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東方虹龍洞の楽曲プチ評論&分析・過去の東方曲との傾向の違いについて

上海アリス幻樂団の東方Project最新作、『東方虹龍洞 ~ Unconnected Marketeers.がついにデビューしました。

ゲームの楽曲の話をするので、まずゲームそのものをオススメしておきます。今作はゲームがすごい面白いのでぜひプレイしてみてください。弾幕シューティングゲーが苦手な私でもすごい楽しくプレイしてます。原作プレイデビューしてない人はぜひぜひ虹龍洞で原作デビューしてください。

先日ゲームをプレイしつつ一通り曲を聴けたので、このnoteでは今回の虹龍洞の楽曲について、私個人の音楽的な好みや感想を交えつつ、しかしなるべく楽譜や楽典的な知識を使った客観的な視点から、色々考えてみようと思います。

曲目ごとに見出しをつけておりますので、早速この下の目次から曲名が出てきます。なるべく音楽面のみに絞って記述していますが、曲名をはじめ、部分的に新作のネタバレを含みますのでご注意ください。

1.はじめに

本題に入る前に、私は以前『東方Projectの楽曲と音楽理論の考察』という少し分厚い同人誌を3巻執筆しておりました。

ただ、これらの本を執筆したのは2015~16年なので、今からもう5年前の本になります(2021年現在)。

7/13追記:ちなみにですが、このnoteの公開時は上記3冊は完売しておりましたが、この度メロンオンデマンドで復活しました。5年以上前の本であり原稿も執筆当初そのままなので新作楽曲のアップデート等もしておりませんが、ご興味のある方は以下のリンクからどうぞ。)

こちらの本の内容は、執筆当時に人気のある、知名度のある東方原曲を中心に、楽曲内でよく見られる音楽的傾向をまとめあげたものです。しかし、第三巻の刊行から5年後となった今、東方原曲の音楽的傾向はそれまでの楽曲と比べて変化しているように感じられます。

これは私の感想ですが、たとえば、最近の東方原曲は昔のものと比べて、「印象に残るメロディが少なくなった」ように感じられる点。そしてもう一つ、ファミコン時代に代表されるようなメロディ重視だったかつてのゲーム音楽とは打って変わって、「今風のゲーム音楽・劇伴らしさ」の要素が東方最新作を追うごとに滲み出ているように感じられる点。こういった要因が、最近の東方原曲の音楽的傾向を変化させているのではないかと考えています。

実際、早速新作をプレイした人の感想をTwitterでチェックしてみると、「今作も曲が良い!」「○面の曲が好き!」といった感想がある一方で、「ボス曲より道中曲のが好きな曲が多い」「全体を通してあまり印象に残る曲がなかった」といった感想も同時に見受けられます。人によって音楽の好みは異なるとはいえ、こういった両方の感想が見られるのは、最近の東方原曲には昔ながらの東方原曲とは違った新しい傾向があり、それを難なく受け入れられる人と、昔ながらの東方原曲の雰囲気や匂いや中毒性がこびり付いていてその印象から離れられない人との差が現れているからなのではないかと考えています。

ちなみにですが、本記事内で用いる「昔の東方」「昔ながらの東方」といった表現における「昔」とは、旧作時代の東方ではなく、紅魔郷・妖々夢・永夜抄のWindows版初期三部作でもなく、十年以上東方ファンを続けている方には酷な話かもしれませんが、だいたい『東方星蓮船』あたり以前の東方原作をイメージしてもらえれば幸いです。『東方紅魔郷』のリリースが2002年『東方星蓮船』2009年、そして『東方虹龍洞』がリリースされた今年は2021年で、およそWindows版東方がデビューしてから20年近くが経とうとしていますから、その約20年間の間の前半と後半のうち、前半ぐらいをざっくり「昔」と言い切ってしまいます。長年東方ファンやってる人には残酷ですが、これは現実です。

昔の東方原曲と今の東方原曲の雰囲気の違いから感じられる「東方原曲の傾向の変化」、それを上述の本を刊行してから5年近くの間、感覚でなく、客観的な理論で説明できる・理解できるように試みる機会がありませんでした。そういうわけで、今回『東方虹龍洞』デビューという良い機会なので、早速『東方虹龍洞』の楽曲を題材に、かつての東方原曲と最新の東方原曲はどのように変わったか、それを考えてみようじゃないかと思いこのnoteを書き上げた次第です。

2.妖異達の通り雨

(タイトル曲『虹の架かる幻想郷』はだいたいいつも通りなので割愛します)

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イントロ部分の譜例です。イントロがピアノの音、そしてニ短調始まりなので、どことなく『妖精大戦争』の『ルーズレイン』の香りがめちゃめちゃします。推測に過ぎませんが、もしかすると神主の中で雨=ピアノなのかもしれません。

(ルーズレインの冒頭)

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8小節のイントロを経て、次に以下のフレーズが現れます。

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このフレーズ、皆さんは初めて聴いた時、

「イントロが終わった後のAメロ」だと思いましたか?

それともまだ「Aメロに入る前のイントロの続き」だと思いましたか?

正直なところ、私はこのあたりが直感で判断しかねる感じです。このような状態を、「イントロとAメロの境界が曖昧である」と私は表現しています。この境界が曖昧であることが音楽的に良いか悪いかという議論は別にして、このような、「イントロとAメロの境界が曖昧」な曲はこの曲のみに関わらず、『虹龍洞』の他の曲でも同様のケースが見受けられます。

多分1面道中ではこの2小節単位のフレーズが印象に残るフレーズだと思うんですが、これはメロディというよりかは「リフ」と言う方が的確でしょうか。

かつての東方原曲だったら、このリフだけを数小節聴かせた後に、このリフの連続を背景にその上に歌のようなメロディが乗っかるのではないかと考えられます(今作では6ボス曲が実はそのタイプ{後述})。そのように音楽が作られていると、その歌のようなメロディが確実に「Aメロだ!」と判断できるのですが、この曲では歌のようなメロディが奏されることはなく、サックスがこのリフをなぞるようなフレーズを奏するのみに留まっています。

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もしこのピアノのリフを背景にして、サックスがまったく新しいメロディを演奏していたら、それが確実にAメロだと断定できたでしょうけれど、そのようにはなっていません。これがイントロとAメロの境界を曖昧にしている要因であり、かつての東方原曲と雰囲気が変わっている一面を担っている部分だと思われます。

あえてすっごい古い曲を例に出すのですが、以下は同じく1面道中曲で、『東方紅魔郷』の『ほおずきみたいに紅い魂』の譜例です。

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最初にリフの提示があり、その後イントロのリフを背景に、ZUNペットが新しいメロディで確かな主張を持ってAメロを奏でます。こういった形は、イントロとAメロの境界がはっきりしている曲の例です。歌モノっぽい音楽構成とも言えるかもしれません。そしてこういったメロディの方が音楽的なとりとめが掴みやすく、一般的に「分かりやすいメロディ」なのかなと思います。

『妖異達の通り雨』に話を戻して、その次のセクションは、先程の短いリフの繰り返しからは離れてちょっと具体的なメロディを持ったものに変わります。しかし少々リズムが難しく、音価が初聴で認識しづらいため、覚えにくいところがあるかもしれません。というか、このフレーズを採譜するの結構苦労しました。途中から迷子になって半拍ズレました。

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あと特筆すべきことは、「自然短音階の第六音」を使用している点ですね(2小節目4拍目裏シ♭と、5小節目2拍目裏シ♭)。かつての東方原曲は、「自然短音階の第六音」を避けたちょっと演歌チックなメロディ(いわゆるファ抜き)(ファは相対音なのでこの曲では絶対音シ♭に相当)が多かったのですが、最近の原曲はその傾向から離れている気がします。作曲の新たな音楽性を探るためでしょうか。

先程と同じく『ほおずきみたいに紅い魂』を出しますが、メロディ部分だけ見てみましょう。

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こちらのメロディは「ファ抜き」(この曲はニ短調なので相対音ファに相当する絶対音はシ♭)になっています。レミファソラ、飛んで、の音しか使われていない点に注目してみてください。こういった「ファ抜き」のメロディは、昔の東方原曲では非常に多くの楽曲で見られており、むしろ「ファ抜き」じゃない曲を探すほうが難しかったですが、最近は「ファ抜き」じゃない曲の出現率が上がっているように思います(ちゃんと統計を取ったことがないのでデータで断言できませんが)。

今のところまだ一曲しか見ていませんが、「最近の東方の曲は変わったな」と思う要素は、こういった「ファ抜き」がなくなった点メロディが持つリズムが難しくなった点昔の曲のような覚えやすい・分かりやすいメロディでなくなり抽象的になった点、といった要因が関係している可能性があります。つまるところ、ファの音も使うようになり、「歌のようなメロディ」、「はっきり物事を言うメロディ」から一歩離れて、背景音楽のような形になったような気がしますね。

3.大吉キトゥン

イントロは、具体的なメロディを持つことなく、付点を活かしたリズムと半音階的なコードを強調するもので始まります。そしてすぐにキャッチーなメロディが登場します。この曲の最もスポットライトが当たる部分です。こちらは1面道中曲とは対にイントロのあと明確に「歌」が始まる、楽曲構成が分かりやすい音楽ですね。

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ここは7度跳躍(2・6小節目のシ↓ラ↑)を含む音程の上下運動が激しく、歌のようなメロディとしてはちょっと音数が多いように感じるものの、割といつもの東方おなじみのメロディという感じですね。

道中の方では「自然短音階の第六音」を使ったフレーズがありましたが、このメロディは「自然短音階の第六音」を避けています。いわゆる「ファ抜き」です(この部分はロ短調なので絶対音でソ抜き)。ソの音が一度も使われていないところを見てもらうと一目瞭然かと思います。確か以前書いた本(先述の本)では「ZUN旋法」だとか「定型句」だとかなんだとか言ってたかと思いますが、ファ抜き(実音でソ抜き)であることも含めて、音の動かし方としてはいつも通りな感じですね。

4.深緑に隠された断崖

三拍子ですが、『東方風神録』の『芥川龍之介の河童』のセルフオマージュだったりするんでしょうか。イントロは「四段流し」のコードを聴かせつつワルツ風のリズムを印象づけています。

※四段流しとは……

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(白鷺ゆっきー 2016年 『東方Projectの楽曲と音楽理論の考察 Ⅱ 和音編』{針の音楽}111pより)

『深緑に隠された断崖』は嬰ト短調なので、絶対音のコードは「G♯m→F♯→E→D♯」となります。

しばらくするとZUNペットが登場します。おっZUNペットがAメロを演奏するのかな?と一瞬思いますが、あんまり具体的なメロディは奏されず、どちらかというとイントロの続きのような感じで、これまた1面道中に続いて「イントロとAメロの境界が曖昧」な曲だと考えられます。

イントロとAメロの境界が曖昧なまま判断しかねる状態が続くと、そのあと笛の音色でやや具体的なメロディがやってきます。

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これがAメロなのか、それとも既にBメロの段階なのか、感覚的にかなり微妙な線です。そしてこのメロディも少々気まぐれなところがあり、音価と休符がちょっと予測しづらいメロディですので、やはり印象には残りづらいかも知れません。このメロディも「自然短音階の第六音」を使用しています(5小節目のミ)。

5.バンデットリィテクノロジー

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これは意識したのかたまたまそうなったのか分かりませんが、最初の4音は「東方の主題(いつもの曲)」と同じ音程関係ですね。ただこのメロディは「4度→2度→3度→7度→5度」という不規則で難しい音程の跳躍、音の上下運動が多いので、これも一発で聴いて覚えるのは難しいかもしれません。

その後は割と具体的なメロディが登場します。

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最初の引っ掛かりだけ音程がトリッキーですが、結構メロディアスです。こちらも、経過音的ではありますが「自然短音階の第六音」が登場するのも注目です(7小節目のソ♭)。間に『聖徳伝説』の断片が見えるのは多分偶然。この曲は以上2種類のメロディしか出現しませんが、道中曲と比べて明確なメロディが各セクションにあるので、音楽的な主張ははっきりしているように感じられます。

6.駒草咲くパーペチュアルスノー

今作一番の変わり種です。そして、体験版をプレイした時点で、1面~3面の中でこの3面道中曲が最も印象に残っている人はかなり多いのではないでしょうか。巷では「劇的ビフォーアフ………」とか「想い出がいっ………」とか「卒業式」とか言われてますが、この曲が印象に残りやすい理由は主に2つあります。

一つは、東方原曲としては珍しく、(部分的にではあるが)短調でなく長調であることです。

そしてもう一つは、1面~3面の中でこの曲が最も「具体的に分かりやすいメロディ」を持っていて、かつ、「器楽でしか演奏し得ない難しいメロディでなく、文字通り歌のようなメロディで歌いやすい(≒覚えやすい)」であることです。裏を返せば、ここまではっきりとした分かりやすく歌いやすいメロディを持った楽曲は、この3面道中に来るまでの間はなかったとも言えます。

これらの2つの要素が、なんちゃらビフォーアフターとかなんとかがいっぱいとかと言われる所以です。覚えやすいメロディというのは間接的にですが、「どこかで聴いたことのあるようなメロディである」ということも多かれ少なかれ関わっています。あとは裏のコード進行がパッヘルベルのカノンに代表される王道進行チックな要因もありますが、ここでは割愛します。

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そしてこの曲も「自然短音階の第六音」を使用しています(1・5・7・9小節目のミ♭)。いや、長調のフシがあるので、「自然長音階の第四音」(平行調ならぬ平行音?)と言う方が自然でしょうか。でもメロディの後半(4段目)は割と、「かつてのいつもどおりの懐かしい東方」のメロディなんですよね。

メロディの始まりは変ロ長調で始まっているのに、メロディの終止部は平行短調であるト短調で、しかも終止は「ピカルディの3度(15小節目のシ♮のこと)」を伴って実質ト長調で終わっているという……、聴覚的には分かりやすい覚えやすいメロディなんですが、結局長調なのか短調なのかまたまた結局長調なのか、音楽用語を用いて文章で説明するには難しいメロディです。

ちなみにこの曲は最初ピアノのアルペジオがあった後に上記のサックスの分かりやすい歌いやすいメロディが始まるので、イントロとAメロの境界がはっきりしている曲と言えます。

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その後に続くメロディもそこそこ具体的なメロディですが、所々音楽的な空白を感じるロングトーンがあるので、こちらはちょっと何か言いたそうにしているもののあえて言ってないような印象を受けます(かつての東方原曲と比べての印象です)。先述の劇的ビ……風のメロディが、言いたいことを割とはっきりと言っているタイプのメロディなので、それに対してこちらのメロディはほんの少し感情の解放を抑圧している、気持ちを抑えている感じはします。

星蓮船以前の神主の作風だったらどういうメロディにしただろうか、ちょっと妄想してみました。フックとなるフレーズには鉤型の記号で音符を囲ってあります。

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7.スモーキングドラゴン

この曲もちょっと変化球です。よくよく分析すると珍しいタイプかもしれません。『東方輝針城』の『輝く針の小人族』に近い要素があります。というのは、ある一つの音楽的なアイデア、言わば、統一的な主題がずーーっと楽曲全体を支配しているという要素です。

たとえば『輝く針の小人族』で言うと冒頭の「デッ……デデッ……デッデッデデッ……」のリズムが楽曲全体を支配していますね。

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あのような感じで、イントロに出てくるリフの音型、

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さらにその後に発展する東方の主題らしき音型

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これら2つの素材が、ずーっと最後まで楽曲の背景を支配しています。

どちらも「ブルーノート」(ここではド♯もしくはレ♭)を使用しているのがちょっとカッコいいですね。「うせな!」って言ってきそう。

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イントロの後にはZUNペットの音色で明確なメロディがやってきますが、こちらもロングトーンが多めで、言いたいことはなくもないけどあえて言わないメロディ、のような気がします。譜面の雰囲気と、ZUNペットの音色から『東方花映塚』の『六十年目の東方裁判』のような気配も感じますが、かつての東方原曲だと、聴衆の心を掴むフックとなるリズムや音型がもう少し詰まってたような気もします。

これは俺の方がZUNより良いメロディを書けるというマウンティングバトルをしているわけではなくただ単なる作曲実験なのですが、たとえば3~4小節目の若干音楽的な空白を感じるソの伸ばしの箇所、ここに7~8小節目のフレーズのオクターブ下を入れてみると、このメロディが主張したいことというのがかなり明瞭になってきます。

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これは神主が、このメロディで最適だと思って完成形にしたのか、アイデアが思いつかないうちに完成としてしまったのか、あえてはっきり物を言わせないメロディを意図的に作ったのか、それとも締切がヤバかったのか、神主の意図は明確には分かりません。しかし、こういった「何か言いたそうだがあえて言わない」みたいなところで踏みとどまっているメロディは、『虹龍洞』全体の楽曲を見渡してみると、この曲だけに限った話ではなさそうです。

それを考えると、この曲で大事なのは上記のメロディよりも、楽曲全体を支配しているイントロで出てきたリフの方が大事であり、その後にやってくるメロディは添え物であるという可能性が浮かび上がってきます。つまりそれは、具体的なメロディで何か主張がある音楽というよりも、メロディを聴かせるための音楽ではなく、(キャラクターの性格や内面などを表現しつつも、)背景音楽としての機能の方がわずかに強いのかな?という気はします。

8.廃れゆく産業遺構

個人的にかなり好きな曲です。でも、この曲は音楽だけ単体で聴いてもあんまり愛は溢れてこないんですよね。プレイ中にあのステージの背景の進行と共に聴いているとすごいノスタルジックな気持ちになります。こう、ステージの雰囲気と曲がセットで好きになる曲、すっごい久しぶりかもしれない。そしてこの曲の落ち着いたムードは『伊弉諾物質(秘封のCDの方)』のアルバムの雰囲気をかなり踏襲しているでしょうね。

ギターの音を中心にリズムとコードを聴かせるイントロがあり、フルートのオブリガードがあり、その後にピアノの音色でメロディらしきものが現れます。

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でもこのピアノのフレーズ、メロディというよりリフっぽいですよね。このリフ、個人的にすごく好きなんですけど、好きなんだけど!……その後「歌」にはつながらないんです。この曲は、1・2面の道中に続いてイントロとAメロの境界が曖昧な楽曲と言えるでしょう。昔の東方原曲だったらこのリフを背景に流しつつ歌が乗ってたんでしょうね。

(※「歌が乗る」とか「歌」とかいう表現を度々していますが、「歌」とはあくまでメロディに対する比喩的な表現であり、ボーカルアレンジされるとか、ボーカルアレンジするのに相応しいメロディといったニュアンスの意味ではありません)

しかし逆に考えると、昔の東方原曲ではこういうリフってそんなに色んな曲で登場してきてなかったように思うので、いつの間にか神主は以前のようなコテコテのメロディを作らなくなった代わりにこういうリフをポンポン作り出せるようになった、とも見ることができるかもしれないですね。こういうリフ、一見簡単に見えて作るのは意外とそんなに簡単じゃないので。

このメロディなのかリフなのか分別がつかないフレーズが続きながら音楽は転調し、続いてAメロに相当するのかBメロに相当するのかまた判断が難しいサックスのメロディに移ります。

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このサックスのメロディもロングトーンが多めで、特にフックがあるわけでもなく、これまたちょっと抽象的なメロディです。8小節目とか半拍前から食い込んでるのでちょっと身構えて聴かないとリズムの把握が難しい。

ちなみにこの後、再び最初のリフがロ短調で再現されますが、その上にZUNペットの音色による別のフレーズが乗っかっています。

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おっ今度こそあのリフの上に「歌」が乗っかってくるのかな?と思いましたが、このフレーズは背景を支えているコードを彩っている感覚なので、オブリガードと表現するほうが近いですね。

こうやって考えると、やはり昔の東方原曲と比べて最近の東方原曲は背景音楽なのかな?という印象が裏付けされていく感じがします。あんまり主張のあるメロディが流れることなく進行していく音楽なので、背景音楽のほか、イージーリスニングとも表現できるかもしれません。ただ陰陽玉とか色々飛んでくるステージなので、プレイ中は全然お気持ちがイージーになりませんが。

「神主はもともと自分が作った曲を人に聴いてもらうためにゲームを作った」と言われていますが(生憎私はこれの明確な出典を知りません→5/9追記:4gamerの神主へのインタビューで言及されている等の情報をいただきました)、ここまで楽曲を注意深く観察してみると、最近の東方原曲は音楽のために作っているというよりも、明らかにゲームのために作っていると言ってもおかしくはないでしょう。

9.神代鉱石

これもリズムとコードを聴かせるイントロに始まります。そして『ぼくらの非想天則』を彷彿とさせるようなリフのフレーズが現れますが、これはこの曲の核をなす主題の予告提示と言えるでしょう。

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この『ぼくらの非想天則』を彷彿とさせるようなリフのフレーズは、少し後になってから本性を現します。一番カッコいいところでは以下のように発展した状態で出現します。

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一回聴いただけでは分かりにくいですが、この一つのリフが核となってリズムと共に楽曲全体を支配しており、楽曲全体に統一性を持たせています。3面ボス曲の『スモーキングドラゴン』と同じ傾向です。このリフがしつこく現れることがそれを裏付けていますが、私はこのリフ結構好きです。カッコいい。でも4面道中に続いてこの曲にも歌のようなメロディはないですね。そういう意味でやはり背景音楽的であり、今どきのゲームミュージックに近い雰囲気を作っているんじゃないかと感じます。というか、具体的なメロディを使わず、このリフとかリズムでカッコよさを演出するあたり、普通に今どきのゲームミュージックの戦闘曲っぽいですよね。ちなみに非想天則は多分関係ないと思います。

10.待ちわびた逢魔が時

この曲も結構好きです。イントロは陰旋法風のアルペジオに始まります。

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五拍子なのと、4~5拍目を強調するリズムがちょっと似ているので、『東方天空璋』の『幻想のホワイトトラベラー』を彷彿とさせます。多分関係ないと思いますけど。

(幻想のホワイトトラベラー)

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話を戻して、その後に現れるメロディはかなり具体的なメロディですね。

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珍しくこの曲は、イントロがあり、その後Aメロの切り替わりがはっきりと明確に認知できる曲です。

そして昔の東方原曲ではあまり見られなかった「自然短音階の第六音」をかなり堂々と使用(4・8小節目以外全てにファ有)、コード進行は『蓬莱人形』『東方紅魔郷』の『明治十七年の上海アリス』を彷彿とさせる「Am→F→G→Em→F→Dm→E」の進行です。この手のコード進行の曲、東方原曲での使用はかなり限定的なので珍しいですね。突然思い出したかのように使われたので私もちょっとびっくりしています(それとも知らないうちにどこかの曲で使われていたか……?)。

この曲の一番いいところは前半の五拍子が終わって四拍子になったセクションに現れる、以下のメロディです。一見リフっぽいメロディですが、これは言いたいことが1小節ごとに短くつまった、まごうことなき明確なメロディでしょう。フックとなる部分には鉤型の印を付けています。

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さらに言うと、ブルーノートっぽい経過句(ここではレ♯もしくはミ♭)、「自然短音階の第六音」や、その他の半音階的な音も経過音的用法の中に盛り沢山。半音階的な経過句には丸pマークを入れています。これらの新しい風がこのメロディには吹いているのですが、それだけに留まらず、この曲は昔ながらのZUN節がめちゃくちゃ効いています。これはかつてのZUN節であった「ネオ演歌」から一歩進化した、「ネオZUN」のメロディと評価してもいいかもしれません。細かい音が多いですが、かなりよく出来たメロディだと思います。あと3段目の2小節目、(楽譜には明記してませんが)コードがGなんですが、Gコードの上でソ→ソ♯→ラとメロディを動かす勇気、私にはない。

おそらくこの曲、「昔ながらのZUN節が聴いた曲が好きで、その延長線上にある神主の新曲が聴きたい!」という人には一番ハマる曲なのではないでしょうか?

このメロディの形は、『東方鬼形獣』の『ジェリーストーン』を彷彿とさせます。1小節単位のアイデアがどんどん発展していくタイプです。ちなみに私は『ジェリーストーン』すごく好きです。メロディがエモい。

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でもこの曲、よくよく聴くと一箇所ベースが変なところあるんだよな(4小節目のシ♭)。

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11.星降る天魔の山

こちらもイントロはリズムとコードを聴かせるタイプのものです。イントロが終わった後に続くセクションではZUNペットによる具体的なメロディが流れ、あたかも『東方文花帖』で流れてそうな雰囲気を醸し出しています。

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トランペットの使用は文花帖の楽曲をはじめ、『風神少女』『妖怪の山』を意識しているものと思われます。こちらも道中に続き、イントロとAメロの境界がはっきりとした曲です。やはりこのタイプの曲のほうが、音楽だけを聴いたときに、「ここから歌が始まったな」という感覚がはっきり認知できるので、このへんの塩梅が、楽式から音楽を判断・認識する面で、昨今の東方原曲の印象の残りやすさ・残りにくさを左右している可能性があるのは否めないです。

このメロディは割と「言いたいこと」をはっきりと喋っているメロディだと思いますが、作曲実験として参考までに、「言い足りなさそう」なメロディに改変すると以下のような感じになるでしょう。

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前半のメロディは言いたいことがちゃんと主張されているメロディでしたが、一方後半のメロディは前半に対して少々主張が弱めな印象があります。『風神少女』のようなインパクトはないかもしれませんね。

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2~3小節目と、6~7小節目の「ラ↑ソシ↓ラ↓」の動きは、音の跳躍が狭い2度からの6度、そしてまた狭い2度というトリッキーな音程の組み合わせなので、初聴ではこのあたり掴みづらいかもしれません。

とは言うものの、裏でガチャガチャ鳴ってるピアノは昔の東方原曲の面影があると思うので、そこに気付くとちょっと昔の東方っぽい懐かしさも感じられると思います。

参考までに『風神少女』のサビ部分のメロディも載せておきます。

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鉤型で印を付けたフレーズが何度も繰り返されながら聴衆を印象付けさせ、繰り返していくうちにどんどん発展していき、最後には最高潮に達するという展開を持ったメロディです。『星降る天魔の山』にはこのようなメロディの展開がないので、『風神少女』のようなインパクトと同じものを与えさせるのは難しいかも知れません。この場合、たとえば射命丸文と飯綱丸龍のペアの東方アレンジを作ろうとすると、飯綱丸の音楽的素材がどうしても射命丸のと比べて不利になりがちなので、音楽で東方二次創作を表現しようとする者には難しい問題になるでしょうね……。

12.ルナレインボー

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最初のピアノのアルペジオ、最高。めっちゃ優美。華麗。その上で切なさもあって最の高。(大筋音符は合ってると思いますが、ちょっと採譜が完璧かどうか自信ナシです。)音符を並べると『東方永夜抄』の『ヴォヤージュ1969』のような発狂ピアノっぽさがあるのに、発狂っぽさがない。その上品さが今までにない美しさですごい。すごい洗練されたなという感じがします。(まあヴォヤージュの方も割と発狂というより上品寄りか。)

5/9追記:記事公開から一晩経ってやっぱなんか違うなって思ってもう一回よく聴いてみたら聞き取れました。ほぼ9割合ってると思います。なんか悔しいんでついでにピアノ譜っぽくしときました。

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でもこの曲、ちょっと構成がミニマルミュージックっぽいと言うんでしょうか、楽曲の展開が、進行しそうで、しないんです。実はずーーーっと裏で冒頭のピアノの優美なアルペジオが流れ続けてて、時間の進行と共に、東方の主題っぽい音型が乗っかったり、その後さらに『霊知の太陽信仰』の主題のようなメロディっぽいものが乗っかってきて、またそれらが消えてピアノのアルペジオだけになって……、それの繰り返しです。背景音楽の極致みたいな作りになってますね。一体どこからインスピレーションを得て、かつてのネオ演歌チックなコッッッテコテのメロディの作曲から離れて、こういう曲を作るようになったんでしょうか?気になりますね。

13.あの賑やかな市場は今どこに ~ Immemorial Marketeers

英語のサブタイトルが曲名についているのは虹龍洞ではこの6面ボス曲だけみたいですね。神霊廟の『聖徳伝説 ~ True Administrator』と同じパターンです。

この曲はベースの存在感がかなり薄いです。その点では『東方紺珠伝』の『ピュアヒューリーズ ~ 心の在処』と同じスタイルのように感じられます。月だから?その理由は定かではありませんが。この、ベースがかなり薄いという要素がコード感を少々曖昧にしている関係で、昔の東方原曲と比べていまいち曲の印象が残らないという人はいるかもしれません(ピュアヒューリーズはギターのコードがはっきりめに鳴っているのでコード感はそれほど薄くない)。

イントロは嬰ハ短調で始まり、リフが1小節単位で繰り返されます。

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その後には具体的なメロディが続きます。

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これもイントロとAメロの境界がはっきりしている曲です。

メロディは昔の東方原曲の傾向から外れて、「自然短音階の第六音」をガッツリ使用しています(5・7小節目のラ)。そしてもう一つ、先述したようにベースが薄い関係でサウンドが昔の東方原曲と違うので、この二つの点は昔の東方原曲と異なる雰囲気を醸している要因となっているでしょう。

しかし、楽曲の展開の面では懐かしい部分もあります。このメロディの裏では、譜例が示している通り実はイントロのリフがずっと続いています。イントロのリフを背景にその上に歌が乗る、ちょうど『ほおずきみたいに紅い魂』と同じ構成です。以上の、音楽的な新しさの面、音楽的な懐かしさの面、どちらに魅力を感じるかでこの曲の評価は人により変わってくるかも知れません。

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(譜例再掲)

嬰ハ短調で始まったこの曲は、間奏を挟んでニ短調に転調します。私の解釈では多分ここがこの曲の一番の見せ所なんでしょうが(※多分諸説あります)、ここが見せ所というのは、スタッフロール曲である『虹色の世界』を聴くまでは正直分かりませんでした。というのも、このセクションのメロディを担う音色が薄いのと、メロディよりもイントロのリフを模倣した音型の伴奏のサウンドの方が前に出ているからそっちに耳が行ってしまうというのが要因でしょう。

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メロディの音が薄いという点は『東方鬼形獣』の『セラミックスの杖刀人』と同様の要素です(三連符ゾーンではないところ)。

その後はシンセとZUNペットによる具体的なメロディが現れます。

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後半は懐かしい雰囲気の発狂ピアノが出てくるので、この辺りはかつての東方原曲の雰囲気を持っているかもしれません。ただ、メロディは「自然短音階の第六音」をバリバリ使っているので(5・7小節目のシ♭)、ここにも新しい風が入っているように感じられます。

なんか全体的に懐かしい要素と新しい要素が両方混じってる気がしますこの曲は。メロディの素材の数もやたら多いし、それ故に展開がちょっと複雑だし、その関係でどこを一番クライマックスとして聴けば良いのか少々判断に困る曲でもあるのですが、もしかすると、それが音楽的に「虹色」ってことなのかもしれません。

14.幻想の地下大線路網

この曲も結構好きです。イントロ部分です。

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5面道中、『待ちわびた逢魔が時』でも登場しましたが、イントロのコード進行が「B♭m→G♭→A♭→Fm→G♭→E♭m→F」で、『蓬莱人形』『東方紅魔郷』の『明治十七年の上海アリス』を彷彿とさせます。

(明治十七年の上海アリス 紅魔郷ver.)

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この曲もイントロとAメロの境界がはっきりとしている曲です。イントロが終わると低いフルートの音色で具体的なメロディが現れますが、少々音価とリズムを掴むのが難しく、少々覚えにくいメロディです。

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もしかして酒を入れて作曲すると酔いが回って拍節感が曖昧になってこういうリズム感のメロディが出来上がるのか……?

先のセクションが終わると、矩形波のシンセのメロディが追加された形で再びイントロのセクションに戻ります。

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ここめちゃめちゃカッコいい。コード進行があまり過去に使われてないだけあって新しさがありますね。

15.龍王殺しのプリンセス

イントロは極めて半音階的で、『東方星蓮船』の『平安のエイリアン』や、『東方紺珠伝』の『星条旗のピエロ』、『東方天空璋』の『クレイジーバックダンサーズ』を彷彿とさせます。その後ZUNペットが入りますが、これはAメロに相当するのかそれともイントロの続きなのか曖昧な感じです。

しかしその後の展開はメリハリがついてるので安心(?)できます。イントロからしばらくすると再びシンセのみのメロディになり、今までの半音階的で調性が不安定な状態から脱却して、嬰ヘ短調によるめちゃめちゃ具体的なメロディが出てきます。

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譜例を用意していませんが、このセクションに至るまでの不安定さから安定への推移具合は『東方地霊殿』の『ラストリモート』っぽさがありますね。リズムもちょっと似てるし。

このセクション、コード進行が「D→E→C♯→F♯m」で、ディグリーネームで表すと「♭Ⅵ→♭Ⅶ→Ⅴ→Ⅰm」となります。よくポップスで聴くので王道進行とも言われます。東方原曲で定番中のド定番のコード進行は、この「♭Ⅵ→♭Ⅶ→Ⅴ→Ⅰm」の3つ目にあるⅤを取り除いた、「♭Ⅵ→♭Ⅶ→Ⅰm」、調がイ短調(Am)の場合「F→G→Am」このコード進行がダントツで多いです。

しかし最近の東方原曲では、間にⅤもしくはⅤmを含めた、「♭Ⅵ→♭Ⅶ→Ⅴ(m)→Ⅰm」、調がイ短調(Am)の場合「F→G→E(m)→Am」も使われ始めており、『東方鬼形獣』の『ジェリーストーン』『偶像に世界を委ねて』などでかなり印象的に使われています。

(ジェリーストーン)

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(偶像に世界を委ねて)

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『龍王殺し~』の6小節目と、『偶像~』の7小節目、出てくるタイミングこそ違いますが、同じような音型があるんですね。たまたま被っただけだと思いますが、同じコード進行なのでもしかしたら前作に引っ張られた可能性も……?

「天空璋」~「鬼形獣」ぐらいからこの王道進行が使われ始めるようになったので、今作「虹龍洞」も最近の東方原曲の傾向に則り、この王道進行がたくさん使われるのではないかと少し期待したのですが、多分このコード進行が使われるのはこのEXボスの曲が初めてではないでしょうか?このコード進行、曲は作りやすいものの、反面麻薬みたいなコード進行でもあるので、もしかしたら意識してしばらく封印していたのかもしれません。

第一印象は半音階的で難しめの印象を受けますが、楽曲が展開するととてもキャッチーなメロディとキャッチーなコード進行に釘付けされる楽曲です。もしかしたらキャラクターも、第一印象のビジュアルが(元ネタ的な意味で)最悪だけど実はいいヤツ、なのかも。この曲の主たるメロディは昔ながらのZUN節がめちゃくちゃ効いているので、昔ながらの東方原曲のような曲が聴きたい人にはイチオシでハマる曲ではないでしょうか。

16.まとめ

以上、各楽曲を大まかに楽曲分析してみると、神主は最近の東方において、昔の東方とは変わった新しい音楽性を探っていることは間違いないと考えられます。

まずメロディに見られる新しい特徴としては、以下のものが挙げられます。

◆自然短音階の第六音の使用・ファ抜きからの脱却
◆コテコテのネオ演歌のZUN節をあまり書かなくなった
◆リズムや音価を気まぐれにするなど、メロディに冗長性を持たせて、具体性をあえて欠かせる
◆昔のような覚えやすい・分かりやすい・歌いやすいメロディからの脱却
◆主張のあるメロディよりも、統一的なリフを重視・多用し、一つの楽曲をあまりメロディの数で展開・発展させずに統一性を持たせることを重視する

続いて楽曲構成・楽式・展開の面では以下の点です。

◆イントロとAメロの境界が曖昧に
◆Aメロ→Bメロ→サビという最低でも3種類メロディが登場する歌モノのような形の展開をやめた
◆上記の影響で、一曲ごとに登場するメロディの種類が少なくなっている

以上のような要素をまとめた結果、本文中で述べた表現も交えて、『虹龍洞』の音楽、そして最近の東方の音楽について総括すると、

分かりやすい音楽から一歩離れて、背景音楽・イージーリスニング・ゲーム音楽・劇伴のような、ゲームを彩るための音楽としての機能が強く出る曲を作るようになった

と言えるでしょう。昔ながらの東方の原曲が好きという人と、ゲームに寄り添った最近の今風の東方の原曲が好きという人では評価は分かれるかもしれませんね。

ここで私個人、今回の楽曲、東方アレンジ作るのが難しそうだな……と薄々感じております。特にボーカルモノのアレンジを作る場合は、

・歌に適したメロディがそもそもない
・あっても1種類ぐらいしかなくて展開が作れない
・音楽的に展開を広げようとするとオリジナルのメロディを作らざるを得ない

といった壁が制作上立ちはだかりそうな気がします。ボーカルモノに限らずインストモノでも、メロディの主張がはっきりしているものは比較的容易ですが、そうでない曲の場合、アレンジをするために原曲からその曲の個性となる核の部分を抽出すると、その結果何の曲だったか分かんなくなっちゃった、もしくは何の曲か分かるようにアレンジするとあんまりアレンジ出来なくなっちゃった、というケースが発生し得そうです。これは私自身最近の東方楽曲をアレンジしていて時たま難しいなと感じることなので、今回の楽曲も例外でなく、原曲の素材を残しつつ自分の味を加えていくアレンジを作るのは難しいかもしれません。

あと今回のゲーム展開・ストーリーの場合、例えば5面のボ中スをテーマに曲を作ろうとした場合、何の楽曲を素材にしてアレンジをすればいいのかかなり判断に迷いますね。

とまあ少々余談を挟みましたが、このように考えると逆に、なぜ昔はあんなに東方アレンジで大きな盛り上がりを見せたのか?という答えも、先の要素から逆算すれば浮かび上がってくるのではないかと思います。

東方の音楽はここ10年ぐらいで少しずつではありますが、その前の10年の音楽と比べて、音源などのサウンド面の違い・進化のみならず作曲技法の面でも変化を遂げてきました。その間神主が一体どういう音楽的インスピレーションや影響を受けてこの変化を遂げてきたのかは定かではありませんが、今後の東方ファン達の反応が気になるところです。

東方の楽曲をこういった形で分析・考察している事例はあまりないかと思われますので、このnoteで、「なぜ私はこの曲が好きなのか?」「なぜこの曲は私にとってあまり印象に残らないのか?」という皆さん個人個人の疑問にほんの少しでも答えられたら幸いです。

そして、音楽とはとても作品に対する感想を伝えにくい芸術です。「あ~~~この曲良いわ~~~(語彙力)」となることも各々の感想の中であるでしょう。このnoteは、副産物的ではありますが、その(語彙力)の部分をほんの少し明らかにするためのヒントがいくつか含まれているはずです。

もし皆さんの中で好きなアーティストさんとか音屋さんとかが身近にいたら、ちょっとだけ感想をもう少し言語化できるよう曲を注意深く聴いてみて、自分がどう思ったか耳と心の中で起きたアクションを記憶し、それを言葉にする練習をしてみてください。作った人にその感想が届くと、きっと作った人は喜びます。みんな一生懸命に作ってるのでね。

あともしよければうちのサークルのアレンジや演奏も聴いてね。
なんかうちもアレンジもちゃんと精一杯作ってるんだけど、東方アレンジの創作よりもこういう音楽考察や楽曲分析の方が需要あるっぽくて、もし、お時間あったら、その、拙作も、キイテクダサイ。

気がつくとこんな文章量になってましたが、よければ「私は虹龍洞でこの曲が好き」なども添えてnoteへの感想・コメント残してくれると、あーこの人はこういう音楽の感受性の持ち主なんだなーと思いながら私も喜びます。ここまでお付き合いいただきどうもありがとうございました。

おわり。

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