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「失敗から学ぶこと」の意義に、疑いをかけてみる

あっという間に9月。会社の上半期(弊社は2月決算)を終え、激動だった半年間を振り返りながら、下半期のスタートを切ったところです。経営をしていると、目まぐるしい日々のなかで「今月は順調なのか?」「来月の見込みは?」「この意思決定は正しかったのか?」「いま本当に取り組むべき課題は?」「ビジョンに向かっているか?」と、常にジャッジを問われます。ジャッジを誤ることもありますが(人間だもの)、その度に経営層、マネージャー、メンバー全員と「対話」をして、現実の認識を塗り替えながら、走るべき方向に微調整をかけ続ける日々です。

古くから言い伝えられていることわざには「失敗は成功のもと」「七転び八起き」「弘法にも筆の誤り」「怪我の功名」など「失敗から学ぼう」系のスローガンが多数あります。昨今のSNSの「一度失敗したらオワコン」な潮流を考えたら、失敗を学習機会とみなす考え方は、非常に尊い思想です。これらは、たくさんのエラーのなかで試行錯誤し続ける会社経営や現場の業務指針としても、示唆を与えてくれます。

経営の"失敗"とは何か?

他方で、ふと「経営における"失敗"ってなんだろう?」と考えると、これがなかなか難しい。「新規事業の仮説を外した」とか「月次の粗利目標の未達」とか「顧客からクレームがきた」とかさまざまなエラーは想起されますが、これらは"対応すべき課題"ではありますが、"致命的な失敗"ではありません。

もしこれが雑誌の「経営者インタビュー」とかだったら、「掲げたミッションが果たせないことが、私たちにとっての"失敗"ですね」とか「組織が事業を楽しめなくなったら、我々は終わりです」などとドヤ顔で回答すると思うのですが、本音をいえば、やはり経営者にとっての重大な失敗は「倒産」です。倒産してしまったら、ミッションもビジョンもありませんから、それだけは避けなければならない...。なんとしても...

そんなふうに考えると、「失敗から学ぼう!」というスローガンは、その示唆を経営や現場に導入する上では、もう少し解像度をあげる必要があると思うのです。

"失敗"の定義と想定頻度の違い

そもそも、上記の4つのことわざは、それぞれ微妙に「失敗」の意味づけや、メッセージのニュアンスが異なります。

「失敗は成功のもと」 = どんどん失敗していこう!
「七転び八起き」 = 失敗しても、成功するまでやろう!
「弘法にも筆の誤り」 = 天狗にならず、初心にかえろう!
「怪我の功名」= 不慮の過ちも、プラスになることがある!

こんな感じですよね、多分。そう考えると、ここでいう「失敗」が指しているものの重大さやダメージは、メッセージによって結構違うのではないか、ということが見えてきます。また、成否を問われる活動が、日常で繰り返される「ルーティン性の高い活動」における失敗(ex 営業の商談で失注した)なのか、滅多に起こらない再現性の低い「一回性の活動」における失敗(ex うっかり会社のお金を横領して逮捕された)なのかによって、リフレクションが次に活きるかどうかのレベルは変わります。

失敗と学習の関係性のマトリクス

以上を踏まえると、「失敗」と「学習」の関係は、「次に活かしやすいか」⇄「次に活かしにくいか」という軸と、「奨励したい失敗」⇄「回避したい失敗」という軸とで、以下のようなマトリクスにまとめてみました。マトリクス大好き。

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【不注意・怠慢】 回避したい×次に活かしやすい(右上)

不注意によるエラーや、怠慢によって成果を達成できないタイプの失敗は、発生しないに越したことはない失敗です。けれども、人間はどんなに気をつけてもミスはしますし、常にモチベーションを高く維持することは困難ですから、サボってしまうこともあります。もし起きてしまっても、失敗を糧にして、次の機会に向けて反省し、仕組みやルーティンを修正することで、パフォーマンスを改善することができるのです。

スローガン:もし失敗してしまっても、学んで次に活かそう!

【被災】 回避したい×次に活かしにくい(右下)

大きな災害のように、一回性の致命的なダメージをもたらすタイプの失敗す。大地震にせよ、大型の台風にせよ、未知のウィルスにせよ、驚異的な"災害"は、突如として現れます。これらは事前に備え、渦中の対応によって「乗り越える」ことはできますが、ちょっとの判断のミスが、取り返しのつかない致命的なダメージをもたらします。

コロナ禍においても「従来の事業に囚われすぎて、撤退判断ができずに倒産した」「資金繰りの対応を遅れ、キャッシュアウトした」といった企業が少なくなかったといいます。もちろんそうなってしまったとしても、「人生の教訓にする」「次の大きな災害に備える」といったレジリエンスとしての学習は必要ですが、たとえ「学びになる」とわかっていても、できれば避けたい失敗です。

スローガン:致命的なダメージをもたらす大失敗は、なんとしても回避しよう!...もしダメだったら...。生きてればなんとかなる。立ち上がろう。

【ボケ】 奨励したい×次に活かしにくい(左下)

これは「失敗」としてイメージが沸きにくいかもしれませんが、たとえば宴会でハメを外したり、会議でどうでもいい発言でアジェンダを脱線させたりする場面を思い浮かべれば、わかりやすいかもしれません。

企業の正統的な目標に対して「逸脱」している意味で、ある種の「失敗」ではありますが、それ自体が、従業員にとっての「気晴らし」になっていたり、あるいは「場を和ませる力」を持っていたりして、適度であれば、暗黙のうちに奨励されるふるまいです。

けれども、逸脱を修正することが「次」につながる経験学習の機会となるわけではありません。ダチョウ倶楽部の熱湯ルーティンと同様に、繰り返し「ボケること(目標から逸脱すること)」自体に意味があるので、「失敗から学ぶ」タイプの教訓にはつながりません。

スローガン:職場でボケても、笑いは起こるが、学びは起こらない

【知の探索】 奨励したい×次に活かしやすい(左上)

このタイプこそが、企業においてもっとも奨励すべき、学習機会の宝庫となる失敗です。既存事業にとらわれずに新規事業をプロトタイプして試したり、今までにやったことのない新しい方法に積極的に取り組んでいくことで失敗を積み重ねることは、事業をよりよくするための新しい発見しかないはずです。失敗を恐れず、「実験」を重ねられる企業は本当に強いです。

スローガン:知の探索による失敗は、成功のもと!どんどん失敗しよう!

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以上、このようにしてみると「失敗から学ぼう」というスローガンは、下手をすると都合よく扱われたり、不要なリスクを高めてしまう恐れもあるように思いました。行きすぎたサ活が死亡事故につながるリスクがあることも忘れずに、愛すべき失敗と、忌むべき失敗を見極めて、正しく経験学習のサイクルを回していきましょう!

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