卵巣腫瘍ができたよ!②

の続きである。

そして入院当日。

必要は荷物を大きなリュックに詰め、しばらくシャバともお別れかあ、となんとなく感慨にふけりながら病院の門をたたく。

入院前のPCR検査(初めて受けた)を経て、入院病棟へ。

少しでも入院費を浮かせるために、保険適用で差額がかからない相部屋を希望していたが運がよく空いており2人部屋に入ることになった。

入院当日は検査のみなので、特にすることがなく持って来たPCとIpadでひたすら仕事を進める。

自分の上司も行っていたが、病室では本当に何もすることがないので仕事が本当にはかどる。

ベッドを好きな角度に調節できるのも便利で、このベッド、うちにもほしいな…と思った。いくらくらいなんだろう。

そんな感じでつつがなく過ぎていった入院日初日だったが唯一辛かったのが、手術前処置だった。
具体的には下剤と浣腸である。

翌日の手術ではお腹を切るので、腸内を何もない状態にしておく必要があるらしく、しょっぱくて甘いボトルいっぱいの下剤を戻しそうになりながら完飲しなければならなかった。弱い下剤と言われていたが、飲み干したあとお腹の気持ち悪さが止まらず、何度もトイレにこもる羽目になった。

ダメ押しの浣腸では尻穴処女を失うことになった。下剤と浣腸のダブルコンボで、私はお腹の中にあったあらゆる固形物を尻穴から垂れ流すことになったのである。

そして迎えた手術当日。キリスト教系病院のためシスターが自分のベッドを訪れ無事を祈ってくれた。

そして歩いて手術室へ行き、手術台へ乗った後も執刀医・看護師さん全員でキリスト教式で祈りの時間があった。ちょっと怖くなった。

手術開始。

手術終了。

意識が戻ると私は自分のベッドの上で、声も出せないような状態だった。

腕には点滴、股にはおしっこ用の尿管とバッグが取り付けてあり、足にはエコノミー症候群を防ぐためのマッサージ器。そして、お腹の横には赤い透明な袋がぽよんと垂れ下がっている。手術痕から出てくる血?をためるための袋で、名前は確か「ドレーン」だったような。

とにかく全身に管が取り付けられているような状態で、麻酔で意識も混濁。
身体が動かせないので、ひたすら痛みと不快感に耐えるしかない。

ビジュアルでいうと、ちょうど真造圭伍さんのtwitterに上がっていた漫画の通りだった。

身体を動かせない中でも仕事はどんどん積もっていくので、手術後わずか2時間ほどで無理やりオンライン会議に出席し、驚かれた。

術後に一番大切なのは、自分でトイレに行けるようになることだという。

自力でトイレに行けるようになれば足元マッサージ機とおしっこバッグが取れ、その後、点滴、ドレーンの順で取ってもらえる。

私は立ち上がり歩く練習をはじめた。初めは数歩歩くだけで吐き気と痛みに襲われ全身寒くもないのに汗びっしょりでベッドに倒れこんでいたが徐々に歩けるようになり身体が自由になっていった。

そして病院でも仕事を再開し(病院でする仕事はなぜかとてもはかどる)月~金の入院予定を一日短縮してもらえるかの交渉にも成功。晴れて予定より早く、木曜の昼には病院を後にすることになった。

まだ傷が痛いのでよちよち歩きで帰路に就いたが。

ちなみに4日間の入院でかかったお金は約85000円だった。母親が生命保険をかけてくれていたおかげで通院と入院でかかったお金は全て補填された。こういう時に高いお金を払って保険をかけていたありがたさを感じる。

また、入院1日当たり手当で5000円が出るのと、会社からも5日以上の入院で傷病手当が1万円でるので4日で退院するともったいない!と友人にも家族にも止められた。が、無理を通して家に帰ったのには理由がある。

病院という場所は本当に気が滅入る場所だった。特に今はコロナ禍中で面会は謝絶。話し相手もおらず、隣の病室からは昼夜問わず年配の女性の「痛いよ~痛いよ~」といううめき声が聞こえてくる。

私はお金にはがめつくドケチな人種だが、病院から一刻も早く離れるためには目先の15000円を捨てても良いと思えるほどだった(仕事もちょうど忙しかったし)

そんなわけで退院し安静にしながら会社へ行き、家で生活し少しづつ日常を取り戻していく。体が万全なのは、思いっきり走り回れるのはどれほどかけがえのないものなのか、齢25歳がこんなセリフは変だが本当にしみじみと感じた。

また、9600あった腫瘍マーカーの値も1か月で9600→900→340と下降し、以前基準値の35からは遠いが徐々に戻りつつある。

のど元過ぎれば熱さを忘れるもので、入院前検査でがんかもと診断されたときの絶望は今となっては遠い昔だが、もしがんだったとしたら若いので本当に死ぬまで一瞬だったと思う。

女性男性関係ないが、女性は特に婦人科検診は年一回受ける事、少しでも体に異常を感じたらすぐに病院へかかることを本当に大切にしてほしい。自分は体の異常に鈍感で病気をなめていたので、生死にかかわる病気になる前に大切さに気が付けたのは幸運だった。

以上。皆様も体に気を付けて良いお年をお迎えください!


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