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俳優の仕事、そしてなりわい



「俳優・役者の仕事といえば、演技をすることだ

広く一般にはそう思われているだろうし、演者の方の中にもそうだと思っている人は多いと思う。

「俳優・役者の仕事は、役になり切ることだ」

これも結構いろんなところで聞くことばだし、演者から発されるこの言葉には覚悟が乗っていることもある。

「いやいや、役は大切な相棒で、偉大な先人だ。私達の仕事はキャラクターに準じ、それを舞台上に再現させることだろう」
「その登場人物の人生をちゃんと生きなければ。役を生きることが大事なんだ」

更に踏み込んで、演劇をやっている人からはこんな言葉を聞くこともある。

 僕らが関わっている舞台や物語や演劇には登場人物がいて、僕らはその配役に従って演じるのだから、当然こういった話が出るし、そうした話をしていく中で皆の意識を参考にしたり、議論をするのは有意義なことだと思う。


けれども僕はある時期から、俳優の仕事は、ただ与えられた役割を全うすることだと思うようになりました。

冷静に考えてみればわかると思うのですが、この世のあらゆる仕事は、もうひとつ大きなくくりのなりわいや構造物を成立させるために存在しているはずなのです。

例えば…
1)農家なら…
・仕事は作物を育てる ・なりわいは農業を成立させる
2)コンビニバイトなら…
・仕事はコンビニを運営、営業する ・なりわいは小売業を成立させる
3)オフィスの事務職なら…
・仕事はWord・Excelで書類を作る ・なりわいは会社の事務を処理する
4)研究者なら…
・仕事はデータを集める  ・なりわいは科学を発展させる
5)建築家なら…
・仕事は図面を引く ・なりわいは建築物を建てる
6)演奏家なら…
・仕事は楽器を演奏する ・なりわいは音楽を成立させる
※なりわいの後には、~することで対価、報酬を得ると付け加えても良いです

演奏家は実際の俳優の実態とかなり近いところに位置していると思います。

つまり、俳優の一番手近な仕事は演技をすることなんです!



それ最初にいってるやつじゃん!と思った方、ごめんなさい。この図式のまま俳優にも同じことを適用すると、そうなっちゃいます。

上の図式で描いたことを2つの書き方で描いてみますね。

(A)私は〇〇することで、それによって(なりわい)を成立させている。
(B)私は(なりわい)を成立させるために、○○する。

こうして書くと、どちらのほうが目的が明確でしょうか?
おわかりの通り、(B)のほうですね。

つまり私が前の図式で示した

仕事とは、過程や方法を表しており、

なりわいとは、達成すべき目的を示していたわけです。

話を俳優に戻します。

俳優の場合、なりわいとは
戯曲に含まれる内容をその空間において立体化させ提示する、
あるいは戯曲の本質を表現し、受け取ってもらえる形にすること
になると思います。

俳優は戯曲を表現するために、演技をしたり、表現をする。
つまりは戯曲に書かれた登場人物・シーンの役割に忠実になることが、
もっとも戯曲を表現(=目的を達成)することにつながるはずなのです。
それは自分を抑えろということではありません。果たすべき役割に忠実になれば、行き過ぎてもダメだし、何もしないのも適切ではないことがわかってくるはずです。そうすることで"演技をする"といった外形的で取って付けたようなものから離れていくことが出来ると思います。

俳優は他の職業に比べて特殊なものでしょうか?

どんな職業だってその与えられた役割・目的が明確にあります。
それはひょっとすると、筋書きのある戯曲・台本よりも明確かもしれません。
そして僕らは演劇の世界の中で口酸っぱく説かれ、念仏のように唱えているはずです。
目的に集中しなさい、目的を達成するために行動しなさい
と。


自分の内側から世界を見ていた僕は、演劇と出会うことで、沢山の舞台に関わる俳優さん、演出家さん、スタッフさん、観劇者さんと出会うことで、
こうして自分よりも大きな世界から、自分の果たすべき役割は何かないかと考えられるようになってくることが出来ました。

自分から外を見るのではなく、外から自分を見つける。
僕らが演じるのは毎回主役ではないし、主役と勝手に思っているだけで主役なんかなくてただの登場人物の1人でしかなくて、本当に作者が伝えたいことは、もっと別の誰かや、とある一瞬に秘められていたりすることがままあります。
演劇においては、ヒロイックな自己投影・自己陶酔の海を泳いで溺れずに、大海の上から光る星のかけらを探すほうが、僕はロマンチックだしうつくしいと思います。もちろん、見つけてもそこから準備をしてしっかり潜っていかなくては手に入りません。

今は大荒れの海ですが、それでも漕がなきゃ始まらない。願わくば嵐が収まってから漕ぎ出したいけど、船は嵐の中でぼろぼろになっていく。それぞれの決断を尊重して、漕ぎ出す人の旅路を祈り、船をなんとか繋ぎ止めて。
海は偉大で優しくて凶暴だから。
海に対する最大の愛情と敬意をもって。

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