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企業リーダーと事業リーダーは何が違うのか?経営人材への「覚醒条件」を考える

「次世代の経営層をいかにして育てるか?」

これは、ある程度の規模の企業なら、どこかで必ずぶち当たる難題です。
実際、MIMIGURIでも最近、経営人材育成に関する企業からのご相談が増えています。

もちろん「外部から採用する」という選択肢はあります。しかし、経営層になれるようなエグゼクティブ人材はそもそも市場に少なく、見つかったとしても報酬が非常に高額で、さらにカルチャーフィットする人材となるとほとんど見つからないのが一般的です。

だからこそ、多くの企業が「どうやって社内の人材を経営幹部に育てあげるか」に頭を悩ませるわけです。

企業の内部で経営層を育てる場合、実績を出している事業責任者や部門長から抜擢しようとするケースがほとんどだと思います。

ところがこれが、なかなかうまくいかない。

なぜなら、事業責任者や部門長などの「事業リーダー」が経営を担う「企業リーダー」へと進化するには、培ってきた視点を大きく転換し「一皮剥ける」必要があるからです。

「一皮剥ける」とはどういうことなのか。事業リーダーから企業リーダーへと「一皮剥ける」には、何が必要なのか。

本記事では、「企業リーダーへの覚醒条件」について考えてみたいと思います。


いくら事業経験を積んでも、企業リーダーは育たない!?

キャリアを振り返ると、誰にでも「あそこで一皮剥けたなぁ」と感じるタイミングがあると思います。

たとえば新しく会社に入った新入社員の場合。最初は目の前のタスクをこなすことに必死で、プロジェクトの全体像やチームがどのように動いているかは見えていないことが大半でしょう。

そこから少し経験を積むと、タスクを切り出して渡してくれている人の存在に気づき、一気に視界が開けて「プロジェクトとしての成果を出すためには何をやるべきか」が考えられるようになります。これが、多くの社会人が経験したことのある、最初の「一皮剥ける」タイミングではないでしょうか。

さらにそこから視野が広がり、メンバーひとり一人の強みに目を配りながら、チーム全体のことを考えて動けるようになると、チームリーダーが務まるようになる。さらには複数のチームを束ね、複雑な不確実性に向き合いながら高度なミッションを達成できるようになれば、部門長に...という具合に、いくつかの「一皮剥ける」タイミングを通じて、事業そのものの成長を牽引できるようになると、いわゆる事業責任者として高次のマネジメントレイヤーを務められるようになっていきます。これを「事業リーダー」としておきましょう。

若手プレイヤーがさまざまな経験と育成支援を経て事業リーダーまで成長するだけでもなかなかのことですが、さらにそこから事業リーダーが経営人材、いわゆる「企業リーダー」へと覚醒する段階は、大きな「壁」が立ちはだかっていて、人材育成としてはかなり非連続的なジャンプが必要だと感じています。

一般的に、経営人材育成を指南する書籍を手に取ってみると、多くの場合「新規事業を立ち上げさせる」ことの重要性が書かれています。経営人材=「新しく事業を立ち上げられる人」や「事業を回せる人」として捉えられており、とにかく事業開発の実経験を積ませることで、経営人材に必要なスキルが次第に身についていく、という考え方ですね。

けれども思うに、事業開発の経験を積ませるだけでは、経営人材はなかなか育ちません。なぜなら、「事業を立ち上げ、成長させること」と、「企業を持続的に経営すること」には、まったく異質なケイパビリティが求められるためです。

現在私自身、いくつかの大企業の経営人材育成をサポートさせてもらっていますが、次から次へと社員に新規事業を立ち上げさせているイノベーション気質の企業ですら、経営人材の育成に頭を抱えています。そのことからも、幹部に新規事業を立ち上げの経験をさせるだけでは、経営人材は育たないということがよくわかります。

企業リーダーに求められる、社会を「深層」で捉えるまなざし

では、事業リーダーから企業リーダーになるため、必要な変化とは何なのでしょうか?

まず私が重要だと考えているのは、世の中の変化を「深層」で捉えられるようになることです。

社会の変化とそのスピードについて表した「ペース・レイヤリング」と呼ばれるモデルがあります。『Whole Earth Catalog』という有名な雑誌を創刊したスチュアート・ブランド氏が、著書「The Clock of the Long Now」の中で提唱した考え方です。社会の変化は地層のように連なった6つの階層ごとに起きており、表層にあるもの(流行や商習慣)ほど変化のスピードが速く、深層にあるもの(文化や自然環境)ほどゆっくりと変化していきます。

https://castig.org/the-clock-of-the-long-now-by-stewart-brand/ より引用

事業リーダーは、このうち最も変化のスピードの速い流行や商習慣の変化を逃さずに捉えていく必要があります。他方、企業リーダーは、人間文化や生態系など社会全体のゆっくりとした変化を見据えた上で、自分たちの会社がどういう存在になっていくべきかを考える必要があります。

この二つは、モードが全く異なります。事業リーダーは市場(顧客や競合)の最新情報を絶えずキャッチアップして、戦略と戦術の定石を守りながら、スピーディに意思決定し続けることが求められます。

他方、企業リーダーは、複数の事業リーダーが牽引する事業群を俯瞰しながらも、特定の市場に視野を狭めず、大局的かつ複眼的な視点が必要です。人間を一面的な欲求を捉えた「顧客(ユーザー)」ではなく「生活者」としての不合理な全体性を捉え、「利害関係者(ステイクホルダー)」という局所的な視点ではなく「生態系の循環」の中に自社を位置付ける必要がある。

視野に入れる変数が膨大に増えるため、相当な「矛盾」に悩まされることになりますが、そうした矛盾をすぐに整理したり解消したりして「なかったこと」にせず、粘り強く「自社が何のために存在しているか」「社会をどの方向に切り開いていきたいのか」、経営の根底にある確固たる哲学(=経営観)を自分なりに研いでいく必要があるのです。経営に近いポジションの人にほど、拙著『パラドックス思考』が刺さっているのはこれが理由かもしれません。

ここで補足しておきたいのは、これらは必ずしもどちらの視点が優れている、というものではないということです。

単一の事業のみに注力しているスタートアップ企業などの場合には、まずは1つ目のプロダクトをスケールさせる必要があるため、経営者自身が事業リーダー的な視点を持つことが重要になります。一方で、ある程度多角化が進み、複数事業を運営しているような企業の場合は、事業リーダーを抜擢しながら、経営層は意識的に企業リーダー的な視点に切り替えていく必要性が出てきます。

事業にとっての部分最適と企業にとっての全体最適は、往々にして異なります

それゆえ、事業リーダーとして重責を担い、特定の領域に熟達すればするほど、基本的には自分の視点や得意な領域から抜け出せなくなりがちです。単独の事業を成長させる上では、その方が効率的だからです。

しかしそうして、事業リーダーとしての最適化が進み過ぎてしまうと、全体への視点や、矛盾に対する耐性、新たな専門性を探索しようとする姿勢が欠落していき、全体観のある経営哲学を持てぬまま、強力な”ゲームプレイヤー的”になっていくのです。これが、事業リーダーに立ちはだかる、企業リーダーの「壁」であり、新規事業経験をいくら積ませても企業リーダーが育たない理由だと言えるでしょう。

企業リーダーへの覚醒条件は「鎧」を脱ぎ、自分の思想を磨くこと

こうした外部環境や社会への視点に加えて、企業リーダーへと覚醒するためには、自分自身の内面に対する視点も「一皮剥ける」必要があるでしょう。

企業リーダーになるためには、「自分の鎧を脱げるようになること」が必要だと思うのです。

部門長や事業責任者など、事業リーダーのレベルに到達している人は、その時点ですさまじい“強さ”を手に入れています。プレッシャーに晒されながらも成果を出すためのスキルやタフなメンタルを持っており、それなりの社会的地位と報酬も得ているでしょう。

そうした事業リーダーは、強すぎるプレッシャーや責任に適用しようとした結果、他人に自分のミスや弱みを見せないための強固な鎧を築き上げている場合がほとんどです。

大企業の役員ミーティングは一般的に「隙を見せたら命取りになる」と全員が武装し、互いが少しでも自分の優秀さをアピールしようとするため、非常に殺伐としていることもよくあると聞きます。

たしかに事業リーダーとして「競合に勝利すること」が目的であれば、これまでの経験と実績に裏打ちされた「強さ」によって、勝ち筋を導きだせる力こそが、リーダーシップの源泉になるでしょう。

しかしながら、企業リーダーとして自分なりの"深層のビジョン"を持つためには、ひとりの人間として、社会をどのようにしていきたいのか。何のためにこの会社を経営をするのか。人間観や社会観について、思想を語ることが求められます。

その答えは"MBAの教科書"に書いてあるものではなく、自身の内なる感情や葛藤に向き合った結果みえてくる、自分の中にある価値基準によって紡がれるものです。そしてそれは孤独に見出せるものではなく、多様な価値観を持った他者との対話を通して見えてくるものでもあります。

そのためには、まずは身につけてしまった武装を解除して、着ていた"鎧"を相対化することが必要です。

「こうすれば勝てる」と強さを振りかざすのではなく、自分の考えを述べ、周囲の考えに耳を傾け、自分の考えの至らなさを見つめ直し、考えを改める。このような真摯で謙虚な学習過程を通して、少しずつ強固な経営観が自分のなかに育っていく。自分の中に、価値基準としての経営観があるからこそ、独自の視点で社会の深層を捉えることができるし、複数の事業群の間に発生する多層的な矛盾をホールドすることができる。

すなわち自分の中に強固な経営観を持つためには、強さを手放さなくてはいけない。これが、事業リーダーが乗り越えなくてはいけないパラドックスなのです。

社会の深層を見つめる「外向きのリフレクション」と、自分の思想を見つめる「内向きのリフレクション」を結びつけることで、このパラドックスを乗り越えていくこと。MIMIGURIではこうした観点を大切にしながら、経営人材育成の方法論をアップデートしていきたいと考えています。


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