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明石市の子育て政策は素晴らしいけど、少子化を救うとまで言えるのか?その可能性について考えてみた。

 今回のテーマは明石市の子育て政策です。明石市といえば極めて手厚い子育て支援で有名な自治体であり、最近は多くの報道でも取り上げられるようになっています。有名なのは「5つの無料化」。18歳までの医療費、給食費、第2子以降の保育料、市内の遊び場、満1歳までのおむつ。以下は市長ご自身でのツイート。

 このような支援をして終わりということではなく、この子育て支援策が呼び水となって、「まちの好循環」が生まれているというところが何より注目するべきポイント。こちらもご本人のツイートから。

 様々な子育て支援をを行う(①)ことによって住民が安心して住むことのできる街になる(②)、それによって人口が増加(③)、それによって街に賑わいが生まれることで来街者も増加・地価も上昇(④)、これらによって税収も増加(⑤)、この税収によってさらに住みやすい街にするような施策を打てる!という好循環のサイクルが明石市では実現できている、という絵です。

 実際、上記の図にもあるとおり明石市の人口は増えており、税収も増えているというのは事実のようです。上記の図においても「人口9年連続増」「市税収入8年連続増」といった文字が踊っています。

 子育て当事者や多くの専門家の間ではOECD比較で子育て関係予算の割合が極端に低いことなどを挙げて、子育て支援の充実が前々から言われてきました。また、「少子化」は日本の課題として前々から言われてきたことです。そんな中、直近では政府が児童手当の特例給付を廃止するというまったく世論に逆行するような仕打ちもあったこともあり、「所得制限なしに手厚く子育て支援をすることによって子どもが増える」「それによって税収も増える」という明石市の政策は極めて好意的に受け入れられているというのが実際のところです。日頃、子育て世帯の当事者としてあれこれ発信している自分の立場としてもこのような取り組みは実に素晴らしいもので、わたしが住んでいる自治体でもぜひ導入していただきたいと思っています。

この政策を導入すれば、日本の人口や税収は増えるのか?

 このように明石市の子育て支援策は、自治体レベルでの成功は揺るぎないものと言えそうです。しかしながら、その扱いが日に日に大きくなっていく中で「これこそが国の進めるべき少子化対策だ!」というような取り上げ方をされるようにもなっています。そして、その一方で明石市の実施している政策を他の自治体、さらには全国で行うことによって本当に人口や税収が増えるのかという点については一部から疑問も投げかけられています。これは端的に言うと「人口増・税収増といっても、周辺の自治体から流入しているだけなのでは?」という点。これは、ABEMA Primeにてひろゆき氏も指摘されていました。

周辺からの流入だと何がマズい?

 なぜこれが問題であるのかを簡単に整理してみます。明石市だけを見て考えると、様々な政策によって子育て世帯を中心に人口が増え、子どもも増えて良かった!ということになっているのは上に挙げたとおりで、これについては事実です。これを簡単に図にしたのが以下です。

 A市では子育て支援政策を実施することによって、出生数が3万人から5万人に増えた!という状況。この効果は、政策を実施した結果もたらされたものであるように見えます。

 ここだけを見るとそれはもちろん素晴らしいのですが、問題はこの子を生んだ人たちがどこから来たのかという点。1つの経路として考えられるのは明石市在住の家庭がこれまで以上に子どもを生むようになるという流れ。これであれば何の問題もありません。他方、もう1つの経路は別の自治体に元々住んでいた人が明石市に流入してきていることによって増えるという流れ。

 後者の場合、普通に考えると別の自治体の人口やそれに応じて子どもの数は減るということになります。この状況を図にしたのが以下です。

 A市では子育て支援政策を実施して出生数が3万人から5万人に増えたけど、反対にその隣にあるB市では4万人から2万人に減少となったというケース(もちろん、分かりやすくするための極端な例です)。

明石市モデルは「少子化への解決策」たりうるのか?

 仮にこのような他の自治体からの流入のみが生じているのだとすると、一連の政策は住民福祉の増進(住民は色々うれしい!)、もしくは自治体間での人口増とそれに伴う税収増(自治体としては税収増えてハッピー!)という意味は持ちつつも、難題である少子化への特効薬としての効果があるものとは言いづらいことになります。

 なぜならば、A市からB市に人が移ることによって人口が増えているように見えるだけで、日本全体として見た場合に人口が増えているわけではないためです。したがって、これらの政策を全国で実施したとするとどこでも同じサービスが受けられるようになることから流入が生じなくなり、日本全体での人口増の効果は期待できないということになってしまいます。

 一方で、子どもを持つか悩んでいた人が様々な支援策を知ることによって生もうという気になるということが多々生じていて、その結果として出生数が伸びているのだとすると、これらの支援策は少子化対策としての効果も期待できる、ということになります。

どうすれば政策効果があったと言えるのか?

 それでは、他の自治体からの流入だけではなくて本当にこれらの政策に効果があるんだ!とはっきり主張するためにはどういった点が明らかになれば良いのでしょうか。

 最初に思いついたのは出生率。明石市の出生率が他と抜きん出て高いということであれば、単純に子どもを生む家庭の数が増えたのではなくて、明石市は他の自治体よりも子どもを生む割合や子どもの数が多い、と言えます。ただし、一般的に使われている「合計特殊出生率」は女性の年齢別の出生数を出した上で計算する必要があることから、データが公開されていないために不可能。公表されている「合計特殊出生率」はいくつか見つけたものの、ここ最近のデータはありませんでした。

 それと似たようなものとして何かあるかなーということで思いついたのが「女性に対する子どもの数の割合」。年齢別の人口データは多くの自治体で公開されていて、明石市でも公開されています。さらに、このデータであれば直近の2022年のデータまで存在します。ここから「一般的に出産をするであろう年代の女性の数」に対する「子どもの数」を抜き出して、その割合を見れば、おおよその出生率が見えてくるのではないかと考えたのでした。

調べてみた結果

 このような感じで、明石市のデータと全国のデータで比較してみたのがこちらのグラフ。この数字は「子どもの数 / 女性」で、ざっくり言って「女性1人あたりの子どもの数」を示したもの。「1.15」という数字であれば、女性1人に対して子どもが1.15人の割合で存在している、ということになります。

 見てのとおりで、2008年から2016年あたりまでのトレンドはほぼ全国と同じ。つまり、明石市は元々はだいたい全国平均と同じくらいで、子どもが極端に多い自治体ではなかったことが分かります。

 この傾向に変化が訪れるのが2017年あたりから。明石市の方はどんどんと上昇し続けるのに対して、全国の数字についての伸びは緩やか。また、コロナの影響か、2020年を境に減少に転じていることが分かります。

 なお、データとしては明石市の年代別人口e-statの人口推計を用いています。「一般的に出産をするであろう年代の女性の数」は20-44歳の女性、「子どもの数」は0-19歳の男女の数字となってます。どこで切るのかというのは議論があろうかと思いますが、あまり意図はありません。対象としているのは各年の1月時点のデータ。

結果の考察

 この結果から導き出されることは、「明石市は2017年あたりから女性1人あたりの出生数が増えるようになった」ということになろうかと思います。2008年時点で明石市の数字は「1.15」でその後の推移も全国との違いはほぼありませんでしたが、2017年以降は差を広げ続けています。したがって、合計特殊出生率の数字で見てもおそらく同様に近年伸びていることが予想されます。

 「女性1人あたりの子どもの数が増えている」というところが重要で、単純に女性の数が多くなったことによってトータルの子どもの数が増えただけ、という見立ては明確に否定することが可能です。

 また、それまでほぼ全国平均と同じ推移だったにもかかわらず、2017年あたりからトレンドが転換しているというのも政策の効果を示唆するものと言えます。ちなみに泉市長の在任期間としては2011年からですが、政策を打ち出したところですぐに効果が出るものではありません。

 そもそもまず認知されて、そこから実際に使ってみることで安心感や信頼に繋がり、その上で行動変容(今回の例で言えば子どもを増やそうとするということ)が生まれるという流れを考えると、このような納得できるところです。

限界と今後の余地

 ただし、どのようなメカニズムでこの結果が生じたのかという点はこの分析だけではあまりはっきりしたことは言えないので、より慎重な分析が必要と思います。

 好意的に見れば、この結果は「手厚い子育て支援策によって元々生もうと思っていなかった男女がより多くの子どもを持とうと思った!」という解釈になります。一方、批判的に見れば「元々生もうと思っていた男女がせっかく生むのならば明石市で生もうと思って移り住んできた結果に過ぎない」という見方になります。出産を前提とした家庭が移り住んでくるのであれば、女性に対する子どもの数の割合も増えることになります。

 この両者のどちらなのかという話は現状では判別できず、実態としてはその両方でしょう。これを細かく判別していくためには、近隣の自治体の出生数や出生率の推移を見ることで、「他からの流入が見られるかどうか」「他の自治体と比較して出生率の推移がどうなっているか」などを見るとある程度は分かるのではないかと思われますが、そこまでは調べてられていません。

最後に

 今回は明石市の手厚い子育て支援政策によって子どもの数が増えるのかという点について書いてきました。結局が流入しているだけなのではないかという点はわたしもずっと引っかかっていたところであり、これまで明石市の件についてはあまり触れてきませんでした。ただ近年さらに明石市の評判は高まるばかりであったことから、こういった世間の関心のあるうちに簡単にでも調べておこうと感じたのでした。

 実際に子どもの数が増えているというのは以前より泉市長が発信しているとおりですが、「女性1人あたりの子どもの数」という視点から見ても全国平均と比較して増えているぞ!というのが今回明らかにしてきたことです。これは、明石市の子育て支援策が子どもをより多く持とうという意欲をもたらしたという見方が可能で、そうであるとすれば少子化という問題解決の糸口となることが期待されます

 ただし、繰り返しになりますが近隣自治体から子育て世帯が流入したという意見を完全に否定できるものではありません。この点についてはより深めていく余地があると思われます。様々な研究者によって明石市の政策効果がより明らかにされることによって、多くの自治体で同様の取り組みが広まっていくことに期待したいと考えています。


 最後の最後に多角的な目を養うという意味で、このような声があることも残しておきます。これは、どちらかと言うと明石市政に対して批判的な立場の方のたとえ話。

 子育て支援の充実によって子どもの数は増えているものの、税収が全国と比較して大きく伸びているわけではない。一方で、それ以外の部分への投資がおろそかになることによって、将来的には負担増からの人口減、税収減によるさらなる負担増というような負の循環が生じてしまうのではないかという悲観的な未来を予測されています。

 この政策はある種の先行投資として子育て世帯を呼び込んでこの人達が定着することを前提にしていますが、これらの世代が子育てを終えたタイミングで別の自治体に移ってしまうということが生じるのだとすると、このようなシナリオの可能性もゼロではありません。このあたりは泉市長も重々理解されていて、だからこそ子どもだけでなく誰もが暮らしやすい街というコンセプトを近年では打ち出そうとされているのだと思われますが、こういった可能性もありうるということを踏まえておくことは重要であろうと思い末尾に掲載させていただきました。 

Business illustrations by Storyset


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