区内の商工関係者への支援」と「区民の経済的負担の軽減」。主として言われているのは1つめの方ではありますが、実態としては2つめの方の目的も含まれているのは明らかでしょう。

 地方自治法にはよく知られているようにこんな条文があります。

 地方公共団体は、その事務を処理するに当つては、住民の福祉の増進に努めるとともに、最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない

地方自治法第2条14

 事務処理にあたっては「最小の経費で最大の効果」を目指す必要があるということです。わかりやすく言うとコスパですね。何らかの事業を行うにあたっては最善のものを選択するべく最大限努力する必要がありますし、それがその後においても最善であるかどうかについて不断に検証していく必要があるということです。

 ということで、上記の目的を実現するにあたってこれらの施策が最善であるのかという点について、担当部署や決済事業者の方にヒアリングをしましたので、その結果について報告します。

 なお、この目的達成のためには減税が最善じゃないかといった議論もありますが、今回はプレミアム付き買物券やキャッシュレス還元といった店舗/住民向けの還元キャンペーンという枠内でどれが望ましいのかという観点で見ていきます。

各事業での運営コストの比較

比較の観点

 まず、比較の観点について。色々考え方はあるかと思いますが、今回は施策の予算全体に占める運営コスト部分の割合という観点で比較します。これは外部の事業者に業務を委託している場合はその業務委託費ですし、外部の事業者の決済サービスを利用する場合にはそのサービスを利用するための手数料です。

 単純な話として、この運営コストの部分が低ければ同じ予算額でもっと多くを還元できます。以下はざっくりモデルによる比較。

モデル1(「予算」を固定)

 事業AもBも予算額は5億円ですが事業Aは運営コストが50%、事業Bは20%というモデル。

 この運営コストの金額の違いは予算が同額だとすると、還元額に大きく影響してきます。事業Aの場合には還元額が2.5億円であるのに対して、事業Bの場合は4億円。当たり前と言えば当たり前ですが、予算は同じで運営コストが安くなれば還元額を増やすことができます


 考え方を変えれば、予算額を圧縮できるということでもあります。事業Aでは2.5億円の還元額でした。この2.5億円という還元額を実現するための事業Bを「事業B'」とすると、その実現に必要となる予算額は3億円。同じ還元額を実現した上で予算を2億円も浮かせることができ、その浮いた予算は別の事業に費やせるようになります。

モデル2(「還元額」を固定)

 このように運営コストと還元額の合計額に対する運営コストの割合を見ることで事業のコスパを測ることができます。それでは、以下にそれぞれ情報元を示しつつ整理していきます。

① ハッピー買物券の場合

 最初にハッピー買物券。この運営コストは業務委託費。入札によって事業者を決定していて、その額は2022年度では1.93億円(193,470,630円)。相手方は「株式会社日本旅行」。

入札結果(買物券2022)
※ 落札額は出産祝い金などの買物券事業も含んだ金額なので、文中の金額とは異なります

 これに対しての還元額は3億円。買物券の購入金額の総額である15億円に対して還元率が20%であることから、「15億円 x 20% = 3億円」ということです(担当部署にも確認済)。

 グラフにするとこんな感じ。運営コスト割合は39.2%でおよそ4割。

運営コスト割合(買物券2022)

② キャッシュレス還元キャンペーン(単独)の場合

 次に、キャッシュレス還元キャンペーン。この場合の運営コストについてはPaypayやd払いといった複数の事業者さんにお話をお聞きしまして、固定費としていくら、還元額に対して一定割合を手数料とするなど、いくつかのパターンがあるようでした。

 残念ながら詳細の公表はNGということなので、一例として「還元額の5%を手数料とする場合」で考えてみます(この5%というのは仮の数字ですが、各社から伺った手数料体系に対して当たらずとも遠からずな範囲での数字です)。そして、還元額については先ほどのハッピー買物券と同額の3億円として推計してみます。

 これをグラフ化するとこんな感じ。

運営コスト割合(キャッシュレス還元 単独)

 運営コストの部分は3億円の5%で、何とたったの0.15億円(= 1500万円)。先ほどのハッピー買物券の運営コストと比較するとその差は歴然。


 もっとも、この中には含まれていないものがいくつかあるので単純比較するのはちょっと危険です。

 1つはキャンペーン開催にあたっての事務的なコスト。たとえば区独自の問い合わせ窓口などのコストは含まれていません。また、開催にあたっては事前に対象となる店舗を選別するという作業があります。この施策の目的が主として中小企業の支援であることから、自治体に住所のある全ての店舗ではなく一部の店舗に絞る必要があるためとのことです(2021年度に実施した中央区のPaypayキャンペーンではこれらの作業は行政側で行ったことでかなり大変だったとのこと)。

 もう1つは対象店舗に貼られるキャンペーンを知らせるチラシやポップなどの販促物のコスト。これは自治体ごとにデザインして必要な物品の種類と枚数を注文する形で、これも含められていません。

③ キャッシュレス還元キャンペーン(複数社)の場合

 最後に、キャッシュレス還元キャンペーンで複数社の決済サービスが利用できるパターン。中央区でも2022年度に実施した形式です。

 この場合は、自治体が個別にそれぞれの決済事業者と契約を結ぶのではなく、別の事業者が取りまとめ役として立つのが一般的であるようです。自治体としてはその事業者と契約、事業の運営から決済事業者への手数料の支払いまでをその事業者が行うという形。2022年度の実績ではこの取りまとめ役はプロポーザル形式で決定していて「株式会社JTB」。

入札結果(キャッシュレス還元2022)

 構成のイメージとしてはこんな感じです。あくまで契約の相手はJTB。

複数事業者の場合のキャッシュレス還元の契約形態図

 この業務委託費は1.1億円(112,912,800円)とのこと。担当部署に確認した結果です。契約の詳細までは追ってませんがこの中に各決済事業者への手数料も含んでいるとのこと。

 これに対しての還元額は4.2億円(424,206,653円)。これは高橋元気さんのブログに当時の委員会資料からの引用です。

高橋元気さんブログより

 これをグラフ化するとこうなります。

運営コスト割合(キャッシュレス還元 複数社@2022)

 還元割合は21%。

各事業での結果の比較

 それぞれの「運営コスト」と「還元額」の数字が出たところで、3つの比較をしてみます。その結果がこちら。事業によって予算規模が異なることから、割合に変換しています。

運営コスト割合の比較

 一見して分かるのはハッピー買物券の運営コストの大きさ。そして、これに対するキャッシュレス還元キャンペーンの運営コストの低さ

 予想通り、ハッピー買物券の運営コストはもっとも大きくなっています。これは感覚的にも納得できるところかと思います。利用するにあたって新たに申し込みをする必要があり(しかもWebだけでなくハガキ申込も可)、さらには紙であることから郵送なども伴うためです。さらに言うと、店舗側が換金をする段においても紙での事務作業や郵送の手間が発生します。

 ざっと考えても以下のような作業を行う必要があります。

1. 購入申込
 ・Webサイトでの申込対応
 ・ハガキでの申込対応
2. 決済
 ・クレカ決済手数料
 ・代引決済手数料
3. 郵送
 ・買物券の発送対応
4. 換金
 ・事業者から発送される買物券の集計
 ・事業者口座への振込
5. 事業者登録
 ・対象店舗としての登録対応

 一方のキャッシュレス還元の場合には、すでにPayPayなどのプラットフォームはあるわけですから事前の「購入申込」は不要です。アプリが入っていない人がいるにしても個人で入れたら良いのでそこにコストはかかりません。デジタルな決済手段なので「郵送」も不要です。

 「決済」や「換金」、「事業者登録」については必要です。しかしながら、中央区のいち事業として実施するのではなく全国規模のプラットフォームのなかで実施されるものなのでスケールメリットが生きます。必然的にコストは安価になります。

 特に「キャッシュレス単独」の場合が最安になりますが、先述のとおり事務コストなどが含まれていない点は注意です。「キャッシュレス4社」の場合には単独の場合よりも高くなっていますが、この違いの大部分はJTBへの委託費の部分と思われます。

 とはいえ、それでも運営コストはハッピー買物券の半分程度。予算額が5億円だったとした場合の両者の運営コストと還元額の内訳は下記のとおり。

運営コスト割合(買物券@2022、キャッシュレス還元 複数社@2022)

 キャッシュレスの方は同じ予算規模で0.9億円も還元額を積み増すことができます。

 この積み増し分を還元対象の上限金額に反映したとすると当初の15億円上限から19億円上限にまで増やすことが可能になります。

還元額で上限金額を積み増した場合

 もしくは、この積み増せる還元額を「還元割合」に反映させると現状の「20%」から「26%」に増強することができます。

還元額で還元割合を積み増した場合

最後に

 今回は中央区のプレミアム付き商品券である「ハッピー買物券」とそれと似た施策であるキャッシュレス還元キャンペーンでの還元額と運営コストの数字を明らかにしつつ、コスパの観点から比較してみました。

 結果として明らかであるとおり、ハッピー買物券の運営コストはだいぶ高めになっています。5億円という予算額の4割近くを事務的な経費として費やしているという結果はわりと衝撃ではないでしょうか。

 一方のキャッシュレス還元は買物券と比較するとだいぶ安価です。4社で実施する場合は中間に業者を介すことから委託費がかかりますが、それでも買物券の運営コストの半額程度で済みます。

 また、単独で実施する場合には事務的な経費を追加で契約するにしてもさらに安価になりそうです。これも公表はできないですが複数社が利用できるとしても実態としては最大手のPayPayが大部分を占めていたようです。特定の決済事業者のみを利するようなことは行政として望ましくないという見方はありそうですが、とにかく運営コストを下げて商工関係者や区民に還元するんだ!と思い切ればそういった選択肢もアリと思います。


 現実として今後実施するべきことは、今回挙げてきたような運営コストと還元額を考慮しつつそれぞれの事業を並行で行っていくことだと考えます。その検討の中では、現在導入できてないデジタル買物券も当然に選択肢として入ってくるでしょう。少なくとも現状の紙の買物券よりも運営コストはかからないことが期待できます。

 もう1つ重要と考えるのは、個々の事業でどのようなユーザがどのようなお店でどういった用途に利用したのかを分析したのかという検証を行うことす。買物券であれキャッシュレス還元であれ、事業としてコスパがいかに良いものであるとしても、たとえば大型店舗でばかり利用されていて、施策の目的である中小企業の支援に役立っていないのであればあまり意味がありません。   
 どの決済手段であればどういった店舗で使われるのかという分析は、今後どの決済手段を用いて中小企業支援を行うべきかを判断するために不可欠でしょう。

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