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小説「ムメイの花」 #17連鎖の花

朝の日課。
家の前に立つ。
右手には1本の花。


変わり映えのない毎日に嫌気がさしたのか、
それとも花の答えを一向に僕が見つけられないからか
花は日を重ねるごとに弱々しく下を向いていく。

以前よりさらに色は薄くなり、
しょんぼりした姿を見せるようになった。


そんな花の姿はこんな僕でも
喝を入れたくなってくる!

「目を覚ますんだ!花よ!」

花をゆすってみるもへこたれる。
同じように僕もへこたれる。


花とのやりとりを見ていたらしく、
デルタはいつものようにカメラを覗き、
とぼとぼ僕の元にやって来た。

「花はもう目覚めてるよぉ。
 あ、アルファおはよぉ」

らしくないところを見られたのは
正直少し恥ずかしい。

「おはよう、デルタ。
 花はまだ完全に目覚めていないよ。
 こんなの満開じゃない。
 僕が起こしてあげないといけないんだ!」

「ふうん」

こんなことを述べている僕を
デルタ以外のやつに見られたら、
本当に恥ずかしい。

考えただけで顔が熱くなった。

しかもデルタにあっさりと返事をされ、
僕は全身の体温が急上昇したのがわかった。


しばらくすると、誰かが
僕たちの近くでつまずいて本を落とした。

ブラボーだ。

「おはよう。何を話していたの?」
「おはようブラボー。たわいもない話さ」

そっか、と特に不思議そうな表情もせず
ブラボーは話し続けた。

「最近、チャーリーの持っている花が
 2本になっているんだよ。
 なぜか知ってる?」

「ちょっと前に、
 必要以上に摘み取るのをやめた、
 なんて言っていたよ」

「あのね、
 花が咲かなくなっているからなんだって!

「もしかして僕とデルタだけではなくて、
 ブラボーとチャーリーも
 花の異変に気がついていたってこと?」

デルタは僕の顔を撮影しながらゆっくり答えた。
「そういうことになるみたいだねぇ」


噂をしていると
チャーリーが家から出てくるのが見えた。
僕たちの姿を見つけ、まっすぐな視線でやってくる。

「おはよう!みんな!」

チャーリーの握る花は噂どおり今日も2本。
花はやっぱりしょんぼり下を向いている。

チャーリーは話題が
花であったことを察したようだった。


「みんな朝から花みたいになってどうするんだ!
 考えすぎても良いことはないって
 僕のパパが言ってたよ!」

ブラボーは頷きながら答えた。
「確かにチャーリーの言うとおりかもしれないね。
 完全に花が消えたという真実はないんだし」

ふたりのように
今の僕は呑気でいられなかった。

「みんな気がついているのに、
 気がついている”だけ”なんて」

デルタはようやくカメラを下ろしながら言った。
「花が消えたらアルファ、困っちゃうもんねぇ」


「花が消えたら……」



僕は考えてみた。

花が消えたら、花の意味を考えることはなくなる。
考えなくなったら、答えを見つけたいという想いもなくなる。

想いがなくなったら、こころを失う。
こころを失ったら、僕は身体だけになる。
身体だけになったら、僕は僕ではない。

僕でなくなれば、周りの人との繋がりが薄れていく。
繋がりが薄れてしまえば、人々の記憶も薄れていく。

記憶が薄れていくと……

今、確かに花が消えたという事実はない。
それでもはっきりとした事実がある。


全てが連鎖しているということ。


僕は改めて静かに言い直した。

「花が消えたら、困るのは僕だけじゃない。
 小さな変化を見過ごし、連鎖を滞らせるのは、
 自ら衰退させているのと同じことだ」

みんなの表情はあまりピンときていない様子だった。


一方、右手の花は容赦なしに
答え探しのリミットを設けてくる。
大きな焦りと不安と共に。


僕は強く自分に言い聞かせた。

いい加減、集中しろ、僕。
頭を使え!考えろ!


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