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マトリョーシカのおばあちゃんに会ったこと。

東京メトロ、八丁堀の駅で降りた。
階段を上がって地上に出ると、空は晴れているのにビルや建物ばかりだから、日陰しかなくて思ったより寒かった。

目的地までの道のりをMapで確認した。
大通りを行く方が分かりやすそうだったが、あえて別の道を選んだ。
理由は橋を渡りたかったからだ。

なぜだろう? 海や川を見ると、不思議な感覚に陥る。
アスファルトに囲まれた川だから「自然」を感じて落ち着くとかいうわけでもないのに、しばらくの間佇んでいたくなるような気持ちになる。

多少急いでいたので、立ち止まることはできなかったのだが、橋が見えてきたあたりから少し歩調を緩めた。

そして、少し先に何かが見えた。
「何だ?あの、毛布の塊みたいなのは」
私の背丈よりも少し小さいくらいの、まるで人のような毛布の塊が見えた。

「いや、人だ」

失礼ながら毛布の塊みたいと心の中で表現したものは、ご高齢の女性だった。まるでお人形のような丸みを帯びたお顔と雰囲気の上に、頭から薄手の毛布のようなストールで包み、足下もロングスカートのような状態だった。マトリョーシカというのがあるが、あれをもっとモコモコさせたような感じ。

人という認識ができて、さらに近づいていくと、とても穏やかなお顔をしている。

橋の上はビルや建物の影がなく、お日様の光が燦々と照り付けている。
その光を、とても穏やかなお顔で全面に受けているといったところだった。

ちょっと異質であることは否めないはずなのに、なんだか心が温まる。
なんだか凄く幸せな気持ちになって、目が離せないまま近くまで来た。

マトリョーシカのおばあちゃんは、すごく幸せそうだった。
なぜだかよくわからないが、ちょっとだけ会釈してしまった。

「こんにちは」
マトリョーシカのおばあちゃんは、ゆっくりと言った。
「こんにちは」
驚きつつ挨拶を口にする。

橋を過ぎた。
一つ信号を渡って振り返った。

おばあちゃんは、まだそこにいて、お日様をたっぷり浴びていた。

この時、春を感じた。
草木で春を感じることはあっても、知らない誰かに春を感じることはなかった。ものすごい存在感だった。

あんなふうに歳を重ねたいと思いながら、歩く速度を上げた。
もう一度振り返りたかったけど、振り向かなかった。

目の前の道を行った。
今は、目の前の道を行くべきだと思った。



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