見出し画像

Margaret Atwoodの描くSFディストピア世界

カナダの作家Margaret Atwoodによる小説『Oryx and Crake』の読書感想文です。

あらすじ

Snowman(かつてはJimmyという名前だった)は文明が滅びた世界で、木の上での暮らしを強いられていた。Snowmanの近くにはCrakersと呼ばれる知能の劣る原始人も暮らしており、彼らはCrakeとOryxを神として崇めていた。物語はSnowmanとCrakersの暮らす「現在」とJimmyとCrakeが暮らしていた「過去」とを行き来する形で語られる。
JimmyとCrakeが住んでいた「過去」の世界は遺伝子工学が急激に発達し、製薬や食糧を手掛ける大手企業は、居住地区と研究施設を合わせたコンパウンドで社員を匿い不自由ない暮らしを提供していた。研究員の父を持つJimmyはその中の学校で頭の切れるCrakeと出会い交友を深める。JimmyとCrakeは一緒にいるほとんどの時間をインターネットでゲームをしたり動画を見たりすることで過ごした。そこで見ていた児童ポルノのサイトでOryxが少女として登場する。その時すでにJimmyはOryxに一目惚れをしていた。
大人になり広告のコピーライターとして冴えない生活を送るJimmyをある日Crakeが訪れる。エリートであったCrakeは研究員として自身が働くRejoovenEssenceでの仕事に興味がないかとJimmyを誘う。Crakeに連れられRejoovenEssenceに向かったJimmyは、そこで遺伝子工学によって人間から醜悪な本能を抜き取り虫除け機能や草のみで生きれる消化機能などを加え作り出されたCrakersと、Crakeに連れ添うOryxに出会う。
CrakeとOryxは恋愛関係にあったが、OryxはJimmyの気持ちに気づいており二人は性的な関係を持つようになった。そして何も予期していないJimmyはCrakeとOryxそれぞれと、何かあった時にはCrakersを守るという約束をする。人間に絶望していたCrakeはRejoovenEssenceの販売する薬を使って世界の人口を壊滅させるパンデミックを起こし、Oryxと共に命を経つ。そしてJimmyとCrakersだけが生き残った。

感想

SFディストピアの映画はもとから大好きなのですが、小説はより無機的な質感になるような印象があります。映画が黒くて暗いイメージ(『ブレードランナー』とか)なのに対し、小説になると白くて透けそうなイメージ(『1984』とか)があります。

この『Oryx and Crake』の場合、文明が滅び原始的でありながらいびつな自然が支配する世界と遺伝子工学で人間の都合のいいように自然が操作された世界を、回想という形で行き来させれるので、その対比によりSF的で無機的な淡麗さと有機的な鮮麗さがそれぞれ強調され、とてつもなく美しく感じました。

個人的にワクワクさせられたのは物語の中に登場する遺伝子工学で作り出された動物たちです。ペットとして開発された、Rakunk(アライグマ(racoon)とスカンク(skunk)を混ぜていて匂いがしない)や、人間への臓器移植のために作られた多臓器ブタのPigoon、その他WolvogやBobkittenなど色々登場します。

コンセプトはどれも残酷で傲慢なのにネーミングがキャッチーで可愛いという皮肉がたまらないですよね。

ディストピアに限らずSF作品の楽しみ方としてこういう細かい設定が凝られていたり、少し笑えるものであったりすると、世界観が一気にリアルになり「ハマれる」というのがあると思うんです。

動物の他にもJimmyとCrakeが見ていたインターネット動画サイトやゲームの内容、大学で研究開発が進められている生物由来の製品や素材など、かなり設定ゴトに事欠かずだったので楽しめました。

命の工場化

JimmyとCrakeが育った世界は現実の機械化に基づいた社会の延長線上で、生命の領域まで工場化が進展した世界であるといえます。

先ほどあげた動物の他にも、Crakeが通う大学では食用チキンのために開発された、目やクチバシ、脳のない12個の鶏胸肉が風船のようにぶら下がるChickieNobという生物も登場します。これらの生物の開発がフォード的な、いかに無駄を省きコストパフォーマンスを達成するかという発想に基づいていると捉えると、充分に現実でもありそうな話です。

実際、現実世界でも遺伝子組み替え作物の他に、アレルギー性反応を起こさない低刺激性猫や蛍光オタマジャクシなどの誕生はすでに成功しているようです。

現実では遺伝子組み替えによる多様性の欠落や細胞レベルでの人体への影響が問題として取り上げられますが、画一された理想像や一般化された管理を生物(人間含む)について求めた結果の最終的な到達点を体現しているのがCrakeとCrakersだと思います。

自然界は機械と違って合理的に説明できない事象や予測不可能な出来事が複雑に絡み合うことで形作られています。

それをコントロールすることができてしまえば確かに生活は便利になるのかもしれませんが、企業や経済が短期的な利便性に注目する性質を持っている以上、長期的な影響や危険性に盲目になってしまうというメッセージを、コンパウンドでの生活の描写から感じました。

そして管理され尽くされた世界の中で失われるものの一つが「未来に対する希望」であり、Crake自身もそこを捨てきれなかった故にCrakersを守って欲しいという願いと共に、Jimmyを生かしたのではないでしょうか。



この記事が参加している募集

#読書感想文

191,896件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?