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【ドラマ感想文】今朝の秋

昨年に亡くなった脚本家の山田太一さんを偲んで、NHKで放送されたドラマ「今朝の秋」を観た。
ドラマでした。こういうドラマが観たかった。もう放映されたのでネタバレありで感想を。

主人公は笠智衆。別れた妻に杉村春子。これだけで観る価値あるよね。
息子役が杉浦直樹、その妻に倍賞美津子、杉村春子の店の使用人に樹木希林。

杉浦直樹が入院して、先が長くないということを、笠智衆が住まいである蓼科に訪ねてきた倍賞美津子に告げられるところから物語が始まる。
杉浦直樹の病室に、30年以上前に男を作って家を出た杉村春子が、杉浦直樹の同僚に入院のことを聞いて、申し訳なさそうに見舞いに来る。会うのは3年ぶり。それ以前も頻繁に会っていたわけではない。
その後、すれ違いに笠智衆も見舞いに来て、蓼科には帰らず、東京に滞在する。
杉浦直樹は、別れ話をされていた妻に、やっぱり別れないと言われ、さすがに自分の死期が近いことを悟る。
隠しきれなくなった笠智衆は、杉浦直樹を病院から連れ出し、蓼科に帰る。
そこに杉村春子が樹木希林に車を運転させてやってきて、さらに倍賞美津子と大学生の娘も合流し、杉浦直樹を囲んで、和やかに、最後の家族団欒の時間を過ごす。

こうやって書くと、何でもない話のようにも感じる。しかし時代の流れや、男と女の気持ちのすれ違いが、丁寧に編み込まれている。

まだ杉村春子を許せていない笠智衆

笠智衆は、本当の病状を教えて欲しいと訪ねてきた杉村春子に、話すことはないとキツくあたる。30年以上前に男を作って出て行った妻を許せていない。
それはそうだろう。ボクも同じ立場なら、時間が経っても笑顔で接することはできないと思う。
しかし、段々と2人の関係が変わってくる。
最後の団欒に向けて、少しずつ氷解していく2人の気持ちがもう一つの流れだ。

倍賞美津子は、当時の言葉で言う、いわゆるブティックを始めて、それが当たって忙しい時間を過ごしている。そして杉浦直樹とは上手くいっていない。
仕事で忙しかった杉浦直樹が家庭を顧みなかったのが原因のひとつで、杉浦直樹はそれを悔いている。
ラスト近くで、蓼科に行こうと娘に言うと、男がいることを知っていると責められる。偽物の一家団欒をしに行くのかと。
「人間ってね、夫以外の人を好きになることがあるの」
倍賞美津子はそう言い、弁解もしない。
しかし愛情はなくなっても情はあるのだろう。だからまだ優しくしたい気持ちもある。
しかし娘に「お父さんを愛せば良いじゃない」と言われる。その答えが何とも言えない。
「努めてみるわ」
この一言は切なかったなぁ。
夫の余命がわずかということで、忘れていた愛情に気づくというなら良い話かもしれないけどリアリティはない。
愛情が情だけになってしまったら、愛を取り戻すのは難しい。

そして蓼科でのクライマックス。最初で最後の一家団欒の時を、和やかに過ごす。
窓から見えるお祭りの花火、娘と妻、母の線香花火。川の上をゆく灯籠流しは「命」の行方を感じさせたかったのか。

最初で最後の一家団欒

杉浦直樹が亡くなって、最後に残った杉村春子が帰る日。
「どうだ、ここへ移って来んか」
そう言う笠智衆に、気持ちはありがたいけどと断る杉村春子。
その後のセリフが良い。
「そりゃね、あたしもひとりっきりだし、寂しいって言えば寂しいわよ。でも、せっかく意地張ってお父さんのとこ出たんだもの、誘われてすぐ戻るんじゃ情けないじゃない?もう少し意地張ってたいの」
このやり取りの時の2人の表情が何とも言えないんだなぁ。
息子の死を共に乗り越え、氷解したと言えども、一度壊れた関係はすんなりとは元に戻らない。
意地を捨てるタイミングが来れば、また2人で暮らす日が来るかもしれないが、その時は来ないかもしれない。
それを受け止める笠智衆の、寂しさと優しさを湛えた微笑みが良い。

最初は出て行った妻を許せなかった笠智衆。
遠慮がちに見舞いに来たものの、次第に母の顔を取り戻していく杉村春子。
2人の心情の変化が、緩やかなグラデーションとなって伝わってくる。
脚本家も役者も、繊細にこの夫婦を描き切っている。
そして、樹木希林が良いアクセントになってたなぁ。

この話は、誰も責めてないし、讃えてもいない。ただ「人間」そのものを捉えているように感じた。
杉村春子は不倫をし、夫と子供を残して家を出た妻。そして倍賞美津子も不倫をしている。
でもそれを悪としていないし、擁護もしていない。
このドラマが放送されたのは1987年。バブル期突入直後。50代前後と思しき妻が仕事で成功し、不倫をし、別れ話を切り出す。
妻であるより、母であるより、自立する女性という、この時代の新しい女性像。

時代によって変わる価値観、それでも変わらない人間の性と血の繋がりや縁。
山田太一という人は、本当に人をありのままに受け止めて、丁寧に書き出す脚本家だったんだなぁと改めて思った。

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