長田弘 散文詩集「深呼吸の必要」

碩学の友人たちもすなる「note」といふものを、そのひそみに倣って吾もしてみむとてするなり。

と言っても、facebookに記したものを、単に転載するだけなのだけれど・・・。

初回は、5年前の5月(3日)に鬼籍に入られた敬愛する詩人、長田弘さんの詩について。

彼との出会いは、学生時代に読んだ愛猫家の小説「猫に未来はない」から始まる。猫には前頭葉がないので、あの小さな猫の額には未来の観念はない、ということからつけられたタイトルだけれど、詩情豊かな猫との暮らしを描いた忘れがたい一冊。

ことあるごとに、彼の詩を味わってきたが、その詩人からの言葉の贈り物、散文詩集「深呼吸の必要」を読み直す。今まさに私たちには深呼吸が必要なんだと思う。

**「深呼吸の必要」後記**
言葉を深呼吸する。あるいは、そうした深呼吸の必要をおぼえたときに、立ち止まって、黙って、必要なだけの言葉を書き留めた。そうした深呼吸のための言葉が、この本の言葉の一つ一つになった。
本は伝言板。言葉は一人から一人への伝言。
伝言板の上の言葉は、一人から一人へ宛てられているが、いつでも誰でもの目に触れている。いつでも風に吹かれているが、必要なだけの短さで誌(しる)された、一人から一人への密かな言葉だ。伝言が親しく届けば、うれしいのだが。
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「深呼吸の必要」におさめられた散文詩二章33篇から、気に入った詩文を書き出していたらきりがないので、いくつかの詩文の断片を以下に記しておく。

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大事なのは、自分が何者なのかではなく、何者でないかだ。急がないこと。手をつかって仕事をすること。そして、日々のたのしみを、一本の自分機と共にすること。~「贈り物」より~

なに、もともと物それ自体には醜いも好いもないよ。大切なのは醜とか好とかにとりこにならないことさ。ものを率直にみることだ。人間の身勝手な感情で、この世をいたずらに好ましいものとしたり醜いものにしたりしないことだ。そうひっそりと一人呟いていた千年も昔の市井の詩人が、きみは好きだ。~「梅堯臣」より~

「遠くへいってはいけないよ」
子どもだった自分をおもいだすとき、きみがまっさきにおもいだすのは、その言葉だ。子どものきみは「遠く」へゆくことをゆめみた子どもだった。だが、そのときのきみはまだ、「遠く」というのが、そこまでいったら、もうひきかえせないところなんだということを知らなかった。
「遠く」というのは、ゆくことができても、もどることはできないところだ。おとなのきみは、そのことを知っている。~「あの時かもしれない 四」より~
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私たち人類は、「急がないこと。」を忘れ、「醜とか好とかにとりこ」になり、「もどることはできないところ」、「もうひきかえせないところ」まで「遠く」に来てしまったのだろうか。

それでも、海や森の香りや足元の感触、肌をなでる風、水と光と大地の恵みを全身で感じ、かけがえのない喜びを見出す力を失うことのないように。
心の中のセンス・オブ・ワンダーを忘れなければ、素直に謙虚に世界を受け止めることはできるだろう。

長田弘さんは、ジョーゼフ・コンラッドのこんな言葉を引用している。
「この世に希望を持つためには、世界は好ましいとかんがえるひつようはないのだ。世界がそうなることもありえないわけではないと信じられれば、それで足りるとしようではないか。」

この本を、私のブックチャレンジ、はまぐり 涼子 (Ryoko Hamaguri)さんからのお声がけから六冊目。石川 康子 (Yasuko Ishikawa)さんからお話をいただいてからは四冊目の旅の本とする。
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