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初秋 【シロクマ文芸部】

「秋が好きでございます。わたくし如きが春秋の優劣を説くのはおこがましいことではありますが・・・」
そう、うっすらと窺える御簾の向こうで顔を隠す女御の扇には、淡い金泥の月にあまた舞い散る紅葉が優美な風情である。

ああ、蜩が残りの命を惜しむように鳴いている。
それがいつまでも乞うる相手を諦めきれぬ己のようで、哀れでもあり、惨めでもあり、自嘲さえ込み上げる。
「秋には大切な思い出があるのですね」
「はい。伊勢にありました時には新嘗祭に神の棚田を訪れまして、みっしりと下がる黄金の稲穂が秋風に揺れる樣が壮観でございました」
「なるほど。深窓の姫君には珍しい光景でしょうね」
「物心ついた頃には母と二人きりでしたので、それまで秋といえばどこか寂しいものだとばかり。伊勢は神の地だからでしょうか、昇る満月(みつづき)も京より近く感じました」
おっとりとしたいらえが高貴な姫らしく、六条の院と呼ばれる天下人・源氏は逡巡する。
義理の娘で血の繋がりはない。
宿下がりをされた女御をいっそ我が物としてしまおうか。
源氏の目に宿る妖しい翳り。
斎宮の女御はただならぬ空気を感じ、じりじりと奥に引き下がろうとする気配に現実に引き戻されて、源氏は座を立ちました。
「秋というのは物狂おしいものですな」
女御はふと忘れられぬ御方がおいでなのか、とこの背を向けた義理の父の意外な顔を垣間見たように思し召されました。
数多の女人を無惨に散らしてきた非道い男だとばかり・・・。
しかしその想い人は姫の母・六条御息所ではあるまい。
母への仕打ちを思い返すとこの御仁を許すことはできまい。
しかし苦悩を滲ませたあの顔をみせられては憎むこともできぬ。
秋はなぜか沁み入るもの。

廊で足を停めた源氏は月の無い夜であったことに胸を撫でおろす。
闇が羞恥にまみれたこの顔を隠してくれるのだ。
どれほどの女人を得てもあの御方の代わりにはならないものを、それでもまた夢を見てしまうのは男の性か。
人生にても初秋の懊悩。
この未練が後に仇となり、女三の宮降嫁という終生の悔恨を招くことになろうとは、この時の源氏は知らぬのだった。

シロクマ文芸部、今週もお題を頂戴しました。
秋好中宮でいってみました🙂
みなさんもレッツ!チャレンジ♥

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