#73 MsおじちゃんとHeyおじちゃん・・・ニューヨーク1人旅  2018年11月5日(月)5日目・・・4

初めての異国の地での投函という、ただ手紙を出しただけなのに、自分にとっての大仕事を終えたらホッとして、おトイレに行きたくなった。
ところが、窓口やポストのある1Fに、restroomは見つからなかった。
おトイレが無いと思うと、余計に切羽詰ってくる。

出入口にある、空港のような荷物検査場に立っている、横にでっかいおばちゃん警備員に尋ねることにしたのだが、なぜか羞恥心がわいた。
同じ女性だし、人間みな出るものは同じだし、生理現象なのだから仕方がないことなのに。

そして勇気を出して聞いたが、つい小声になってしまった。
ちょっと大きめのヒソヒソ話のように、
「Excuse Me . Where is Ladies room?」
と言った。
一応、冷静を装っていたつもりだったのだが、焦る様子が出てしまっていたのだろう。〝そうよね~、恥ずかしいわよね~〟という表情で、横にでっかいおばちゃん警備員は、
「#$%&down#”&X&%$#%$#X!&%」
といいながら、左斜め前の窓口の奥を指した後、床を差した。
Downが聞き取れたので、おトイレが地下にあることがわかった。
「あー、地下なのね」
と頷きながら日本語で言うと、なぜかおばちゃんは〝そうそう。早く行きなさい〟と言った様子でうなずきながら、入館者の荷物を短いベルトコンベアーに乗せた。

さっき切手を買った窓口の方へ行きその奥を見ると、階段があった。
階段には壁にも天井にも、ポスターや表示など、案内するものがいっさいなく、窓もない、壁だけの殺風景な階段だった。

地下へ降りたがやはり何も表示はなく、長い廊下が1本と、両側にいくつもの出入り口があるだけだった。真昼間なのに誰もいないし、シーンとしている。電灯はそれほど明るくない。
やだ、なんだか物騒。
ここのどこにおトイレがあるんだろうと、階段を降り切った廊下でキョロキョロしていると、突然廊下の脇から、背丈より大きな荷車を押しながら、運搬のおじちゃんが現れた。ビックリしておののいたが、私は先を急ぐ。
おじちゃんを無視しておトイレを探そうとすると、背後から大きな声で呼ばれた。
「Ms! Ms!!」
へ?私の事? 周りには誰もいないのだから、当然私が呼ばれたのだが、
生まれて初めて呼ばれた「ミズ」という言葉に、上手く反応できなかった。
戸惑っていると、おじちゃんは無言でサッと指さした。見ると、扉の無い部屋があり、中に個室らしきものが並んでいるのが見えた。
体育館の半分くらいありそうな、だだっぴろーい部屋に、個室がズラーッと並んでおり、無駄に広すぎて驚いた。そして少し恐怖心がわいた。

トイレの出入口には扉がなく、個室の内側からの鍵が1つだけ、しかも例によって、個室の扉も横の壁も、上下の隙間は広い。さらに電気は点いているが、薄暗い。
もし使用中に、さっきのおじちゃんが入ってきてしまったらどうしよう。
おじちゃんが用を足すだけならいいが、覗かれたら……、襲われたら……。
よし、そのときは大声で叫んでSOSを出そう。

ドキドキしながら事を済ませ、急いで手を洗い、慌てて出入口に行った。
だだっ広く殺風景で、薄暗い無機質な所から廊下へ出た。そして今度は、あまりにも殺風景すぎて、さっき降りてきた階段へは、左右どちらにいけばいいのかわからなくなった。キョロキョロするが、方向を確認する物がいっさいないのだ。すると先ほどとは別のおじちゃんが、これまた大きな荷車を押しつつ、
「Hey!」
と言って指を差してくれた。見ると階段があった。
〝ああ、助かった。怖いことに巻き込まれることなく、無事に事を済ませられた。よかった、よかった〟

それにしても、さっきのMsおじちゃんといいHeyおじちゃんといい、階段を下りただけなのに、どうして私がおトイレに行きたい事がわかったのだろう? 廊下に立ってキョロキョロしていただけなのに、どうして階段を探している事がわかったのだろう?

おそらく地下はバックヤードになっていて、一般人は入ってこない場所なのだろう。そんなところにアジア女が切羽詰った顔で降りてきたのだから、察するのは容易だ。きっとトンチンカンなお客は私だけではなく、時々やってくるのだろうな。

おじちゃんたちにお礼を言うのも忘れて、指された方を向き、階段を駆け上がった。
シーンとした無機質殺風景な世界から、ワンフロア上がっただけで世界は一変し、多くの客とセキュリティの人たちで、たちまち賑やかになり、空港のような荷物検査場には相変わらず人が並んでいた。

手紙は出せたし、スッキリした。さっきのおばちゃん警備員に、無事に事が済んだ報告とお礼を言わなければと思い、近づいて、
「Thank you」
というと、笑顔で頷いてくれた。
〝間に合ってよかったわね〟と言ってくれているようだった。

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