”貴重な人生取扱店”を取材した話
こんにちは、春だか冬だか夏だか分からん日々が続くせいで衣替えが一生終わらない結城雪也です。
突然ですが、先日こんなものを見つけました。
”貴重な人生”取扱店
あるんですね。
僕が知らないだけで資格とか取れば案外簡単に取り扱えるのかもしれません。危険物取扱亜種とかかな。
その日は家に帰る予定だったのでそんなに気にしてませんでしたが後日。
「……取扱店ってなんだ??」
後日猛烈に気になってきました。
気になってからはもうその店のことが頭から離れません。一体どういう意味なのか。ほんとに取り扱ってるのか。可能であれば僕の人生も丸ごと交換できたりするのかな。
折しもGWが始まり、休みもカレンダー通り潤沢にあります。
「行かねば」
思い立った僕は”貴重な人生”取扱店に伺ってみることにしました。
お店に伺ってみた
早速僕は依然通りかかったその店に向かいました。
ちなみに事前にアポを取ろうとWEBで調べましたが1件もヒットしませんでした。この時点で怪しい店なのではないかという疑念が湧きあがってきました。
いや嘘です、最初から疑念まみれです。
お店は都内、東八道路沿いの住宅街にあります。国家機密で隠蔽されててもおかしくないレベルの取扱店ですが、底抜けするほど普通の街並みの中に隠れてます。
まぁヤバイ草の栽培とか詐欺グループとかはこういう住宅街のマンションに隠れてるっていうしね。警察24時でやってた。
歩くこと10分、例の看板に辿り着きました。先日通りがかった場所なのでそこまで迷いませんでしたが、初見で来ると少し複雑な通りかもです。
改めて看板がある建物を見ると、グレーの壁色のマンションでした。ごく普通です。なにからなにまで不信感が増します。普通であることがこんなに怖いことでしょうか。
エントランスに入り、郵便受けを見ると1つだけ目立つ表示があります。
『波田野人生研究所』
おそらくも何もここが貴重な人生を取り扱ってるお店なんでしょう。人生をされてるなんてとても素敵ですね。帰ろうかな。
怪しさ満点で僕の第六感が緊急事態宣言出しまくりなんですが、もうこの時点で僕の感覚は麻痺してました。
「行こう、好奇心に勝てない」
意を決して僕はエントランスのインターホンに部屋番号を打ち込みました。
呼び出し音が3回鳴る前に反応がありました。
???「はい」
雪也「突然失礼します。外の貴重な人生取扱店の看板を見て気になりまして、良ければお話聞きたいなと」
???「ああ、えぇ、もちろんです! どうぞ、●階までエレベーターで上がっていただいて、降りたら左側にありますので」
真面目そうな男性の声が聞こえ案内してもらいました。僕は言われた通りにエレベーターで上がり、研究所があるらしい階まで来ました。
向かう途中、もしもの時の為に友人にも協力してもらうようお願いしました。
エレベータを降り研究所のドアの前に立ちました。何の変哲もないマンションのドアです。相変わらずロゴだけがでかでかと貼り付けられてます。
インターホンを押すと、すぐにドアを開けてくれました。
???「ようこそ、波田野人生研究所へ。どうぞお入りください」
人生を本当に研究してた
波田野さん「ええ、確かに取り扱っています。当研究所は人の人生のストーリーを研究し、科学的アプローチでより良い人生にするサービスを提供しています」
応接スペースでローズティーを頂きながら、そのように波田野真司さんは説明してくださいました。
波田野さんは研究所の代表で、脳神経の博士号をお持ちだそうです。経歴を伺う限りは海外でも活躍されていた立派な学者でした。マッドサイエンティストじゃなかったことが逆にショックです。
雪也「人生のストーリーの研究、ですか」
波田野「はい。より詳しく言うと、選択肢を選ぶときの脳がどのような働きをしているのかを研究しています」
波田野「人生というのはあらゆる選択肢を選び続けた結果ですよね。その選択はほぼ全て無意識で行っていると思います。無意識なのに、選択肢が良いのか悪いのかを脳が選んでいる。では、脳はどのようにそれを決めているのか? それを科学的に研究しているのです」
雪也「あー、なるほど。その選択肢の積み重ねが人生のストーリーになると」
波田野「仰る通りです。例えば、大金持ちになった人と貧乏な人の差異は選択肢の違いによるもの、というように考えると脳科学でその選択をした理由を研究することは、人生のストーリーを研究しているのと同じではないか。そのように考えています」
聞けば聞くほど現実的な話で、もっと「脳に電極ぶっ刺して弄りまわします」とか「有名人と人生入れ替えます」とか言われると思っていました。言ってほしかった。
とはいえ気になることは山ほどあるので、いろいろ質問することにしました。
雪也「例えばなんですけど、大金持ちになりたいって言ったら脳科学的にできるんですか?」
波田野「できます」
雪也「即答」
波田野「先ほどの話を応用しますと、大金持ちの方や社会的に成功された方が何かを選択するときの脳の動きをトレースすれば良い訳です」
波田野「結城さんに問題です。大半の人がAと答える質問があるとします。ですが、大金持ちの方は共通してBと答えると分かっています。貴方はどちらを選択すれば大金持ちになれる確率が高いと思いますか?」
雪也「まぁ、Bですよね」
波田野「はい。統計学にもなりますが、その方が高いですよね。つまり、そういう質問が来た時に大金持ちと同じ選択をするように脳の動きをコントロールできれば良いのです。その選択の積み重ねでいつか貴方も大金持ちになれるでしょう」
雪也「……なんか、さらっとコントロールしてますけど……ぶっちゃけヤバイ話ですか?」
波田野「はは、そこだけ聞くと怪しく聞こえますがもっと単純です。人には思考のクセがあります。専門用語で思考バイアスと言います。ある事実に対し、人はいろんな考え方をします」
波田野「暗い道で一人取り残されたとしましょう。その事実に、『何かに襲われるかも』と恐怖を抱くかもしれません。反面『道がわかりにくいからこうなった』と怒りを覚えるかもしれません。はたまた『初めてくる道だから面白い』と喜びを感じる人も……まぁ極端な感じ方ではありますが、ただ一つの条件に対して千差万別です」
雪也「たしかに」
波田野「その思考のクセが良くない方向へ行きがちな方には、認知行動療法という治療法があります。私の場合はその認知行動を脳の反応によって誘導するんです。コントロール、というのは大げさでしたがおおむね同じことです」
雪也「そう考えると危なくはなさそう」
波田野「外科手術などは行いませんので危険はないかと。当研究所ではその一連の流れをサービスとして提供しています」
話を伺ううちに、この研究所で行っていることがはっきりとしてきた。
社会的に成功した人々が選択肢を選ぶときの脳の動きをデータとして研究する
クライアントが送りたい人生をヒアリングし、それと合致するデータを使用してクライアントの選択するときの脳の動きを矯正する
クライアントはいずれ選択の積み重ねによって成功した人々と同じような人生を歩める
ということらしい。なるほど。思った以上に理に適ってる。文系だから細かいことは分からないが、効果はありそうだ。
雪也「ちなみに社会的に成功した人のデータとはどういう方から取っているんですか?」
波田野「詳細なことはお伝え出来ませんが、GAFAの主要な経営層や歴代首相の何名か、あとはスポーツ界で活躍された方や芸術家の方など様々になります」
雪也「……林檎の青いジーンズ履いてた人とかもですか」
波田野「断言できませんが」
雪也「わぉ」
波田野「やはり社会的に成功した人々は共通項が多くありますので、研究としては有意義になりますし、今までサービスを受けていただいた方も概ね思う通りの人生を歩まれているそうです」
雪也「それで……費用はどのくらいかかるんです?」
波田野「そうですね……。正直に申し上げると、社会的に成功した人々のデータを得るには非常にお金がかかっておりまして、その分が上乗せしてかかるんですね。ですので望まれてる人生の内容に依りますが……」
雪也「よりますと?」
波田野「3桁後半から4桁万円ほどになります」
だろうよ。
ちょっと奮発すれば行けるレベルではなかった。僕の人生を塗り替えてもらうにはあと数百年くらい働かないとできなさそう。
だが。
ここで諦める僕ではない。
僕はここで少しでもサービスの一環を受けられないかごねる――交渉することにした。
雪也「ちなみになんですけど……そのサービス、僕も受けてみたいのですが」
波田野「もちろん良いのですが、失礼ですがご予算は……」
雪也「今のところはゼロですが、将来的にお金持ちになれるならその際に」
波田野「前払い一括のみでして……」
雪也「そこをなんとか、用意できる範囲でお金集めますので!!」
波田野「あぁ、えーと……」
雪也「お願い!!!! いたしますぅっ!!!!!!」
波田野「えぇと……それでしたら本日はカウンセリングとお見積りではいかがでしょうか? それであれば無料でお引き受けいたします」
雪也「カウンセリングですか?」
波田野「はい、実はこのサービスは全員受けられるわけではありません。あまりに思考バイアスが成功者と異なりすぎる場合やそもそも矯正する必要がない人には行えません。人格を変えてしまったり、お金の無駄になってしまいますから。それをカウンセリングを行って確認するんです」
雪也「なるほど、ぜひお願いします」
僕はプライドとか特にない土下座をくずし、僕は波田野さんのカウンセリングを受けることになりました。困ったときはこれをやっておけば大体向こうが恥ずかしくなって要求を呑んでくれるようになるんですね。おススメです。
カウンセリングを受ける
波田野「では行っていきましょう。できるだけ意識せずお答えください」
雪也「はい」
波田野「まずは貴方の望む人生をお聞かせください。イメージで結構です」
雪也「そうですね……自分は何故か不運なことが多いので運が良くなって、あとはお金持ちになりたいなと。望み過ぎですかね」
波田野「なるほど。運というのも選択肢の結果ですので、望む人生を得られれば運も良くなったと感じるでしょうね」
雪也「確かに」
波田野「では、これから私が数十問ほど3択ほどで回答できる質問をしますので、時間をかけず直感でお答えください。可能な限り無意識の状態で選ぶ回答を知りたいので」
そこから数十分ほど長丁場の質問が続きました(実際の質問内容は記事に記載しないよう伝えられてますので書きません)
例を挙げるとしたら、トロッコ問題のように正しい回答はないがどちらかを選ばなくてはならないような質問のオンパレードでした。正直疲れる。
そうして数十分問題を回答していると――途中から波田野さんが若干困ったような表情をしていました。
波田野「以上で質問は終わりですが……うーん」
雪也「長かった……あの、何か?」
波田野「いえ、では少々席を外しても宜しいでしょうか? 結果は奥の部屋で数分ほど分析してからお伝えします」
そういうと、波田野さんは奥の部屋へ向かいました。
(もしや質問結果がサイコパスと出てしまったのか……)と若干通報されないかと不安に思いながらローズティーを啜ってました。
そんな不安も杞憂で、波田野さんは数分で戻ってきました。
波田野「すみません、お待たせしました」
雪也「問題ありましたか?」
波田野「いえ、こちらで解決しました。それより結城さん、もしご興味があればですが本日特別にサービスを受けてみますか?」
雪也「うぇえ!?」
波田野「はい。その代わりと言っては何ですが、結城さんの選択データを頂戴したいのです」
思ってもない提案に、テンションがあがります。
雪也「え、でも僕社会的に全く成功してないですけど」
波田野「あの、実はですね……先ほどのカウンセリングの結果ですが――」
波田野「真逆の選択をしています」
雪也「はい?」
波田野「かつて見たこと無いくらい真逆の選択肢を選んでいます」
雪也「まじか」
波田野「正直に申し上げると、大金持ちの方大金持ちがAと選ぶ選択肢に対し全てBと答えてます。真逆すぎるのでそのデータを分析できれば大変参考になります」
雪也「参考にされちゃうほどなんだ」
あまりに不名誉なことですが、運が悪いおかげでサービスを受けられることになりました。運が良いのか悪いのかわからないパラドックス。
とにもかくにも、波田野さんは僕を奥の処置室に連れて行ってくれました。即日受けられるということで興奮が止まりません。これから僕はでっかい機械に固定されてレーザーとか照射されるのでしょうか。それとも緑色の薬品を飲まされ記憶がなくなるのでしょうか。
好奇心で身を焦がすとはこのことで、これから漫画でしか見たこと無いようなマッドサイエンスを自身の身で受けることに――
矯正する……!
波田野「こちらを装着していただきます」
雪也「これですか?」
波田野「はい」
雪也「これ……普通のVRゴーグルですよね」
波田野「はい」
の前の書類にサインしました。
波田野さんはその様子を見て、強く頷いてからVRゴーグルを僕に手渡しました。僕は促されるままベッドに横になり、ゴーグルを装着していきます。いよいよです…!
一通りVRゴーグルをつけると、波田野さんがズレが無いようしっかりとベルトを締めつけました。僕の視界はこの時点で待機画面が見えるだけになりました。何も見えません。波田野さんの声だけが聞こえます。
波田野「痛い箇所はありますか?」
雪也「大丈夫です。ドキドキしますね」
波田野「身構えなくても結構ですよ。身体的に影響があるものではありませんから」
雪也「そうなんですか」
波田野「ええ。無意識レベルの話ですから――」
波田野「あぁでも、結城さんの場合は本当に何も変わりませんよ」
雪也「……え?」
波田野「先ほどのカウンセリング結果ですが、すみません。嘘を申し上げました。本当はさっきの話と真逆の結果でした。『大金持ちの方がAと答える選択肢に対し、全てAと回答しています』が正しい結果です」
雪也「……ん、えーと、話が見えないのですが」
波田野「つまり、100%正しい回答をしているのです。これは、普通に考えればあり得るはずがありません。――そういうように回答するように矯正してなければ、の話ですが」
雪也「なにを、言ってるんです? あの、これ一度外して……外れない……!」
波田野「ですのでおかしいと思って過去のデータを調べました。そこで納得いきました」
波田野「結城雪也さん、貴方は既にこの施術を受けてるんですよ」
雪也「……は?」
波田野「なぜお忘れになっているかはわかりません――私も忘れていましたが、やはり選択肢を選ぶということは個人の趣味嗜好も変えてしまう恐れがあるようです。以前の貴方とは服装も感情も異なりますから気づきませんでした。以前の貴方は自力でここを探し当て、正規の方法で望む人生になるよう施術を受けています」
雪也「え……え……」
波田野「そして施術を受けた後も、この場所に何も知らないでたどり着いた……驚きましたしその原因を知りたいところですが、今後も同じことが続くと私の支障になります」
波田野「貴重な人生は二度も替えられません。本来一度も替えられないのに、私は一度だけこの技術で替えることができます。その人生に満足いかないと言われても、それは貴方が最後に自力で選んだ選択肢の結果なのです」
波田野「ですから、貴方の選択肢から『ここをまた訪れる』という選択を無くします。無意識的に選べなくなるので、この場所へ訪れることができなくなります。もう一度替えることができると思わないように――その為の処置です」
雪也「あ……」
波田野「では、始めます。成功した人生を歩めますように。さようなら」
その後の話
それから、どうやって帰ったのか覚えてないのですが、気づけば自宅のベッドで寝ていました。
そうなんです、実は僕は全く身に覚えがないのですが、既にその店の施術を受けていたのです。
その時に僕が何を望んだ人生にしたのか、今では確認しようがありません。
あの研究所へ再度行こうと試みましたが、どうしても辿り着けませんでした。もともとあんな場所は無かったのか、それすら確認する術がありません。
ですから、この記事を書きました。これを見ている方がその研究所に辿り着ければ幸いです。理想の人生を歩めるかもしれません。
ですが。
本当に。
本当に他人の人生と同じ選択をするのなら――
その結果は僕にとって理想の人生と言えるのでしょうか……?
終
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