Past Chapter "Conference"【ジョンウィック二次創作】

※「ジョンウィック:コンセクエンス」の二次創作です。未視聴の方はご注意ください。

 ――これはいったいどういう状況なんだ?
 両手を挙げながら資産家の男はそう思っていた。ニューヨークの摩天楼、屋上階のフロアで男は椅子に座ったまま降伏のポーズを続けている。普段はその二つ下の階から歴戦屈指のガードマンが鼠一匹も通すことを遮っているはずだが、その日に限っては侵入者を通してしまっている。いや、突破されてしまっているといった方が正しかった。侵入者の足元には屈強な男が二、三人ほど息の根を止めて横たわっていた。
 それだけでも異常な光景であったが、男が状況を掴めていない理由は他にもあった。

 侵入者が三人でお互いに拳銃の銃口を向けあっているからであった。

「ここでも出会うとは思わなかったな」
 ケインは淡々と感想を述べた。ケインの銃口はジョンの眉間に、少し引き金を引くだけで撃ちぬけるように向けられている。ジョンの目線はその銃先には無かった。
「……なぜここに」
 そう呟きながらジョンはコウジを睨んでいた。ジョンの銃はコウジの首元へまっすぐ向けられていた。コウジもまた、銃口と目線はジョンに向けられていなかった。
「察するに、我々のターゲットが同じだということだろう」
 コウジは片手で自分の眼鏡の位置をゆっくりと直しながら、銃を向けた相手のケインを見据えていた。
「どうやらコウジの言う通りで、俺らは別々のクライアントからアンタを殺すように指示されているらしい。どれだけ恨みを買ったんだ?」
 ケインは意地悪く笑いながら資産家の男へ話しかけた。資産家の男は何も答えず、ただ首筋に嫌な汗が伝うのを感じるばかりであった。
「まぁいい。とりあえず銃を降ろして――そうだな、会議でも行うか?」
「……ああ」
 ケインの問いかけに、ジョンは端的に答えた。そして三人はゆっくりと、それでいてお互いに一分の隙も与えないような間合いで銃を握った片手を降ろしていく。降ろしきったことを確認すると、コウジは襟を少し正して二人に話しかけた。
「それで、『誰が彼を殺すか』だが、ここは私が妥当だろう」
「……何だって?」
「……なぜだ?」
 ケインとジョンはほぼ同時にコウジに問いかける。コウジは不思議と思われるのが不思議といったような表情で問いに答える。
「ここに来るまでの間、私が一番殺しているはずだ。1フロア分の死体を見なかったのか?」
「……おいおいコウジ、もしかして目が見えてないのか?」
 ケインはへらへらとそう言った。二人はその類の冗談は慣れてしまったのか無言であった。
「俺は裏のエレベーター側からやってきたが、運が悪いことに同業者たちの休憩場所だった。どう考えてもそっちの方が人が多かった。コウジの理屈で言えば、ハンデありで俺の方が殺してる」
「私は階段からだが、入り組んでいて警備が強化されていた。その中で突破してきたのだから順当に考えて私だろう」
「だとしても質で言えばこちらの方が重労働だ。今回は俺が殺す」
「ダメだ。それにジョンの意見を聞いていない。ジョンはどうだ?」
「そうだジョン。お前はどこから突破してきた?」
 二人はぱっとジョンの方を見る。ジョンは少し俯きながら拳銃をリロードしていた。
「……俺は」
 マガジンを詰め替え終わると、ゆっくりと二人に向かって目線を上げた。
「正面からだ」
「……」
「……」
 しばらくの間無言の時が続いたが、苦笑したケインがわざとらしく腕を広げて首を振った。
「オーケー、分かった。見ていないことに対して競っても仕方ない。ジョン、お前は俺にロンドンの仕事で借りがあるだろ? ここで返してもらおうか」
「……パリで返した」
「そうか? ならコウジだ。トウキョウでの一戦は実に苦難を強いられた。ここで一つ恩を売ってくれ」
「サンフランシスコでの一幕は感動的ですらあったな」
「ああそうそう、その通り、実に喜劇だったな。忘れてろよ」
 ケインは深いため息を一つ吐くと、やれやれといった手振りをしながら二人に背を向けた。
「全く、会議は平行線。どれをとっても決着が付かない。仕方ない。俺の答えはこうだ」
 そう呟くやいなや、ケインは握っていた杖を逆手に持ち替え、そのまま素早い動きで振り返りながらジョンの首元へ目掛けて突きつけた。だがその瞬間を見逃さず、コウジは鞘から日本刀を早抜きし、ケインの伸ばした腕に切りかからんばかりの位置で構えた。ジョンは銃を素早く構え、コウジのこめかみに向ける。
「実力で決めようじゃないか」
「……ケイン」
「……やはりこうなってしまうのか」
 そうして三人は数分前のようにお互い拮抗状態に戻ってしまった。その様子を見ていた資産家の男は――内心呆れかえっていた。
 ――こいつらは一体何をやっているんだ? この私を前にしてぎゃーぎゃーと。子供の喧嘩か? 舐めやがって。
 資産家の男は両手を上げたままちらりとデスクの下を見た。防弾仕様の頑丈なデスクの足元にはマシンガンが吊り下げられていた。緊急事態用のマシンガンで、弾は既に充填済み、セーフティも外された状態であった。
 ――一瞬でいい。あいつらの気が逸れた瞬間にこれを掴めば後はハチの巣だ。簡単な話だ。この私を舐め腐りやがって、後悔させてやる。
 資産家の男の腹は決まった。その瞬間が現れるのを待ち、三すくみ状態の光景を注視した。
「ちょうどいいだろ? 俺らの誰が一番強いかを決めた方がいいと思ってたんだ」
「誰が強いなど関係ないだろう、ケイン」
「この世界に居てそうは行かない、コウジ。いつか俺らがお互いに殺しあうその時、トドメを刺すのは誰か決めた方が後腐れが無いだろう?」
「……」
 少しの気の緩みも許されない緊張が三人に流れ続ける。誰もが一手を出せずにいる。出した瞬間、全てが決まる。そんな空白が数秒、いや数分が経つ頃だろうか。
「……ウッ……」
 突然三人の足元辺りから呻き声が聞こえた。ボディーガードの一人が意識を取り戻したようだ。
 ――今だ、気が逸れた!
 その瞬間、資産家の男は素早くデスクの下に手を突っ込み、マシンガンを手に取った。動きは決まっていた。その動作は実に素早いものであった。
 ――勝った! ざまぁみろ!!
 勝利を確信した資産家の男は高らかに宣言しながら銃口を三人に向けた。
「馬鹿どもがッア――」

 パン。

 一発の銃声が鳴り響いた。
 いや、正しくは”三発”だった。音が重なりそう聞こえただけであった。資産家の男に握られたマシンガンはだらりと下がった腕から落ち、額には風穴が三つばかり空いていた。ケイン、ジョン、コウジはきっちりと並んだ銃口を降ろし、お互いの顔を見合った。
「これは合議の結果、『たまたま同じ瞬間撃った弾が同時にターゲットを撃ちぬいた』でいいか?」
「異議なし」
「……ああ」
 ケインとコウジは同時に落とした杖と日本刀を手に取り直した。ジョンは銃をしまう前に呻き声を上げていたボディーガードに二発撃ち込んだ後、腰元に銃をしまった。
「おっと、忘れてた。これは借りか、貸しか」
「……これで全部チャラにしろ」
 三人は横たわる死体の山を跨ぎ越しながら、硝煙と血の匂いで満たされた摩天楼から姿を消していった。

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