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小説「ムメイの花」 #26時間の花

朝の日課。
家の前に立つ。
右手には1本の花。

今日は、ぱんぱんありがとう活動が
始まる前に花に挨拶でもしてみよう。

「おはよう、右手の花」

突然ミラクルが起こって
元気を取り戻す、なんてことはない。

でも、ふにゃふにゃに萎れ下を向く花が
深々と挨拶を返してくれているように感じた。



フェアリーズのメンバーが
そろそろ集まって来る頃。

萎れた花の香りを確認してみたり、
支え立たせてみたりしていると
時計おじさんが歩いている姿が見えた。

僕が物心ついたときから
ずっといるムメイ人。

毎日、むっとした強面で
毎日、同じ時間に
毎日、同じ速さで
毎日、同じ方向に向かって歩く。

そのムメイ人のことを僕の周りでは
「時計おじさん」と呼んでいる。

おじさんの行動を見れば
大体の時間がわかるから。

僕が学校に行くときも
何度遅刻をせずに済んだことか。

隠れ有名人ではあったけれど、
名前、住まい、何をしているムメイ人なのか
誰も知らなかった。

こんな迷信もある。
実はゼンマイ式のロボットで、
ムメイの地下に眠る巨額の富を守っている。

もし時計おじさんと目が合い、
富に危険を及ぼすと判断されると、
その人に残されている人生の時間を
吸い取られてしまうとか……


まあ迷信はどこにでもある。
僕はもともと迷信なんて信じないタチだ。

話しかける理由にもなるし、
今日一番のぱんぱんありがとうは
時計おじさんに贈ろうと決めた。

近寄り、咳払いをする。

いざ。


「お、おじさん。おはよう」

時計おじさんは無言のまま、止まらない。
目も合わせることもなかった。

僕は懸命に歩調を合わせる。

「おじさん、毎日よく飽きずに同じことができるね」
「時間が狂う。あっちいけ、小僧」

小さく低めの声で渋い。
言葉の冷たさは何となく予想どおり。

僕が言えることでもないけど、
無愛想で近くで見るとより強面だ。

それよりも大事なのは
時計おじさんが喋ったという事実だ。
一大ニュースになるほどの出来事と言えよう。

「お前も毎日同じように花を持って
 家の前に立ってるじゃねぇか」

「ちゃんと視界に入ってたんだ……
 おじさんは毎日同じで退屈じゃない?」

「お前が過ごしている時間が
 退屈だと思うだけだ、人に構うな」

「おじさんは時間に縛られて自由じゃなさそう」



突然、時計おじさんの足がぴたりと止まる。
僕に体を向け、ばっちり目を合わせた。

思わず体が硬直する僕。
瞬きもできない。
これはもしかして、迷信どおりに……



「時間を放置することこそ、自由じゃねぇ」
「放置をしているなんて考えたことないよ」

「いいか小僧。
時間は長さもだが、濃さがえらく大切だ」

「どれだけ行動をするかってこと?」
「時間の濃さを決めるものは感情だ」
「感情……」

まさか時計おじさんから
感情という言葉がでてくるなんて。

「俺の教える時間は
 その時分の濃さを考えるきっかけの知らせだ。
 決して時計にできるもんじゃねぇ。

 今この時、何に感動して
 どう思っているのか考えろ。

 感情がある時間は濃く、豊かで自由だ。
 わかったらとっととあっちいけ。時間が狂う」


時計おじさんは再び足を動かし始めた。
何年も前から毎日、遅刻をしないように
時間を教えてくれていたわけではなかったんだ。

心臓だけじゃなく
「こころが動いているか」
教えてくれていたなんて。


「待って」

僕は時計おじさんを追いかけた。

「言わなきゃみんな知らないよ?」

時計おじさんの足が止まることはない。
僕が足を止めたせいもあって
少しばかり早足になっている。
崩れないのは強面のみ。

「気付けたヤツだけが知っていれば充分だ」


僕は歩調を合わせながら、
右手の花を時計おじさんに差し出した。

時計おじさんの表情を見ていると
萎れた花でさえ、花があった方が
マシだと思ったから。

花が視界に入っていないのか、
時計おじさんは真っ直ぐ前を見て歩く。

もっとしっかりした花だったら
変わっていたかもしれないと少し後悔をした。

「ありがと、おじさん」

そう言うと、時計おじさんは
ちらっと横目で僕を見た。

「お前が話しかけてきたことによって
 いつもより濃い朝になった」

僕は右手の花を差し出したまま、
足が止まった。


素性を知られることなく、
誰に感謝されることもない。

それでも毎日黙って
時間を教える時計おじさん。

どんどん小さくなっていく
時計おじさんの背中を僕はずっと見つめていた。


ぱんぱん、ありがとう。

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