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子供たちへの3つの質問が証明する、子供に「反抗させない」子育て


「反抗させない」って、どういうことだと思いますか?
子供に有無を言わさぬ子育てみたいな?
ほめ育てのこと?


私には、大学生と高校生の子供がいます。姉と弟です。
この二人には反抗期がありませんでした。


反抗期がなかったと言うと

「そんなわけがない。親に隠れて悪いことをしてるはず。」
「そういう子は大人になってから苦労するよ。」
「友達親子ってやつ?」

なんて言われることがあります。
そんな時の私は、笑ってそれを受け流します。どれでもないし、どれも本質から外れているような気がするからです。


子供たちにそのまま、こんなことを言われたよと伝えると

「そんなこと言われてもねぇ。」
「反抗するところがないしなぁ。」
「友達親子って、意味わかんねぇ。」

と笑って答えます。


反抗期はあるべき? なくてもいい?

反抗期ってあったほうがいいのでしょうか?
それとも、なくてもいいものでしょうか?

多くの大人が、「反抗期は必要だ」と答えるかもしれません。
自身も反抗期があり親に反発したけれど、それは成長に必要な経験だったと。自分が親になって初めて、親のありがたみが分かったと。

だから、自分の子供にも反抗期は必要だと。


Wikipediaの一節に、こんなことが書かれていました。

反抗期はマイナスイメージが多く、ないことはいいともされるが、アイデンティティ確立のためには欠かせないともされ、思春期に反抗期が全くないと一人の人間として自立できないということも懸念されている。
(Wikipedeiaより引用)

あなたは、どのようにお考えになるでしょうか?
反抗期は必要? なければない方がいいでしょうか?



反抗期なんていらない

私の考えは、ズバリ!「反抗期なんていらない」というものになります。
ただ、全否定というわけではありません。

やはり子供の心の成長に伴って、本人の意思が強くなるわけです。
今までだったら親の言うことに対して素直に「はーい」と返事していたものが、「そんなこと分かってるよ!うるさいなぁ!」という気持ちになる。

これってすごく自然なことだし、「言われなくても分かっている」という状態は歓迎すべき成長なわけです。

だから私は、反抗期ではなく「自立期」だという思いで子育てをしてきました。

<自立期とは>
自分のことを知り、行動し、失敗し、さらに自分のことを知る時期
自分の意見を持ち、相手の意見も尊重できるようになるための練習期間


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さて、偉そうなことをツラツラと書き記していますが、私自身は世間で言うところの「子育ての専門家」ではありません。ごく当たり前に子育てをしている主婦です。


<きだゆかり>
高校卒業後、システム会社に入社。結婚して出産を機に退社。専業主婦となる。二人の子育て中に全般性不安障害となり、回復まで8年程度。その後、パート→派遣社員→正社員。現在は、ライティングとお悩み相談などをしています。


勉強家ではないので、子育てについての本は一切読んだことがありません。

「子育ての専門家」みたいな方は、それはそれで素晴らしいと思うんです。でもね、笑って泣いて髪ふり乱して子育てをしている親であれば、誰もが「その子にとっての子育ての専門家」だと思っています。


そんな私ですが、たまに我が家の子育ての状況を知った方から、「どんなふうに子育てしてたの?」「どんなふうにすれば、反抗されないの?」なんて質問をいただくことがあります。

親もそれぞれだし、子供もそれぞれです。
だから我が家の子育ての仕方が、どの家庭にも当てはめられるなんて、これっぽっちも思っていません。

それでももし、どなたかの参考になるのであればと思い、このnoteを書きました。


このnoteは
すれ違っても印象に残らないような
どこにでもいそうな主婦が
たくさんの葛藤とたくさんの挫折をしながら
子供に「反抗させない」子育てを
実践した記録です



<こんなご感想をいただいています>


◆ このnoteがおすすめな人

・他の家庭の子育てに興味がある方
・子育ての仕方に試行錯誤している方
・反抗期について考えを深めたい方
・思春期の子供への接し方に不安がある方
・親自身が、自身の親の価値観に苦しめられた経験のある方
・子供の自立心を育てることに興味がある方
・「反抗させない」子育てにより、成長した子供たちの感想にふれたい方


そうそう。大切なことをお伝えしないといけませんね。

「反抗させない」子育てというのは、子供の心を抑えつける子育てではありません。
子供の意思と価値観の確立を最優先することにより、子供自身が「反抗する必要がない」子育てのことを言っています。

私がどのようなことを実践してきたか。そして、結果的に子供たちにどのような効果が出たかを本人たちの言葉を添えて記していきます。



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はじめに

もしかしたら、うちの子たちが、すごく賢い子供だと誤解されるといけないので記しておきます。笑

世間で言うところの「標準」という枠に入るような気がしています。飛び抜けて勉強ができるわけでもないし、特別に秀でたところもない。けれどやるべきことは、やっているかな。

姉の方は性格は穏やかで優しい。反面、とてつもなく面倒くさがり屋。
弟の方も穏やかだけれど、人を見る感覚が鋭いところがあるので疲れがち。努力家。

つまり、雰囲気としては、どこにでもいそうな学生。
良い意味でね。


あらためて、反抗期についても触れておきます。

私がこのnoteで書いている反抗期とは、思春期の反抗期のことです。第二次反抗期とも呼ばれます。

第一次反抗期は幼児期となりますが、この時期はもちろん、それなりに反抗?していました。
「?」クエスチョンを付けたのは、親から見たら反抗なのかもしれないけれど、子供からしたら自己主張しているだけなので、反抗にはあたらないような気がするからです。

思春期の反抗期の始まりは、当然ながら子供によって様々です。周りを見てみると、小学校5年生くらいからガチな反抗が始まった子もいるようです。普段は穏やかだけれど、何かのスイッチが入った時に、反抗するといった子もいるようです。


反抗期がなかった理由について、次のように言われることがあります。

言いくるめた?
チカラでねじ伏せた?
威圧的に接した?


うーん。どれも不正解だと言いたいけれど、「言いくるめた」に関しては多少あったかもしれません。笑
だって、どうしたって親の方が語彙が豊富だし、経験豊富だからです。子供たちからすれば、もしかしたら言いくるめられたと感じた瞬間がなかったとは言えないかも。だから、これらのことはしたつもりはないとさせていただきます。



反抗期に起きていること

例えばあなたが、勤め先の上司から

「もっとたくさん仕事しろ!」
「周りに比べて仕事が遅いぞ!」
「何でこんなこともできないんだ!」
「私が若い頃には、全力で仕事をしていたぞ!」

と言われたらどうでしょう?

あなたは自分なりに仕事をこなしているし、他の人の役に立つこともしている。万能ではないし、たまにミスもする。やり方に迷うこともある。未熟ながらも試行錯誤の毎日です。
それなりに一生懸命なあなたは、こう思うのではないでしょうか?

「お前に何がわかる!」
「うるさい!だまれ!何様だ!」
「そんな昔話、知ったことか!」

それからあなたは、こんな会話を交わします。

あなた:
「お言葉ですが、今回の件は、取引先からの回答が遅かったことも原因です。行き違いのミスは認めますが、私もそれなりに頑張っているつもりです」

上司:

「何だ!口答えするのか!俺の方が経験が長いんだ。お前のことを思って言ってやってるんじゃないか!文句言わずに仕事しろ!」

この流れ、理解できますよね?
上司はあなたの仕事上の指導者ではあるかもしれません。でも、「支配者」ではないはずです。

私は子育ても同じだと思っています。親は子供を導くべき存在ですが、「支配者」ではありません。たとえ相手を良くしたいという愛情があったとしても、支配する言葉から生まれるのは反抗心です。

反抗するには、反抗するなりの理由がある。
当たり前ですが、その循環を知ることが大切だと思っています。



親である「わたし」の育ち方 〜型なんてくだらない〜

型にはめられるなんてウンザリ
誰かの決めた「正しい型」の中にいるなんて窮屈

さて、私自身が自分の子育てを語るのに、私を構成する要素をオープンにする必要があります。なぜならば、親の価値観こそが子育てに大きく影響するからです。彼らの親である私の価値観は、私自身の親の価値観に由来します。

私の親は、典型的な団塊の世代です。著しく非常識な人たちではないだろうし、それなりに正しく生きてきた人たちだと思っています。ただ、その「正しさ」には柔軟性がなく、幼少期からひどく私を苦しめました。

私は幼少期の記憶が強く残っているほうです。幼少期の目の高さからの色鮮やかな風景と、その瞬間の匂いまで思い出せるほどです。

ある日、洗面台の鏡の前に私が立っていて、その後ろに母親が立っていました。鏡には二人の顔が、まるでトーテムポールのように縦に重なって映っています。住んでいた家の映像から、それは幼稚園に上がる前の時期だということが判ります。

「お母さんに顔が似ていて嫌だな」

私の脳裏に焼きついている言葉です。私自身が強く感じた感情です。
そしてこれは、母親が絶対的存在であるはずの幼少期に抱いた、完全なる嫌悪感でした。ちなみに、日常的な虐待にあっていたとかいう事実はありません。

私はたまに、幼い頃の記憶が強く残っている自分に対し、負の感情を覚えることがあります。


私には姉がいます。
姉はとても穏やかな人で、人と争うようなことができない人です。
姉は親が言う「◯◯しなさい」に対して、いつも頷いている人でした。
彼女が親に対して反抗的な態度をとっているのを見たことがありません。
もしかしたら私の見てないところで、何らかの言い合いがあったのかもしれませんが、同じ家に住んでいながらそれに気づかぬくらいの、小さないさかいだったのでしょう。

反面、私は見た目はおとなしい方ですが、自己主張の強い人です。何か声をかけられ、それに疑問を持てば、「何でそんなことしなきゃいけないの?」と口にするような子でした。

そこに明確な答えが欲しかっただけなのです。

けれど、親にとってそれは、文句一つ言わない姉と比べて耐え難い反応だったようです。
「アンタはいつも、反抗する」「そうやってすぐ、文句ばかり言うんだから」と言われていました。親が考える「正しい型」に意見する私は、受け入れられないんだと理解しました。


さらに、数多く言われたことの一つに
「もっと普通にしなさい」
という言葉がありました。

どうやら親が考える「正しい型」に意見する私は、「言われたとおりのことが普通にできない子」「親の言うことを普通に聞き入れることができない子」という定義だったようです。


「私たちの方が長く生きているんだから、正しいに決まってるのよ」
「食べさせてもらってるんだから、文句なんか言えないのよ」


私の居場所は家庭になく、「間違えてもいいから、自分の意見を言ってごらん」と言ってくれる学校にありました。
小学生から高校生まで、継続してこれらのことを言われ続けた私は、高校を卒業後にすぐ家を出ました。


のちに「正しい型」というものに相当する言葉として、「価値観」という言葉があることを知ります。
私が長いこと苦しんでいたのは、親の価値観の押し付けでした。

そして今も、その親の価値観に苦しんでいます。
実の家族と疎遠になればなるほど、私の心身の状態は良好に保たれるからです。



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【自立の種を植える】

そんな私が母親になりました。
あたり前ですが、子育てがスタートしてからすぐに「反抗させない」なんて思っていたわけではありません。

生まれてすぐは、命を守ることしか頭にありませんでした。子育て生活に慣れてきてから次第に、子供の心を育てることを意識し始めました。


■自分のことは自分で

子供たちに、私の言葉が多少なりとも理解できるくらいになった頃から、「自分のことは自分でしよう」を心がけていました。とはいえ、何でもかんでも「やりなさい!」と厳しく接していたということではありません。

例えば、小さい子はテーブルでご飯を食べると、必ずイスや床にこぼしますよね。私は、ごちそうさまの後、こぼした物は子供に片づけさせていました。家でも、外出先でも。
もちろん、一緒に片づけるところから始めました。

「こぼしちゃったの、一緒に拭こうね」
自分が汚したところは、自分で拭く

たまに、ママ友&子供たちで集まって食事をすることがありました。ショッピングセンターのフードコートや、ファミレスなんかにも行きましたね。

幼い子供たちです。食べ散らかすのは当然です。
さて、そろそろ移動しうようかというタイミング。よほど急いでいなければ、私はティッシュを子供に差し出します。

テーブルと床に落ちた自分の食べこぼしは自分で拭く。
自分でゴミ箱に入れに行く。

だから何?と思われる方がいるかもしれませんが、食事が終わると親が子供の食べこぼしを片づける。その子供たちは近くで歩き回っている。そういうご家庭は意外に多いです。
まるでそれが、「親の役割の一環」であるかのように。

そんな状況に、私は違和感を覚えていました。


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■大切なものは、自分で持つ

「大事だから、自分で持つ」
大切なものは、自分でまもり持つ

幼稚園の頃、こんなこともありました。
園庭に子供を迎えに来た保護者と子供が集まっています。一斉に「さようならの挨拶」をすると、こんな声が聞こえることがあります。

コドモ:「ママ、これ持ってて」
ママ:「○○ちゃん、バッグ持ってあげるよ」

この声かけは、私の中で非常に違和感がありました。
幼稚園児は常に動いているし、動き出したら延長線で遊び始めます。だから園バッグが邪魔になることもあるでしょう。
例えばそれが、公園に到着してからだったら持っていてあげます。遊ぶのに邪魔だろうし、時には首に引っかかって危険だったりすることもあるからです。

娘が、
「お母さん、私のも持って」
なんて言ってきた時の私の返事は、
「それぐらい持てないんだったら、もう幼稚園行けないよ。捨てるか?」
でした。

ううっ。冷たく聞こえるなぁ……。笑

「幼稚園に行きたいから、買ってもらったんだよね。バックの中に入ってるものも、全部買ってもらったんだよね。それぐらい持てないんだったら、幼稚園行けないよね。」

そう言うと、少し考えてから、
「大事だから、自分で持つ!」
そう言いました。

弟の時もそうです。


生活に必要なマナーや安全に関わるようなことは、よそのご家庭と大差ないと思います。

「自分のことは自分で」「自分の物は自分で持つ」これを意識していた理由は簡単です。「自分の責任は自分で取る」というようなことを、ある日突然要求されたら、子供自身が戸惑うだろうと思ったからです。

幼稚園に上がったら、もうお姉さんですね。
小学校に上がったら、小学生になったんだからしっかりしましょう。
高学年になったら、高学年としてお手本になりましょう。
中学生らしい言動を。
高校生らしい言動と責任を。

自分自身の成長過程で、こんな要求をしてくる大人のことを不思議だと思うことがありました。
「しっかりとした人」になることを、進級するごとに説かれるのです。
自分は何も変わらないのに、大人たちの要求が変化して、それに当てはめようとしているような気持ちになりました。

大人になった今では、そんな作為的なものではなく、あくまでもきっかけとして啓発している意味もあったと納得しています。

子育てする上で、「しっかりした人」という理想像は全く形が見えませんでした。だから、「自分のことは自分で」「自分の物は自分で持つ」。これだけやっていれば、ある程度「しっかりとした人」になるかもしれないと思ったのです。


■性教育は家庭で早いうちから

うちの子たちは姉弟なので、生理的にも明らかな違いがあります。また、女の子は「月経」が始まったりと明確に変化が起きます。家庭での性教育は必須です。

ちなみに性教育に関して、「もっと学校で指導すべき」という意見を見聞きすることがありますが甚だ疑問です。自分の子供の教育は家庭でするのが基本なので、セックスについて子供に語れない親の言い訳にしか聞こえないからです。

はっきりと月齢は覚えていませんが、小学校低学年・幼稚園ぐらいには、どのようにして子供ができるかを絵本を使って伝えていました。
お風呂でも話をしていましたね。

小学校にあがる前から性教育を始めたと言うと、驚かれることがほとんどです。「はずかしくない?」「子供がおもしろがってふざけない?」「早すぎない」なんて言われたことがあります。

でもね、じゃあいつ話をするの?
初潮が始まる頃に?
学校の授業でやってもらうの?

うーん。もったいない。
せっかく子供たちと、「あなたたちは大切な存在としてこの世に生まれたんだよ」という話ができるタイミングなのにね。
そう、いつも思うのです。



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【自立の芽を育てる】

子供の成長に伴って、親の対応も変化していきますね。
小学校に入学するということは、一人で「学校」という社会に飛び込むということになります。
まだまだ小さな身体と柔らかい心ですが、それを支えるのに必要なのは、親が子供を信頼する気持ちだと思っています。

■「自分の可能性」を意識させる

子供ってすごく、自意識過剰な生き物です。もちろん良い意味で。自分のすることに注目してほしい。とにかく認めてほしい。
幼児期は特に顕著で、「見て!」「見てて!見てて!」を繰り返しますよね。そうやって自分のすることに対し、承認してもらうことを繰り返して成長していきます。幼児期は、親の目が行き届く範囲のフィールドで、子供を見守り育てることになりますね。

小学生くらいになると、子供自身が自分を守ることを知ります。危険を察知したり、自分の度量を少しずつ認識し始めます。
まだまだ発展途上の状態の子供に対し、親がどのような関わり方をするかで、親の価値観が顕になります。

・あれもこれもやってあげて、子供に不自由な思いをさせたくない親
・ある程度は手助けするけど、あとは子供に自由にやらせる親
・とりあえず始めから、子供にやらせてみたい親


大切なのは「主役は誰ですか?」ということ。主役が子供であることに気づくことができていれば、その時々において、ベストな「見守り方」がわかるるはずです。

「主役は子供」という意識を親がしっかり持つことができると、子供は自然と「自分の可能性」を意識できるようになります。


■お小遣いは「お手伝い報酬制」

小学校にあがってしばらくすると、「毎月の子供のお小遣いってどうしてる?」みたいなことが保護者の間で話題になりますね。

毎月定額とする家や、必要時に必要なだけ渡すという家もありました。そのご家庭の考え方や子供の性格に合わせているところが見受けられ、非常に興味深いと思います。

ちなみに我が家は、「お手伝い報酬制」でした。
お風呂掃除=20円、食器洗い=30円・・・といった具合です。
多く稼ぎたいのであれば、何種類ものお手伝いをする必要があります。

周りに「お手伝い報酬制」のご家庭がなかったからか、おもしろがられることもありました(笑)。「それって少なすぎない?」と爆笑されたこともあります。

学年が上がったりモチベーションが下がった時のために、あえて初期設定を低くしたのです。案の定、たまに実施されるベースアップは、彼らのモチベーションをいともたやすく上げることができました。

実はこの頃、私自身の体調が非常に思わしくなかっため、家のことを子供たちに手伝ってもらいたかったんです。意欲的にお手伝いしてもらう方法として報酬制としましたが、結果的に自立心に近いものが育ったように感じます。


すべての選択肢は自分にある


小学生になってから大学・高校になった今に至るまで、毎年彼らに伝えることがあります。

学校に行くのも行かないのも、自分で決めていい
選択するのは、あなた自身
あなたの人生は、あなたが選択する


当然のことですが、小学校って6年間もあるんですよ。
急に朝から、「今日は学校に行きたくないな」って言ってきたとしても、何も不思議はないと思っています。

ご自身が小学生の頃、何となく学校に行きたくなくて「お腹痛い」「頭痛い」と訴えたことはないでしょうか? 私は水銀体温計の目盛りを自分の意のままに調節する能力を手に入れていました。笑

理由は、当時受けていたイジメにありました。
私は大規模な団地に住んでいて、小学校2年生の途中まで通学していました。団地の子供だけで小学校が建つぐらいの、大きな団地です。
皆んなが同じ間取りに住んでいました。もしかしたら階によって多少の金額差はあったかもしれませんが、平均的な核家族の集まりだったのです。

小学校2年生の3学期に、全く別の土地に転校しました。
お風呂のないアパートに住んでいる子もいれば、大きいマンションに住んでいる子もいる。
家庭の経済状況が悪く、毎日同じ服を着て、お風呂に入れないので体臭が酷いため嫌われている子もいました。男の子なのに女の子の言葉を使っていて、とても優しいのに嫌われている子もいました。

そんな中、新築マンションに転校してきた私は、「両利き」の物珍しさも手伝ってか、小柄で気が弱そうに見えていたためか、いとも簡単にターゲットになりました。

もちろん仲の良い子もできたので、学校に通うことはできました。それでも中学校卒業まで、特定の人物からかなり悪質なイジメが続きました。

髪の毛を鷲づかみにされて振り回されて、泣きながら帰りました。母親の前で泣き、大量の髪の毛が抜けてガタガタ震えました。

母親が口にしたのは、こんな言葉でした。
「まあ、しょせん、子供のケンカだから。」

私が育った時代では、学校に行かないという選択肢はありませんでした。そして、どうやら大人はアテにならないらしい。自分を隠すように生活して、ビクビクしながら学校に行っていた時期がありました。


長くなりましたが、とにかく、学校に行くか行かないかの選択は、子供自身に選ばせることにしました。
行かないことよりも、行きたくない理由の方が重要でした。

幸いなことに、彼らは学校の先生にも友達にも恵まれました。たまに学校に行きたくないという気持ちになっても、問題なく通学できたことに、心から感謝しています。

そして今も変わらず、「学校に行くのも行かないのも、自分で決めていい」と伝えています。
「彼らの人生だから、すべての選択肢は彼らにある」ということを認識して欲しいからです。


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■誰かに助けてもらう力をつける

何か困ったことがあったら、誰でもいいから必ず話を聞いてもらいなさい。
担任の先生でもいい、部活の先生でもいい、保健の先生でもいい、
ひまわりルームの先生でもいい(学校常設のカウンセリングルーム)
友達でもいい、もちろんお母さんでもいい。
誰でもいいから、その時にいちばん話しやすい人に相談しなさい。
すぐに解決しないかもしれないけれど、つらい気持ちを持ち続けていると、心が壊れちゃうことがあるんだよ。

これはもう、この通りでしかなく説明のしようもないのですが、とにかく毎年伝えています。

ポイントとしては、「◯◯でもいい」という部分をたくさん挙げることです。「誰でもいい」というところから、具体的な誰かに落とし込んで伝えます。そうすると子供も気づいて「バスケの◯◯コーチでもいいかな?」と、自分を助けてくれそうな人に気づくのです。

私が最終的に考える子育ての目標は「親が死んでも生きていける人になる」です。そのためには、子供自身が強くなることだけではなく、誰かに助けてもらう力をつけることが重要だと考えています。


中学生以上になってからは、さらに次のようなことも伝えています。

自分で決めた学校だし、たくさんお金を出して塾にも行って受験して合格した学校だけど、行きたくなくなったら、行かなくてもいい。
もし自分のいる場所が、自分にとって苦しい場所になってしまったとしたら、別の選択肢を探して進んでもいい。
親に気をつかったり、良い子でいるために我慢するのは、時間の無駄だ。


それから、次のような言葉も添えるようにしています。

自分で決めていいけれど、それが自分の意思でなく、誰かのせいでそうせざるを得ないのであれば、まずは必ず私に相談しなさい。
どんなヤツが相手でも、全力で君たちを守ってやるから。



■子供の興味ある事に詳しくならない

うちの息子は小学校4年生からバスケットボールのチームに入りました。身体の小さな彼は、小学校卒業まで控えの選手でした。

バスケットボールって、テクニックも必要ですが「絶対に点を採ってやる」みたいな勢いが必要です。チームプレーではありますが、前に進めていく勢いが必要なんですね。

彼は身体も小さく周りの子の動きに囚われがちなので、「勢い」という面では足りない部分があったように思います。

彼は、試合に出るチャンスに恵まれませんでした。出れたとしてもB戦といって、本試合のおまけみたいな形のゲームにしか名前を呼ばれませんでした。

こんな時、親としてはもどかしいですよね。
こんな時、親として何ができるでしょうか?

バスケの練習の相手をしてあげるのも良いかもしれません。上手になる方法が書かれた本を手渡すのも良いかもしれません。何がベストかは、その親子にしかわかりません。

私は意識的に、子供が興味を持ってがんばっているものに詳しくならないようにしていました。

彼はチームの中では至らない部分があることを痛感しています。人一倍がんばっているのに、試合に出られない。物凄く悔しい思いをしている。

それなのに家庭の中でもダメ出しされるようなことがあっては、モチベーションが下がり、自尊心が傷つくと考えたのです。

あなたが大好きなバスケットボールに関しては、
あなたが一番詳しくて、一番良く知っている。
お母さんはそんなあなたを尊敬している。

ただただ、彼の話を聞いて、彼の動きを見て、彼の涙を見て、そして一番近くにいただけです。

そんな彼は、中学生になって大きな成長を遂げました。
支えてくださった先生方と、チームメイトに深く感謝しています。



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【自立へ向けての光合成】

小学校5年生くらいから高校生くらいまでが、反抗期のピークなのではないでしょうか。

この時期は、身体の成長もありますし、受験という大きなイベントがあります。こんな時だからこそ、反抗なんてさせている場合じゃないんです。
有効なコミュニケーションを取るべき時期です。


■苛立つ自分を認めろ

小学校高学年の頃、それぞれが周囲に対して苛立ちを覚えるようになるのを感じました。自立に向けての葛藤が始まると、今までの声かけに対して素直になれなくなり始めるからです。

姉と弟それぞれが、恐らく5年生くらいの時だと思いますが、以下のようなことを一対一で言い聞かせています。

あなたは今、少しずつ大人になろうとしている。
身体も心も。
けれどまだ、身体は小さいし、できることも多くはない。
そうすると、周りの状況と今の自分に差を感じてしまって、
イライラしちゃうんだよ。
でもね、それはあなたが成長してるってことなの。
イライラしてる自分が嫌で仕方なくなるかもしれないけど、
イライラしてるってことは、あなたが賢くなったってことなの。
あなただけじゃなくて、周りの子も皆んなそうなの。
もし家でイライラしたら、我慢しないで「イライラする」って言えばいい。
でも大丈夫だから。
そのうちだんだん周りの状況と自分の差がなくなってくるから。
今は苦しいけれど、大丈夫だから。

じわりと押し寄せる思春期の波は、親も子も手探りで渡るようなものです。
ただそこに必要な本質は一つだと思っています。
どんな時も親は子を認め、子供自身も自分を認られるような声かけが大切です。


■進路選択と受験

さて、反抗期と重なるのが「進路選択」そして「受験」です。
我が家は中学入学は公立だったので受験はありませんでした。高校受験と大学受験を経験しました。

「反抗期」と「勉強」って、どうしてもリンクしますよね。
親は子供に、志望校に合格してほしいし、より偏差値の高い学校に行ってほしいと思うからでしょうか?親の思いが強くなるんですね。
それはそうですよね。高い偏差値の学校に行くことで、将来の選択肢が広がると考えているからです。

昨今では、「大学なんか必要ない」という言葉もメディアなどで目にします。本当にそうかもしれませんが、自分の子供を対象として考えると、なかなか難しい問題だとも思います。

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先述の通り、親は子供に「勉強してもらいたがり」です。それが子供にとってベストだと思うから。
でもそれをストレートに言う人が多いです。

「勉強しなさい!」
「もっと頑張らないと!」
「こんな成績でどうするの?」
「これぐらい出来ないと、後で後悔するよ!」

コレ、「反抗させない」子育て的にはアウトですね。
基本的に、「勉強すべき」みたいなことは普段は言わないです。でも、「普段は言わないけれど、そろそろヤバイんじゃん?」っていうギリギリのラインを越えた時にこう伝えるます。

努力する人生にするか
努力しない人生にするか
あなた自身が選択しなさい

うーわー。
文字にすると怖いですね。

でも、このギリギリのラインを越えたのは、我が家では上の娘だけでした。弟は姉の様子を見ているからか、要領が良かったのかもしれませんし、性格や資質もあると考えます。

姉の方は、良く言えば「穏やか」。悪く言えば「面倒くさがり」です。この部分を深掘りしてしまうと、永遠に記事が終わりそうになりので省略します。笑

いろいろ試行錯誤しましたが、最終的には勉強は専門家である学校と塾に任せました。あとは「努力する人生に〜」をたまに言うだけでした。

だって、私の人生ではないから。

なんて、ちょっと強がり発言です。娘と一緒に合格発表を見に行って、私の方が号泣してましたから。
あ、心から標準的な学校です。環境に恵まれた、彼女に似合う穏やかな高校でした。


それから、弟の方はまったく違って、努力家タイプです。
信頼できる学校の先生と塾の先生のご指導を受け、希望の高校に行きました。

何でも良いんです。
彼らが自分の意思で、自分の学校を選んだ。
それだけで十分です。

ともかくも、反抗期がなかった彼らとの進路相談・進路選択・受験については、非常にスムーズに前向きに進めることができました。
子供に「反抗させない」子育てが、親子共々のストレスを軽くしたことは間違いありません。


まとめ:子供に「反抗させない」子育てとは

ここまでご覧いただいたことで、「反抗させない」子育てというのは、子供の心を抑えつける子育てではないことは伝わったでしょうか。

・自分という存在を意識させる
・性教育は家庭でする
・自分のことは、自分で決めていい
・困った時は、誰かに相談していい
・辞めることは、悪いことではない
・子供の好きなことには、口を出しすぎない
・子供の苛立ちに寄り添う
・進路選択は本人に任せ、専門家に任せる

よく読んでいただけると、常に主役は子供で、親はすべてにおいて承認しているだけであることが分かるはずです。

親に承認されているから、「反抗する必要がない」のです。
そして、大切なのは、心で承認するのではなく「言葉」で承認することです。

それから、何でも子供の先回りをして、あれこれ準備を整えないこと。
もし何かに挑戦させたいのであれば、準備の段階から子供と一緒にすることが大切です。
子供のためにしていることが、親自身の「親らしいことをしてあげている」という満足感だけのためになっていることが、実は多いです。


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最後に: 〜子供たちの今〜

ここまで、あくまでも私から見た「子育て」「子供たち」について書いてきました。このnoteを締めくくるのに、私の考えだけを述べただけというのもどうかと思いました。

いちばん分かりやすいのは、「反抗させない」子育てを体感した子供たちに聞くことです。すごく簡単ですがアンケートに回答してもらいました。

【姉・大学生】
①なぜ、反抗期がなかったと思いますか?

お母さんが言っていることが全て正論だった。
何かあった時に、非は自分にあると分かったので受け入れることができた。反抗する意味も価値もなかった。

②親との関わりについて、周りの友達と比べてどうですか?
かなり仲が良い方だと思う。

③自分自身の、自己肯定感についてどう思いますか?
自分の悪いところや、良くない部分についてよく自覚している。
でも、悪い所ばっかり気にしてても、いいことはあまりないことも分かっている。
それから、自分の良いところも認めてあげることができてると思う
【弟・高校生】
①なぜ、反抗期がなかったと思いますか?

反抗する必要がなかったから。

②親との関わりについて、周りの友達と比べてどうですか?

皆んなは、親からよく怒られてる印象。

③自分自身の、自己肯定感についてどう思いますか?
バリ高(←バリバリに高いという意味らしい)


それから、
もし……、もし……、私のことをパワフルだとか、子供たちのために常に頑張っていたとか思ってくださる方がいたとしたら、謙遜ぬきで全否定させていただきます。

私は自分自身の育ち方もあり、親子関係についてとてもコンプレックスを持っていると自覚しています。その影響からか、まだ彼らが幼い頃に、継続した強いストレスから「全般税不安障害」を発症しました。

約8年間もの間、彼らには迷惑をかけました。
出先で具合が悪くなり、心細い思いをさせたこともたくさんあります。
薬を飲んで休んでいたため、幼稚園のお迎えの時間に行けなくて、何回も幼稚園から連絡をいただいていました。先生方はもちろんですが、寂しい思いをさせてしまって申し訳ないことをしたと思っています。
パニック発作を起こして、救急車で運ばれたりもしました。

頼りない母だったからこそ、彼らの自立心が育ったとも言えます。
「反抗させない」子育てとは、もしかしたらこの部分が大きいのかもしれないと、このnoteを書きながら感じました。

今の私は、君たちよりも長く生きているだけの存在です。
君たちの方がたくさんの知識を持っているし、柔軟な考えができていると思います。
これからも、一人の人間として、個人として、君たちと関わっていけることを楽しみにしています。


思いのほか、長い文章となりました。

ここまで書いた内容を、ご覧いただいた方に実践してほしいかというと、それは私の判断するところではないです。
これまで何度か触れているように、親の価値観も違うし、子供の性格や資質もそれぞれだからです。

ただ、この「反抗させない」子育てが、私たち親子のコミュニケーションを潤沢にし、ストレスを軽減したのは確かです。
ご覧いただきました皆さまが、何か得られたと感じていただけるものがあったのなら幸いです。

ありがとうございました。


なお、本記事の内容につきまして、簡単なご質問などございましたらお受けいたします。
以下の公式LINEよりお願いいたします。


子育てについて、
これまでのnoteに記したものをご紹介させていただきます。



日常のふとした瞬間や閃きを、毎日書き記しています。 応援してくださると泣いて喜びます(T_T) Twitter:https://twitter.com/yurari_0_0