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Jewelry Box Ep.3 受け継がれるジュエリー

ジュエリーには記憶が刻まれます。
ジュエリー業界一筋の私が、これまで垣間見たエピソードを紹介させていただきます。
今回のお話はお母様の形見のスターサファイアを自分らしく身に着けたい、という老婦人のリフォームのお話です。
登場する方々には了承を得ておりますが、携わったジュエリーは個人所有のものですので、デザイン画や画像を公開することは致しません。

Ep.3 受け継がれるジュエリー

リフォームのご希望でお会いしたお客様はすでにご主人を見送られた80歳を過ぎたお客様でした。
若々しく活動的な印象で、10歳以上若く見えるご婦人です。
日々の楽しみは友人たちとの定期的な会食だということで、生き生きとしていらっしゃいました。
そのご婦人が持ち込まれたリングは存在感のあるスタールビーの指輪でした。
計測しますと、スタールビーは縦約15ミリ×横約12ミリの大ぶりなものです。
「母の形見なんですけど、デザインが古くてねぇ・・・」
「この枠はこのリング用にお作りになったようですね。既成の枠ではありません」
「そうそう。タイに旅行した時に記念に石を買って、日本に帰ってきてからデパートの宝飾品売り場で指輪にしてもらった、って言ってたわ。30、40年くらい前じゃないかしら」
「内側にちゃんとプラチナの刻印がしてありますね。しっかりしたお品です」
私は刻印を確認するとお客様にそのリングの石座が丁寧な手彫りの彫刻が施されていることを説明し、この枠を外すかどうかの意志の確認をしました。
「これねぇ。良いものかもしれないけど、高さがあるからよくぶつけちゃって。あまりつけてないの」
スタールビーというのはスター効果を美しく見せるためにある程度の高さをもってカッティングされる場合が多いのです。
お客様のおっしゃる通りにこのリングは高さがありすぎて、気軽につけるというデザインではありませんでした。
「もっと高さのでないデザインにならないかしら?」
「石そのものに高さがあるので、それに合わせるとリングの腕そのものが分厚くなりそうですね。それでも石は当たると思います。むしろペンダントに加工されたらいかがでしょうか?この大きさならば存在感も充分ですし、何より当たりづらいですので、宝石が破損することはないでしょう」
「そうねぇ。母が気に入っていたものだから、できれば身につけていたいのよね」
「そうですね。大切な形見をリフォームされるお客様は多いですよ。やはり思い出がそこには刻まれているものですから。それに新しい形になって受け継がれるって素敵じゃないですか」
「子々孫々と受け継ぐほどたいしたものじゃないけど、たしかに私が亡くなっても娘がつけてくれるんだものね」
「はい。ジュエリーはそういうものなんです。我々よりずっと長く時を刻む存在ですから」
「決めたわ。ペンダントにします。あ、でも娘二人いるのよね。何か譲れるものをもうひとつ考えておかないと・・・」
そうしてご婦人は出来上がりを楽しみにお帰りになりました。

私はカウンセラーではありませんが、(ジュエリーのカウンセラーといってはいいかもしれません)よくお客様のお話を聞くことにしています。
ひとつの思い出のジュエリーのお話をされることで忘れていたことや、亡き人のことを思い出されて、お客様はなつかしさに顔を輝かせていらっしゃいます。
ジュエリーが新しく生まれ変わるのはこの仕事をしていて、とてもやりがいを感じます。
そしてお客様がうれしそうにおつけになって帰られるというのがまたうれしい瞬間なのです。
 


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