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令和源氏物語 宇治の恋華 第百二十五話

 第百二十五話  親心(二)
 
北の方は歌も嗜むので少将から寄せられた手紙に目を通しますと、紙の色目も美しくほどよい香が焚き染めてあるのも悪くありません。
手跡も伸びやかで仄かに寄せる恋心が初々しい感じがして益々好感が持たれたので、少将を婿にする決意を固めました。
宮の姫に幸せな結婚をしてもらいたいと願う北の方ですが、夫に知られずに事を運ぶには慎重を要するのです。
新しい調度品を誂えて宮の姫や婿君の装束なども新調しなくてはならないもので、表だってできない以上は時間をかけて揃えるしかありません。
結婚の日取りを三月後の八月というように定めました。
しかし北の方の心積もりを知らぬ左近の少将は結婚を許されたもののそれほど待つ理由もなしとして一月後ではどうかと持ちかけて来ました。
このことに北の方はたいそう困ったこと、と頭を悩ませました。
宮の姫ほどの器量であれば娶られれば打ち捨てられることはないという確信がありますが、夫に露見した時にどんな目に遭うことか。
人知れず結婚させようと思っていたものを。
北の方は間を取り持ってくれていた人を呼び寄せて少将の真意を測ろうと考えました。
「どうして少将さまはこのよう婚姻を急がれるのでしょうか?」
そうすると仲人の君は首を傾けました。
 
はて、何ぞ不都合な事情でもあるのであろうか?
 
この人は妹が宮の姫に仕えており、とても大事にかしずかれているということだけでこの縁を取り持ったのです。
「別に不都合などはございませんが」
そう歯切れに悪い北の方を訝しむ仲人なのです。
「わたくしがいつまでも面倒を見られればよいのですが、何分父親のいない子ですから至らぬこともあるでしょうし、少将さまに見捨てられれば世間の物笑いになりますでしょう。慎重にもなりますわ」
事ここに至り、対の姫が常陸の守の御子ではないと知った仲人はそれと顔色には出しませんでしたが、とんでもないことになったと少将の元へ走りました。
「少将さま、いささか行き違いがあったようでございます」
「それは姫君が心変わりをなさったとでもいうことか?」
文を交わしてなかなかの姫であると心を動かされていた少将にはこの期に及んで他の求婚者など現われたのではと考えると立つ瀬もないのです。
「いえ、些か事情が込み入っておりまして」
言葉を濁しながらも仲人の君は対の姫が常陸の介の実子ではないことを説明しました。こうした時に人の本性とは現われるもので、それまでは姫に恋い焦がれる純情ぶった若者が、途端に腐らせた表情を見せたのはまさにこの青年の性根のあさましさ故でしょう。
「それは話が違うではないか。あやうく騙されるところであった。ただでさえ受領風情の娘に通うのは世間体も悪いというのに実子でない姫を押し付けられたとなればさらに外聞もよろしくない。すでにあの家の婿となっている源少納言や讃岐の守に見下されると思うと耐えられん。よくもいい加減な仲立ちをしてくれたものよ」
「少将さまが是非にというので私もお取次ぎしたものを」
「この話はもうここまでだ。あちらには断っておいてくれよ」
「お待ちください。守には秘蔵の姫君がおられるはず。まだ年若くていらっしゃいますが、うまくそちらへ橋渡し致しましょう」
「うむ、それならば文句はない。失敗したらお前を見限るぞ」
「はは」
これから出世しそうな少将に愛想をつかされるのは得策ではないもので、仲人の君はそそくさと常陸の守の邸へ赴いたのでした。



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