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発酵系幸福論

家から歩いて5分ほどのところにある、個人で商っている行きつけのパン屋さん。
休日の朝、少しだけ早く起きてこのお店に来るのが、私のお気に入りのムーブだ。

たかがパン屋に行くだけのことと侮ることなかれ。
パン屋に行って帰ってくるというこの至って日常的な時間の中には、高級ホテルの朝食ビュッフェで過ごすような贅沢な時間にも匹敵する、いや場合によってはそれを凌駕するような幸せが詰まっている。


まずもって声を大にして言いたいのだが、パンとはクリエイティブそのものだと思う。
パンとは、その造形美を味わう対象である。
ということはここでなんとしてもお伝えせねばなるまい。

香ばしいパンたちの香りが漂うお店の棚に、所狭しと並べられたパンたちの造形、その香り、ポップの売り文句を見るとき、さながら美術館に展示された作品をじっくり鑑賞するような気分になる。
もちろん、入場料はかからない。

◇   ◇   ◇

さて、私の休日朝のパン屋ムーブには、いくつかのルールがある。

例えば、その朝、買って良いパンは最大三つまでという決まりだ。
これにはもちろん「食べ過ぎ防止」や「予算の問題」もあるが、上限を設けることでより吟味して、パンの選択と向き合えるから、というのが大目的だ。

そして第二に、100円代のパンも必ず含めること。
もちろんこちらも予算の兼ね合いの話ではあるがそれ以上に、低価格帯のパンにこそ、いわゆる普通のパンにこそ、そのお店のパン作りにおけるこだわりが出るのではないか、という仮説があるからだ。



さて、今日はどのパンにしようか。

あれ、塩パンが売り切れている。
こいつが最初にこのお店の店頭に並んだ時、こんなに人気だっただろうか。

否。

最初はなかなかお客さんが手に取るところをほとんど見かけなかった塩パンも、いまではすっかりこのお店の看板メニューにまで上り詰めている。
バケットの右上には、「人気商品」のポップが堂々と掲げられている。

塩パン。

塩パンに人生を感じる



次に目についたのは、くるみパン。
お前は相変わらずたくさん残っているな。

でも、私はお前のうまさを知っているぞ。
今日の100円台メニューはくるみパン、君に決めた。

くるみパンを一つ、トレーに乗せたそのとき、お店の扉が開いて若いカップルがにこにこ話しながら入店してきた。

朝のパン屋には、夫婦や若いカップルが、こんな風に幸せそうに話しながら訪れることが多い。
私のパン屋での楽しみの一つ、それは、そんな微笑ましい二人たちを密かに見守ることだ。

「甘いのばっかり選んでちゃダメでしょ」

と一人が言う。

「今日くらいはいいでしょ」

と相方が返す。

(いつもでしょ。)

失礼、これは私の心の声だ。



あゝ、パン屋というのは、作り手のクリエイティブをただただ消費者が一様に消費するだけの場所では断じてないのだな、とふと思う。

ここは、コミュニケーションが生まれる場所であり、レジャーであり、幸せの一部なのかもしれない

では、また。

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