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小説「ムメイの花」 #34後悔の花

朝の日課。
家の前に立つ。
右手に花はない。

ミツメ山から帰ってきてから数日の間、
デルタは姿を見せることはなく
フェアリーズの活動にも参加していなかった。

花の意味や花が咲かなくなってしまったことよりも、
ミツメ山でデルタが集合場所に来なかったことを
頭の中でぐるぐる考えていた。


ブラボーとチャーリーは
僕の元へいつものように集合した。

「おはよう。ブラボー、チャーリー」
「おはよう、アルファ。
 デルタは今朝も来ていないんだね。
 やっぱりあれは……」

意味を含んだように言うブラボー。
チャーリーはすかさず問い詰めた。

「何だ!ボクたちに隠し事しているのか?」
「ブラボー、何かあったの?」

「実は本屋に来たムメイ人が言っていたんだ。
 デルタはあれから地球に行ったらしい」

「え?!デルタのヤツ、
 ボクたちに何も言わずに?!」

「地球に行きたいとは言っていた……
 でもどうやって?」

「そこなんだよ、アルファ。
 ロケットなしでどうやって行くかなんだ」

「そのムメイ人は
 その他に何か言っていなかった?」

「オトコの人だった。

 自分だけの答えに辿りつけそうなムメイ人にしか
 見つけられないルートがあると言っていたよ。

 しかも、そのオトコの人はデルタの物らしき
 カメラを本屋に置いて行ったんだ。

 聞こうとしたことは山ほどあったんだけど
 店が忙しくなって気が付いたらもう姿は……」

ブラボーは首を横にふる。

「本当女の子自体も謎だし、
 取り巻く環境も謎だらけで
 難しいったらありゃしないな!」

更に深刻さが増す僕に対して、
気楽そうなチャーリーが羨ましい。

デルタの夢を誰よりも応援したいのは確か。
なのに込み上げてくる、心地の悪い変な感覚。


僕はあの時ミツメ山で
急いで決断をした自分に、
すごく後悔をしていた。

地球に行ったのであれば
また会えるとは思うけれど、
いつ会えるのかもわからない。

もしかして、
もう会うことはできないのではないか。
そんな考えが僕の頭をよぎる。

「簡単に片付けられたら良いけど……
 厄介なことになっていたらどうしよう。
 大切にしているカメラを置いてまで
 黙って地球に行くなんて。
 何てことをしたんだ、僕は」


あの時の僕は、浅はかな考えで
何でも決めてしまっていた。

花はどこかに咲いている、と
信じるまでは良かった。

でも、フェアリーズの意見を聞かなかったり
ピンチこそがチャンスだと思い込み過ぎていたり。

僕の世界に集中しすぎて自分勝手だった。


ブラボーは悔いている僕をフォローしてくれた。
「誰も悪くないよ、自分を責めるなって」

「違う、僕が発端だ。
 花どころかデルタまで失ったのは
 『ぱんぱんありがとう』に頼り過ぎたせいで、
 誤った選択をしてしまったんだよ」

「失ったって言うけど、
 本当に地球へ行ったならデルタにとっては
 行かない方が後悔だろ?適当な意味を考えるんだよ」

チャーリーも僕をフォローし
前向きな言葉をかけてくれた。

「ブラボーの言うとおりだ!
 デルタから聞かないと
 本当のことはわからないし!
 また会えることを信じよう!」

「きっとさみしい気持ちにならないよう、
 デルタは黙る選択をしたんだよ。
 そして戻る証に大切なカメラを残し、
 自分の目に地球の花を収めようとしているに違いない。
 結構デルタは情に厚いからな。
 ぱんぱんありがとうを贈ろうじゃないか」


うんそうだね、と言える訳がない。

どうして素直に聞き入れられるのか。
どうして今この状況に感謝できるんだ。
感謝でまとめられることではないだろ?

後悔の想いが込み上げてくる。


「フェアリーズは解散しよう。
 デルタなしではフェアリーズと言えない。
 活動は今朝までだ」


僕はそれだけ言い残し、
ブラボーとチャーリーを置いて自分の部屋へ戻った。


ロケットが飛んだのならと信じ、
窓を開け屋根を覗き込んでみた。
花はやっぱり咲いていない。

窓を開けたまま
どれほどの時間が経っただろう。

今となってはあるはずもない、
花が枯れるときの香りを連れて
風が部屋に吹き込んだ。

花の答えを探す前は
何もなくつまらなかったムメイの街。

それが今は街が滲んで見える。

水が豊富で潤いのある街だったのなら
どんなに良いことか。
僕だけが溺れている状態で街が見える。

僕は今、生まれて初めての感覚を体感していた。
全てを諦めてしまおう。

感謝の気持ちを持っても
花の答えは見つからない。

花も特別な想いを持った大切な仲間も、
もう近くにはいない。

自分が壊れそうになるのなら、
感謝なんて続けても苦しいだけだ。

滲んだムメイの街は
次第に息がしにくくなって、
僕は鼻をかんだ。

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