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真に受けるということ

子供の頃、漫才師という仕事を初めて知ったのは「バラエティー生活笑百科」を通してだった。

「生活笑百科」はNHKの法律バラエティー番組だ。
制作はNHK大阪放送局。
1985年の開始以来現在も放送中で、その歴史は40年近くにもなる。
2021年に亡くなった落語家の笑福亭仁鶴が長年司会者(「相談室長」と呼ばれる)を勤めていた。
「四角い仁鶴がまぁるくおさめまっせ」という台詞をご存じの方も多いのではないだろうか。

(ちなみに、約一年という短期間ではあったが初代司会者は西川きよしだったそうである)

内容はこうだ。

まず、スタジオに漫才師が登場し、生活の中での法律にまつわる困り事を漫才で紹介する。
次に、お笑い芸人やタレントらで構成された三人のレギュラーおよびゲスト(「相談員」と呼ばれる)が漫才を受けて、例えば慰謝料が「貰える」「貰えない」など、法律の内容を予想する。
最後に、本物の弁護士が「貰える」「貰えない」のどちらであるか発表し、専門的な解説を加えて終わる。

NHKの放送であること、また内容が法律相談という意外と真面目な内容であることもあってか、バラエティー番組全般を「馬鹿馬鹿しい」「騒がしい」などといって軒並み敬遠しがちな頭の固い親族も、ニュースの後にたまたま流れ出した「生活笑百科」だけは時折見ているようだった。

オール阪神・巨人、ザ・ぼんち、宮川大助・
花子・・・

今や師匠と呼ばれるような漫才師の名前を覚えたのも「生活笑百科」である。

相談員の上沼恵美子は大金持ちで、ヴェルサイユ宮殿顔負けの大豪邸に住んでいるんだと驚いたように、毎回番組を見るたび「漫才師ってこんなに困り事を抱えているのか」「テレビに出ているような人は悩みごとも多いのかもしれない」と思ったものだった。

つまり、漫才のネタとして紹介された法律相談の内容を、漫才師たち自身やその身の回りにある本物の悩みだと、子供心に信じ込んでいた。

大人になってからは、流石にそうは思わなくなった。
番組向けに漫才を作り、法律相談を盛り込んで、しかも笑えるネタに仕上げるのは正しくプロの技だと思う。

今になって考えるのは、子供の頃はとにかく「真に受ける」ことが生活の大部分を占めていたことだ。
家族の言葉、読む本、そしてテレビも含め、身の回りにあるものを素直に受け取って吸収してゆく。

学校でテレビのお笑いの真似をした結果クラスメイトを傷つけてしまうというようなことが起こるのもそのためだろう。

大人になり、子供の頃のこの「真に受ける」ことが、お笑いを楽しむ上で重要な要素であると思うようになった。

漫才やコントを見る時、ネタの内容や芸人の仕草が全て事実だとは思わない。
つまり、真に受けている訳ではない。

一方で、ネット上で芸人のインタビュー記事を読む時、テレビ等に比べればより芸人の本音に近いものが語られていると思う。
つまり、真に受けている。
むしろ「なかなか知る機会のない好きな芸人さんの本音についてのエピソードを真に受けたい」という本音もある。

他方、有料配信のコーナーライブ(ネタやトークではなく、芸人自身や作家が考えたクイズやゲームで遊ぶ様子を見せるライブ)で、大勢の芸人が入り乱れ、ある芸人Aが他の芸人Bの服を掴んで引き倒し引きずり回している場面があったとする。
私自身はこうしたライブはあまり性に合わないのだが、AがBに暴力を振るっているとか、いじめているとかは思わない。
何故なら、芸人がお笑いの範疇で行っていることだという前提を理解しているつもりだからだ。
(ただし時と場合によってはそう思えないこともあるのだけれども)
つまり、真に受けている訳ではない。

これら三つの例を取ってみても、お笑いを見る時、自分が時と場合によって「真に受ける」「真に受けない」ことを使い分けていることが分かる。

お笑いの発信側の意図と受信側の意図が一致した時にお互いの利益が発生する。
意図が一致するか否かは好みの問題という訳だ。

しかしここに齟齬が発生することもある。
例えば、発信側がシンプルに笑い飛ばしてほしかったであろうライブを、受信側が完全なる事実として受け取ってしまい、ショックを受けたり酷評したりするというようなことも起こる。

酷評が集まった結果、慌てた発信側がお笑いの大前提を説明し弁解に追われたという話も聞く。

お笑いに限らないが、大人になるということは、真に受けることと真に受けないことの使い分けが上達するということだ。

そして、真に受けてはいけないものを真に受けそうな時は、さっさとその場から離れるということも、そして時にはその逆も。

大人になった今も、どちらかというといろんなことを真に受ける質だ。
だから、目の前のものが真に受けて良いものかいけないものかを見極める目を磨くと共に、真に受けてはいけないものを真に受けそうな時にすかさず逃げ出す術を駆使していかねば、と思う。

🍩食べたい‼️