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【ショートショート】でもデモ行進

(1041文字)

こちらは、首相官邸前です。
朝早くから、首相退陣を求めるデモのために、プラカードやのぼり旗などを持った人々が、続々と集まっています。
現在のところ、おおよそ3,000人といったところでしょうか。しかしまだまだ増える模様です。

朝起きてテレビをつけると、ニュースではデモの様子を中継していた。
「よくやるなぁ」
思わず本音が口をついた。
もちろん頑張っていると思う。思うが、デモで何かが変わったことなどない。少なくともここ数十年の間は。それだけ現政権は安定して票を集めている。
野党は散り散りに小さな党が乱立して、与党と戦える党は皆無だ。
国民の多くが既に政治への期待は持たなくなっていて、先月の衆議院選挙の投票率は、ついに10%を下回った。
「それでも民主主義なんだもんなぁ」

「はい、皆さんお疲れ様です。では、プラカードやのぼり旗をあちらのテントに返して、日当を受け取ってお帰りください!」
背広を着た男が拡声器で何度も話している。
オレはプラカードを置いて、担当のスタッフから茶封筒を受け取った。
隣を見ると、このバイトを紹介してくれた先輩も、同じように茶封筒を受け取ったところだった。
「先輩!」
オレは呼び止めた。
「おお、田中か。お疲れ」
「お疲れ様です」
先輩は受け取った茶封筒の口を手で雑に破いて中を確認した。
「おお!3万も入ってるぞ!先月は2万だったのにな。ラッキー!へへへ」
ちょっと下品に笑う先輩に、オレは礼を言った。
「良いバイトを紹介してくれてありがとうございます」
「そうそう、感謝しろよ。コネがないと参加できないからな」
「それにしても、このデモを主宰してるのって何党なんですか?」
その質問に先輩は首を捻る。
「それが、オレも分からねぇんだよ。どこにも党の名前は書いてないしな」
「不思議ですね」
「ま、いいじゃねぇか。深く考えないでこれで飲みに行こうぜ!」

「総理、本日のデモは終了しました」
「そうか、ご苦労、官房長官」
首相が窓に近づき、夕暮れが近づく首相官邸の外を眺める。その後ろ姿に、官房長官は報告を続ける。
「本日の参加者は3368名、日当は3万円なので、1億円を超えました」
「そうか。野党がもう少ししっかりしていてくれれば、こんな出費は必要ないのだがな」
「しかし、デモも起こらないなんて、また諸外国から日本は独裁国家かと言われかねませんし」
「そうだな」
「次回は来月の12日の予定です。では」
重い扉が閉まる音がして、官房長官が退室した。
首相は外を眺めたまま、
「あーあ、民主主義って面倒くさい」
とため息をついた。

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