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額縁幻想記 ① 「微笑みの額縁」 まさかの裏話


♪ シューマン 〈ミニヨン〉 オリジナル録音


「微笑みの額縁」② と ③ の間で奏でられるシューマンの〈ミニヨン〉は、お聴き頂けましたでしょうか? 

 劇中、ヒロインの絵里香も想いを込めて〈ミニヨン〉を弾くシーンがあるのですが、安斎 航さんのピアノは、しっとりと優しく、ロマンティックで、夢のような虹色の響きが魅惑的な、若きシュテファンの演奏のイメージそのものと言えましょう。

 当日、録り下ろしたばかりの未公開の録音で、公開済みの音源でなかった為か、文章の途中に音楽を挟み込む方法が見つからず、② のラストで、

~ どこからか聴こえてくる、不思議なピアノの調べ ~

として、③ の章の前に、別の記事での公開となりました。

 急な思い付きでしたのに、シューマンの誕生日、そして小説で展開されるタイミングでの公開に、わざわざ間に合わせて頂けまして、なおさら嬉しく、シューマンの素敵な誕生日のお祝いができました♪

 物語に添えられる演奏は、読者の方々への素敵な贈り物。そして作品にとっても、大変ありがたい貴重な宝物となりゆきますよね。
 皆さまも是非、輝く音色の安斎さんに、イメージ曲やテーマ曲の演奏を依頼されては如何ですか? ピンセットローズの固定記事で紹介している YouTube の1分動画でも、オリジナル曲を弾いて下さってます(しかも謎の譜面を初見で!)。きっと快く引き受けて下さいますよ♪ 


ウィーンの街で執筆体験



 この物語に取り組む前は長編しか書いておらず、多くの方に気軽に読んで頂けるような短編が書けたら、仕事を辞めて短期間ウィーンに滞在して続編を書き、三部作に仕上げて来ようと思い立ち、初めて描いた短編小説が、「微笑みの額縁」でした。

 この滞在で何より驚いたのは、小説で描いた世界がそのままに、ウィーン郊外の、ある旧貴族の館に実在していたことでした。

 この衝撃の実話については後に語るとして、まずはウィーンに旅立つ前日になって、折しも演奏旅行の準備で、ひと足先にウィーンに出発していた音楽家の友人に、忘れ物を届けるというミッションが舞い込んだのでした。


カフェ・モーツァルトで朝食を


 東欧のオーケストラの指揮を控えていた本人は独語は当然のごとく、仏語や英語も堪能ながらも、「電子辞書があると安心なのに用意し忘れた!」ということで、自分の荷造りを放り出して電器店に駆け込み、語学系に強い万能電子辞書を調達した次第。

「ついでに、軽く読めそうな文庫本も」のリクエストには、自宅の本棚からエーリヒ・ケストナーの「雪の中の三人男」を厳選。
 好みの読みは当たり、「ケストナー大好き! でもこの話は初めて」と、嬉しそうなご様子でした。

 余談ですが、ケストナーの「飛ぶ教室」は、我が最愛の書の一冊でもあります。

 朝一番の受け渡し作戦がなされたのは、国立歌劇場の裏手、カフェ・モーツァルト。
 シンプルなモーニングを選んだはずなのに、ヨーグルトはパフェのようだし、フルーツもたくさん添えられていて、かなりの豪華版。定番のメランジェと共に、贅沢優雅なウィーンの朝を味わうことができました♪ 



オペレッタはウィーンの空気?


 この時のウィーン滞在中は、かつてウィーン郊外の地底湖への探検がきっかけで知り合った、Mr.Wien こと現地のピアニストさんが、色々とオプションの計画を立てて下さいました。

 ところで、Mr.Wien って、実は変な呼び方ですよね? ドイツ語なら、Herr Wien 、英語でしたら、Mr.Vienna になるはずですものね。ですが、彼が来日した折に、仲間内で何故かそう呼ばれ、すっかり馴染んでしまったので、ご了承下さい。

 まずはフォルクスオパーでのオペレッタ《こうもり》観賞。

 客席では序曲から幼い子どももノリノリで、誰もがもはや空気のように身近な音楽を心から愛して楽しんでいる様子でした。
 かくいう私も幼い頃から、日曜日の朝は父がかけるオペレッタ序曲の大音量で起こされるという家庭環境でしたので、言葉こそはあまり把握できてなくても、地元の方々と空気を分かち合い、本当に楽しいひとときでした。

 上演中、近くの客席で年配のご婦人の携帯が鳴り出すというハプニングも。今は話せないと小声で応答しても相手に通じないのか、いったん切れど、その後も呼び出し音が鳴り続け、困っている様子がお気の毒で、こちらもハラハラ。何とかしてあげられないかと案じていたら、隣のMr.Wien に「ここはウィーンですよお」と、一笑に付されてしまいました。
 ウィーンだから、音楽鑑賞も日常生活の一部だから、携帯が鳴り響こうと周囲は頓着しないとは……。ウィーンっ子の懐の深さには脱帽ですね(笑)。

 

今回のハイライト、メルクの街へ


 ドナウを見おろす丘の上にそびえるメルク修道院。

 外観は修道院というより難攻不落の堂々たる要塞のようで、壮麗かつ絢爛豪華な内部にも、目が繰らんでしまいそう。ともかくスケールが大きすぎて、これが人間の手によるものか! と、ただただあっけにとられるばかりでした。

 実は、執筆中のSF冒険長編「双生の預言者」では、間抜けな秘密結社「星十字団」のアジトが、メルク修道院の下、奥深い岩の内部に隠されている設定ということもあり、現実世界の修道院にも、もしや秘密の抜け道なるものが存在してたりして? と思い、ガイドさんに尋ねてみたのです。

 1人は「そのような通路はない」と、完全否定。
 別の1人は「自分は知らない」との回答。

「知らない」と言われた場所は、荘厳な礼拝ドーム内でのことだったので、この方は神の元で完全なる嘘がつけなかった為、曖昧に答えたのではないかと、私は疑いを持ったのでした。
 そして前者の「完全否定」というのも逆に嘘っぽいのでは? 改築を繰り返された長い歴史の中で、秘密の通路があるかどうか、誰も知らないかも知れないのに、きっぱり「ない」と言い切るところが。

 というわけで疑いは確信となり、物語では、考古学を学ぶ主人公「空知 浄」が、秘密の迷路をくぐり抜け、「星十字団」の魔の手から命からがら逃走するという設定そのままに。

 そして抜け道の出口が、今は空き家となっている旧貴族の館。

 それは『額縁幻想』3部作の舞台、ハイデンベルク邸であり、モデルとなったのは、メルクの街の岩の上に500年前から建つ邸宅として地元でも有名な、Mr.Wien の友人宅なのでした。

 ちなみに「双生の預言者」の主役、空知 淨 くんは目下、マルタ島でのお宝探しの任務を終えて他の島に向かっているところ。危険な冒険の旅がまだまだ続く予定なので、皆さまにご紹介できるのは当分先のこととなりそうですが、その折は是非ともよろしくお願い致します。



現実と重なりゆく小説の設定


 メルク修道院を見学の後、いよいよ旧貴族の館、H邸へ。H邸といっても、ハイデンベルクのHではありません。たまたま重なっただけです。
 明るく素敵な Frau H と、可憐なお嬢さんが温かく迎えて下さいました。

 大広間の窓辺からは、黄昏時の薄明かりから、煌めく夜間のライトアップまで移りゆくメルク修道院の光景が目の前で展開され、現実とは思えないほど圧巻でした。

H邸から望むメルク修道院


 小説のモデルといっても、「微笑みの額縁」を描く前に、大きな館の構造として、

「普通の部屋の『上』でなく、部屋の『両脇』に屋根裏部屋が築かれる建物も多く、メルクの友人宅がそうなってるので、いつかウィーンに来られた際にお連れしましょう」

と、Mr.Wien から聞いていただけでした。


【ご注意】
 以下からはネタバレになりますので、「微笑みの額縁」未読の方はお気をつけ下さいませ。


 長い夏休みを過ごすべく、遠い親戚の田舎の洋館を訪れた少女は、黄昏時の不思議な時間帯に、大広間の大鏡に過去の幻影を垣間見る。それは正装の人々が集うパーティーのような、日常からかけ離れた、どこか妖しげな光景だった。ざわめきや、舞踏の音楽も聞こえてくる。
 幻影が映し出される時間は徐々に増えてゆき、やがては鏡の世界の青年に恋をしてしまう。
 それが自分の祖父であるとも知らすに……。


 元々浮かんでいた物語は、日本のどこか緑が豊かな自然の中にひっそり佇む謎めいた洋館が舞台の、児童文学風のイメージでした。

 それが、

「ウィーン郊外の貴族の館の屋根裏部屋」

 という舞台と結び付き、少女がもう少し大人の、目的を持った女性になり、「微笑みの額縁」と化したのです。



 本作「微笑みの額縁」のポイントは、

① ヒロインが旧貴族の館で始めた1人暮らし

② 時空を超越する、何も入れられていない額縁

③ ベーゼンドルファーの脇に飾られた、厳めしい祖母の肖像画

 主にこの3点でした。そして驚いたことに……

 この短編を書き終え、仕事も辞め(長期休暇がもらえなかったこともあり)、晴れてウィーンを訪れて最高の環境で執筆に専念。続編「ハプスブルクの鏡」も大方仕上がった頃に、Mr.Wien から屋根裏の話を聞いていた「旧貴族の館」を訪れると、小説で描いた設定がまさに存在していたのでした。

 そこで初めて詳しい話を伺いますと、館の女主人である Frau H は、近くの自宅で家族と共に暮らしていて、この館は、普段は殆ど使用していないとのこと。
 美しき娘さん Fraulein M は、Mr.Wien のピアノの元お弟子さんで、レッスンの時や、Mr.によるサロンコンサートの際などは、ここのベーゼンドルファーが奏でられるそう。

 そして、ごく最近、お嬢さんがこの館で

「1人暮らしを始めた」と。

 Mr.が私の物語の設定をかいつまんで2人に話してくれて、その時点で一同唖然。お嬢さんは「私の話なの?」と、本気で怖がってしまうほどでした。更に、

「ベーゼンドルファー脇の壁面に、
 微笑んでいない、おばあさまの肖像画」が! 

 額に入った絵は他にも何点か飾られているというのに、おばあさまの肖像画が(しかも微笑みを浮かべていない!)、わざわざピアノの脇に掛けられているなんて! 
 こうした偶然は、果たしてどのくらいの確率で一致するのでしょうね???

 そしてポイント②の、時空を超越する額縁です。大きさこそ異なれど、

「鏡も絵も、何も入ってない額縁」

 が、本棚の前に置かれています。

 この時点で、既にノートに鉛筆で書き終えていた続編「ハプスブルクの鏡」では、額縁はシェーンブルン宮殿の本棚の前に立て掛けられていた時期があり、額縁を通して背後の書籍が絵のように見えている描写も、まさにこのような光景なのでした。

 余談ですが、小説執筆にノートと鉛筆って、現代の物書き人にとっては、もはや謎のアイテムかも知れませんね? 
 これまでの裏話でもお伝えしてきましたが、私は半分眠ったような状態で、物語の全体像をかなり克明に、映画を観るように把握してから、ワープロなどの機械に向かって、観た内容をそのまま一気に迷いなく書き上げるタイプで、旅先では機械類よりも、ノートとペンさえあれば事は足りるのです。

 Mr.Wien からは屋根裏部屋の形状についてしか聞かされていなかったというのに、小説で描いた世界がこのように現実化されていたなんて! と、自分も含めて皆で心底驚くばかりでしたが、 Frau H が、
「あなたのその小説が、いつか世に出回ることを願って」と、ノーベル賞授賞式の祝賀会で使用されるモデルと同じシャンパングラスを、縁起を担いで用意して下さり、一同で乾杯☆ 
 可愛らしいメルクのチョコの花束をプレゼントして下さいました。

 そして Mr.Wien のピアノのファンでもある Frau H が、ベートーヴェン《悲愴》の第2楽章をリクエスト。

 ああ、この曲こそが、「ハプスブルクの鏡」の重要なテーマ曲なんだけどな……。数ある名曲のうち、ドンピシャで、このタイミングで流れるなんて、出来すぎでしょう? と、思いつつも、善良な方々を更に怖がらせてはいけないと、それ以上は黙して語らないことに。

 壮大なメルクの修道院を眺めながら、百年前のベーゼンドルファーの響きにうっとり耳を傾けつつ、この素晴らしき空間に居られて、素敵な方たちと共に過ごせる幸せに、心から感謝するのでした。



額縁幻想記 ② に続く……。


「ハプスブルクの鏡」公開後に投稿しますね。
 お読み下さいまして、ありがとうございます♪


 Precious Planner 森川 由紀子





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