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【エッセイ】それは思考の癖だから

東日本大震災が発生した2日後、ボクは区役所に顔を出した。
当時は仙台市に住んでいて、その区の沿岸部も津波の被害を受けていた。
何か手伝えることはないかと、仕事のつながりで顔見知りだった課長を訪ねたのだ。
課長はもうすでに疲れを表情に浮かべながらこう言った。
「助かります。私たちは普段、どうしたら問題が起こらないようにできるかという考え方しかしていないので、こういう時にどうしたら良いかわからないんですよ」

役所での対応に苛立ちを感じたことがある人は多いと思う。
しかしそれは能力が低いのではなく、思考の癖の違いだとボクは思う。
「問題が起こらないように」ということに気をつけながら仕事をしていれば、そのためにどうしたら良いかという思考回路が出来上がる。
そして仕事とは関係ない出来事でも、その思考回路を働かせることになる。

物事をどう捉えるかというのは、その人の思考の癖が端的に現れる。
例えば、よく言われるのが「水が半分入ったコップ」。
これを「もう半分しか残っていない」と見るのか「まだ半分も残っている」と見るのか。

靴のセールスマンの話というのも有名ですね。
靴のセールスマンが、靴を履いていない民族が住んでいる島に行く。
セールスマンAは本社にこう連絡する。
「ダメですよ、靴なんて売れません。だれも履いている人がいないんですから」
しかしセールスマンBはこう連絡する。
「どんどん靴を送ってください!だれも靴を履いていないんだから、良さがわかればみんな買いますよ!」

こうした違いというのは、育てられ方や様々な経験のなかで出来てきた、思考の癖の違いなのだと思う。

例えば、ボクはよくこういうケースに遭遇してきた。
誰がか何か新しいアイデアを提案する。
すると必ず二つのタイプが現れる。
Aの「それを実現するにはどうしたら良いか」を考える人と、Bの「なぜそれが難しいのかという理由」を考える人だ。
そのアイデアが良い悪いではなく、これはもうそれぞれの思考の癖なのだ。
少し深掘りして考えてみる。

Aのタイプはそうしたアイデアを実現して、成功した経験を持っているのかもしれない。そして、それを実現するための過程も楽しむことができる。
だから瞬時に、実現するためにはどうしたら良いかという回路に思考が流れ込む。

Bのタイプは、自分の立場や存在感をアピールする人が多いように、ボクは感じている。
もちろん臆病で、どうしてもネガティブに考えてしまうという人もいるが、声を大にして反対意見を述べる人はこのタイプが多い。
最近の言葉で言えばマウントになるのか。
自分がいかに物事を知っているか、経験をしているかをこの機会を使ってアピールしたい。
しかしそれは、そうやって計算して発言しているのではない。
本人にその意識はない。思考の癖なのだ。
これまでそうした発言により、自分の立場を築いてくることができたのだと思う。
または、そうして立場を築いた人を見て「カッコいい」と思ったのか。

どちらのタイプと付き合いたいかといえば、ボクはもちろんAだ。
もしその考え方で失敗したとしても、そこからは得られるものも多いはずだし、なにしろ楽しいことに間違いはない。

そういえば、Bのタイプって、よく昔のドラマに出てくる夫に多いかも。
夕食後にくつろいでいる夫に、妻がこう言うわけですよね。
「子供たちも手が離れてきたし、そろそろ働こうと思うの」
すると、夫は新聞を畳みながら言うわけですよ。
「お前、仕事を辞めてからもう10年以上経つんだぞ。それでちゃんと務まるのか?それに家事はどうする?子供たちだって完全に手が離れたわけじゃないんだぞ」
このセリフ、本人には全く悪気はなくて、本当に心配して言っているんですよね。
でもあくまでも立場は妻より上で、自分が正しいと思っているし、その立場を常にアピールして維持したい。
その無意識から生まれて出来てきた思考回路。

こうした思考の癖は、悪意はないし計算もしていない無意識からくるので、それを指摘したところで話し合いは成立しない。
むしろ図星と感じさせたら喧嘩になるだけだ。

しかし、ボクは相手の思考の回路を違う方に流すことが上手い人に会ったことがある。
昔、仕事でお世話になった人で、その人はある商店街組合の理事を務めていたKさんだ。
Kさんは仙台市や宮城県から助成金を引っ張ってくるのが得意だった。
そのコツを聞いたみたことがある。
まずKさんは企画書や資料などを作らず、手ぶらで担当者に会いに行く。
そしてこう言うわけです。
「こういうイベントがしたいんですが、どうしたら助成金をもらえますかね?」
そのためにはどういう企画書や申請書が必要になるかを細かくアドバイスしてもらうという。
それの何がコツなのかと思うかもしれない。
しかし、普通に考えれば、まずは企画書を作って会いに行くと思う。
そして担当者にそのイベントの意義や、想いを熱心に伝えるはずだ。
「そうするとね、担当者はその企画書からダメな理由を探し始めるんだよ」
Kさんはそう言った。
役所としては問題が起こらないようにしたい。その思考回路で企画書を見るというわけだ。
しかし、なにも持たずに「相談」しに行くと、どうしたらそれが実現できるかという思考回路にできるという。
「それならこういう資料を含めてこういう企画書を作ると役所としては出しやすくなりますね」
あとはその通りに企画書を作って、時々アドバイスをもらいながら完成させて申請すれば良いのだとKさんは言った。

人にはそれぞれ性格がある。
優しい人、意地悪な人、自分勝手な人、ポジティブな人、ネガティブな人…。
それは全て、思考の癖によって現れた結果ともいえる。
自分にどういう癖があるのか、相手にどういう癖があるのか、よく観察してみると、もしかしたら癖を意識するだけで、性格は少しずつ変えることができるのかもしれない。

ボクはこうしたことをあれこれ考えることが楽しいという癖があって、そのおかげで仕事が進まないという現象に直面するのだ。


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