見出し画像

大人になると答えるのが難しくなる質問。

note毎日更新をしていますが、いつにも増して書くことがない状態で30分ほど経過してしまいました。
こんな時はたいてい、Twitterやネットニュースなどをチェックして、今日の世の中の話題なんかを観たりします。
ほぼ毎日書くことに迷うので、ほぼ毎日この流れを踏襲するのですが、この2つから記事に繋がることはあまりありません。笑

というのも、こういったメディアでの ”今日の世の中の話題” というのは内容がエグすぎて、逆に書けなくなるからです。
政治のことでも何らかの出来事に関してでも、話題になっているようなことというのは ”炎上” のような感じになっていて、既にたくさんの人がそれに対してコメントして多くの思いに溢れています。
そこに自分自身の言葉でさらに綴っていこうとすると、何だか誰かの真似をしているような気持ちになって嘘ぶいているような感覚に陥るのです。

と、いうことで。

今日も30分程度、あれこれ考えながらPCの画面と付箋紙を弄んでいました。
私の側にはだいたい付箋紙があります。半年ぐらいまえに、付箋紙を使ってアウトプットするというやり方に目覚めてから、出かける時もバッグに忍ばせているくらいです。

そうして、やっとこさテーマが決まります。

藁をもすがる気持ちでnoteのお題を見てみたら、「#noteのつづけ方」というタグが目に入りました。
とっても前置きが長いのですが、今日はこれをテーマにしたいと思います。

今日のこの記事が、327記事目です。
note毎日更新を327続けていたかというとそうでもなく、最初の10記事?15記事くらいは数日おきだったと思います。それでも、確実に300日は続けているはずです。


note毎日更新にこだわる理由

すごくシンプルな回答になりますが、すべては承認欲求だと思っています。

note毎日更新をしていることで、たまに誰かに「すごいね!」と言ってもらえます。笑
今日のこの記事だって、そういう気持ちが無きにしもあらずです。
このちょっとした他者承認欲求が、私を支えてくれるものの一つになっています。

それから、毎日書いているんだ!という意識があるので、当然ながら書くことに対して自信がつきます。自己承認欲求が満たされるんですね。

ただ単に300記事書くのと、毎日書くのとでは、これらの欲求に対しての満たされる度合いが全く違います。ということで、繰り返しますが全ては承認欲求です。


何を書くかが、いちばん難しい

今日もこうして迷いに迷いながら書き始めましたが、毎日となると何を書くのかがとても難しいです。
私はフリーランスで働いているので、普段は家に引きこもっています。さらにこの夏は体調を崩していたので、人と会うことがままならず。最近になってやっと外出することを復活させつつある状態です。

つまり何が言いたいかというと、とても刺激に乏しい日々を送っているということです。

一年前は、会社勤めをしていたし、働いていた場所が六本木にあったこともあり、通勤中も仕事中もかなり刺激的でした。そういえば10月の六本木は、ハロウィンに近くなるにつれてさらに不思議な人たちが行き交っていたのを思い出します。

さらに、私のこのnoteのアカウントは、ビジネス目的でもなんでもないですし、特に作品のようなものを載せているわけではありません。

限りなく自己満足の世界(*´ω`*)

ということで、主に、「一日を振り返って気づいたこと」がテーマになります。
けれどね、先程も記したように、特に刺激的な毎日ではないんですね。だから、結局、自分自身に問いかけるしかないんです。


今日、何があった?

子供たちが小さい頃、幼稚園くらいからですかね。
親の知らない子供だけの時間を過ごすようになってからのことだと思います。それぐらいの頃は自然と、夕飯時などに「今日、何かおもしろいことあった?」とか、「今日は学校でどんなことしたの?」とか聞いていたのを思い出します。

まさに、そんな問いかけを自分自身にするんですね。
・・・言うて、今日の私は、好き放題昼寝してしまったのですが。

まあ、いろいろ言い訳のようなものも浮かんできますが、最終的には「今日何があった」を自分自身に問いかけて、その答えを付箋紙に書き出していきます。

いつ、どこで、何があったか?
それに対してどんな気持ちになったか?
なぜ、そう感じたのか?

こんなことを次々と付箋紙に書き出していきます。
それを並びかえたり、取捨選択したりして、noteやブログなどの投稿ができあがるわけです。

"今日何があった?"は、大人になるほど難しくなってくると思います。
目の前の出来事に新鮮味がなくなるからです。
すべてが「当たり前」「良くあること」「そんなもんでしょ」みたいに受け取ってしまうからです。

だからこそ、この問いに答えている自分が、付箋紙に書き出している自分を客観視すると、毎日を大切にできているような気持ちになります。

毎日を大切にできるということは、
自分を大切にできるということにもなります。
ちゃんと生きて、今日を閉じる。
ちゃんと考えて、noteを書き
ちゃんと気づいて、今日のnoteを閉じます。

この記事が参加している募集

日常のふとした瞬間や閃きを、毎日書き記しています。 応援してくださると泣いて喜びます(T_T) Twitter:https://twitter.com/yurari_0_0