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幻の公演プログラム ラオ・ハオ ショパン・リサイタル ②


 第18回ショパンコンクール(2021年)ファイナリストとして、多くのファンを魅了した天才少年ラオ・ハオさんの、幻と化した来日公演の、大阪公演用の楽曲解説。
 ② では、ノクターン第17番、バラード第4番、スケルツォ第2番をお伝えします。


ノクターン 第17番 Op.62-1

 ショパンの生前に出版された最後のノクターンのひとつ。
 上昇アルペジオによるドラマティックな導入から、いきなりショパン独自の世界に引き込まれる。
 すぐに続く優しく穏やかな、天から語りかけてくるような主題は、ゆったりと揺れ動く舟歌を思わせる。
 再現部で現れる右手のメロディーには、煌めく装飾音が可憐に添えられる。ここまで華やかではないにせよ、こうした手法はショパンが最も敬愛するモーツァルトが、既に自然に描いていたもの。そしてショパン活躍当時のパリのサロンで流行し始めていたスタイルでもあった。
 コーダは不思議なハーモニーに包まれつつ、穏やかなに語り終える。

「ショパンの本当の祖国は、ポーランドでもフランスでもありません。そこはモーツァルト、ラファエロ、ゲーテの国。夢の中の、詩の王国なのです」

 ショパンが世界最高のピアニストと信じて疑わなかった友人、ハイネによるこの言葉のごとく、ショパンが独自に発展させた夢想の世界に誘いゆくノクターンという形の集大成ともいえる作品となっている。


バラード 第4番

 音楽を叙情詩のように物語る、自由な形式のピアノ曲として、独立した「バラード」というスタイルを打ち出したショパン。動と静の、2つの対照的な性格の主題を提示し、それを多様に変化させながら展開させ、ヴィルトゥオーゾ的なコーダで締めくくるのが大まかな特徴である。
 4曲のバラードと似た時期に渡って書かれたスケルツォ全4曲が、急速な3拍子で、明確な主題を示しているのに対し、バラードは全編、落ち着いた雰囲気の6拍子で描かれ、ショパンの内面へと奥深く誘われていく。

 第4番はショパン32才の頃の、大変充実した時期の作品である。
 亡命先のパリの都会の喧噪から離れ、恋人の女流作家ジョルジュ・サンドの田舎の邸宅、ノアンでの豊かで静かな田園生活。澄み切った空気に色鮮やかな緑、美しい木立の散歩道、新鮮な食物、香りゆく花や草木、野鳥のさえずり、のどかな鐘の音、サンドの朗読、そしてお気に入りのプレイエルのピアノ。
 素晴らしい環境の中で作曲に専念できるようにと、恋人のあらゆる心遣いがショパンの創作に多大な影響を及ぼし、より自由に大胆に、豊かな創造力が導き出されていった。

 天上から静かに響いてくる夢のような序奏に始まり、一転して哀愁を帯びた第一主題。恩師や親友の訃報を迎えたショパンの、計り知れない哀しみを伴った様々な感情が静かに描かれる。
 そして遠からずやってくるであろう、自身の死の予兆。
 敬虔な祈りを思わせる第2主題。深く静かに語られていた抑制は、終盤で一気に解かれ、絶大な効果を発揮する。あふれんばかりの輝きが解き放たれる瞬間。

 さりげない音の流れの中にも実はかなり高度な技巧が隠されている為、完全なる技術と感情の抑制が要求される難曲となっている。


スケルツォ 第2番

 スケルツォはベートーヴェンらが交響曲やソナタにおける中間楽章などで、それまでのメヌエットに代わるものとして好んで用いていた。
 それを独立したピアノ作品としたショパンのスケルツォは、冗談や気まぐれといった楽曲用語本来の意味合いとは少々異なっており、そこにショパン独自のユニークさも感じられる。

「もしも“冗談”が、こうした黒い衣をまとっているならば、“まじめ”は果たして何を着たら良いものか」

 シューマンによるこの批評は、スケルツォにおけるショパン特有のこうした性格を的確に言い当てているといえよう。

 第2番は、ピアニスト、作曲家としてパリでの生活も安定し、
「ショパンはパリのエレガンスのシンボル」、
「ショパンが流行を作る」、
 とまで囁かれるほど人気を博していた頃の、洗練された生活の中で生まれた作品で、激しい中にも美しく豊かな色彩にあふれている。

 不穏さと力強さを併せ持つ第1主題に続く第2主題の甘美な恋の歌は、婚約が破談となりゆく昔なじみのマリアへの切なき想いか、あるいは男装の麗人で年上の人妻であるジョルジュ・サンドとの新たな危険な恋の暗示か...…。
 躍動感に満ちた圧倒的なコーダは、将来に向けての高らかな勝利宣言のようにも聞こえてくる。


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