見出し画像

【メンタルヘルス】慣れ親しんだ「不幸」とは~ユキのオトナ授業94時間目

「虐待を受けて育った子供は、高確率で自身の子供を虐待する」
なぜ、自身がつらい思いをしたにもかかわらず、自分の大切な子供につらくあたってしまうのか? 事情をよく知らない方にとってはおかしい話に思えます。
しかし、これは以下の理屈で説明することができます。
「ひとは、慣れ親しんだ不幸によって安心する」
と。

幸せより安心をひとは選ぶ

誰もが幸せにむかって邁進しているわけではありません。もしそうであれば、ブラック企業はとっくになくなっているはずです。
今日もどこかの誰かが、上司や会社の文句を言いつつ勤勉に仕事をしています。「絶対に転職してやる!」と言っている人が実際に転職するケースは少ないものです。
なぜそうなってしまうのかというと、ひとは慣れない幸せより、慣れ親しんだ小さな不幸を本能的に選ぶ生き物だからです。
これは、そのひとの考え方が悪いとかそういう話ではなく、本能にのっとって考えると誰もがこうなる、という話です。
その理屈は、狩りで生活をしていた時代の生き方から説明することができます。
・満足はしていないが、少なくとも飢え死にはしない狩場
・今より満足するかもしれないが、飢え死にするかもしれない狩場

生き残ってきたのは前者を選んできたひとたちです。
すなわち、私は「ひとよ、安定を求めるな」と言いたいわけではなく、「ひとは元々幸福より安定を求める傾向があるよ」ということが言いたいのです。しかも、本能レベルで。
そのうえで「じゃあ、あなたはどういう選択をする?」という話になります。

まずは自覚すること

ほとんどの人は「幸福より安定を優先する」自身に気づくことすらありません。まずは自覚しましょう。一種のバイアスのようなものだと思えばイメージしやすいかもしれません。
重ねて言いますが「本能レベル」なので、「精神が弱い人が安定を求める」といった話でもありません。バイアスの強さ弱さに個人差はあれど、誰もが生まれつき内臓されるバイアスなので、善悪などの問題ではありません。

そのうえで……どうする?

そういったバイアスを抱えたうえで、じゃあどうするか? ここに個人差がでてきます。前述の例でいえば、「ブラック企業なので転職する」というのがわかりやすいでしょうか。
もちろん、転職を希望する全員が実際に転職できるわけではありません。しかし、9割以上のひとが「実際に転職をする検討すらしない」のが実情です。せいぜい自分の市場価値(年収)をサイトではかってみる程度ではないでしょうか(それすらやらない人がほとんどですが)。

慣れ親しんだ小さな不幸にとどまるのも、不安定な新しい幸福に挑戦するのも個人の自由です。
ただし、自分で選んだ人生くらい、自分で責任はとりましょうね。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?