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『男はだまってアボンダンテ』

大学院生の頃、1ヶ月ほどミラノに滞在していたことがある。研究の一環で「無意識を可視化する鏡のおもちゃ」を製作し、ミラノサローネという展示会に出展していた。

初めてのイタリア、初めてのミラノ。初めての海外展示会、初めてのイタリア語。なんにしても厳しい日々だった記憶が強いのだけど、現地のピザチェーン店「SPONTINI」が僕を癒してくれていた(いや、毒されていた)。

「SPONTINI」は、ミラノに本拠地をおくピザチェーン店で、ミラノ内にも数店舗存在する。日本で言うと「吉野家」みたいな立ち位置だろうか。店内に入るとガラスの向こうに厚さ5〜8cm、直径60〜80cmのピザが並ぶ。日本では比較的薄いピザを多く見るような気がするけれど、「SPONTINI」はなんとも分厚い。驚きの厚さ。イタリアのピザが厚いのではなく、「SPONTINI」のピザが厚い。ふわっふわのぶ厚い生地に、底は少し焦げてるくらいカリッカリ。

この「SPONTINI」に連れていってくれたのは引率してくれた大学院の教授。「SPONTINI」に行く前、彼はこんなことを言っていた。
『男はだまってアボンダンテ』

アボンダンテ。なんとも魅惑的な響き。
イタリア語表記では、"abbondante"。日本語では"豊富な"とか"有り余るほどの"という意味。
「SPONTINI」にはピザのサイズが何種類かあって、その最大サイズがアボンダンテである。通常サイズの1.5倍、要するに通常サイズの半分のピザが、通常サイズの横にどしっと載せられる。その香りは食欲をそそり、その量は胃をもたれさせる。

『男はだまってアボンダンテ』
「SPONTINI」に連れていってくれた彼いわく、通常サイズを食べるのは許さない、最初から1.5倍いけ、ということだった。(なお、アボンダンテのことをより正確に伝えると、現地店ではその量のピザに大きなティラミスがついてくる)

なんにせよ、多い。"abbondante"という"有り余るほどの"の意を持つ言葉を冠するように、多い。美味しいのだけど、1度食べたら後悔する量。でもミラノ滞在中、「SPONTINI」に足を運ぶたびにあの言葉を思い出し、やっぱりアボンダンテしてしまうのだ。あの言葉とは、そう『男はだまってアボンダンテ』。

あれからまあまあの年月が経ったけれど、いまでも厚めのピザを見かけると『男はだまってアボンダンテ』と言う彼の声を思い出す。言葉と体験が強烈に紐づいたとき、近しい体験がトリガーになり言葉を想起するのかもしれない。

ちなみに、「SPONTINI」は数年前に東京・原宿に日本1号店をオープンしている。オープンした直後にそれを知った僕は、その瞬間にアボンダンテしに行かねばと原宿に向かった。
あれから数年。今となっては"原宿"に近づいたり"原宿"という単語を見ると思い出してしまう。
『男はだまってアボンダンテ』を。

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