令和源氏物語 宇治の恋華 第百五十六話
第百五十六話 浮舟(二十)
二月の十日頃、宮中にて詩文を作る宴が開かれました。
こうした催しにはもちろん当代一、二の貴公子揃い踏みが望まれるもので薫右大将と匂宮は参内することになりました。
匂宮の恋煩いはいまだ進行中ですが、ライバル薫の動向が気になるというのが本音でしょうか。
久方ぶりの賑やかな場への出席も心を明るくさせてくれるものです。
上達部や親王たちが集まると、誰ともなく管弦の遊びが始まり、匂宮も興に乗って催馬楽の『梅が枝』をお謡いになりました。
まるで春を呼び込むような澄んだ歌声に皆聞き惚れながら、色事への御執着さえなければこれほどすぐれた君はいるまいが、とそこに集う人々は思ったことでしょう。
天候は雪曇り。
しばらくすると灰色の空からはらはらと雪が舞い降りてきました。
次第に風が巻き起こると降り乱れてとてもではありませんが管弦は取りやめというのも致し方ありません。
三々五々匂宮の御殿に移動してそこで詩文を作ることになりました。
薫右大将は端近に雪が積もるのをじっと眺めて佇んでいられる。
それは宇治でも同じように雪が降っているものか、とかの人を思ってのこと。
さむしろに衣かたしき今宵もや
われを待つらん宇治の橋姫
(筵の上に片袖を枕として独り寝をしているのだろうか。私を待つ宇治の橋姫は)
ふと心情を滲ませた薫の呟きを匂宮は聞きました。
そうかやはり浮舟を愛しているのだな。
こうしている時でさえ忘れぬとはよほどの執心とみえる。
そのように感じるだけでめろめろと嫉妬の炎が頭を持ち上げてくるのです。
春の夜は闇はあやなし梅の花
色こそ見えね香やはかくるる
(春の夜の闇は何を隠しているのであろう。梅の花は色こそ見えないけれども香りは隠すことが出来ないものよ)
闇夜に佇む薫の姿はまさにこの古今和歌集にある古歌であるように思われます。
隠しきれないその存在が、色香が、薫という個を際立たせるのは常人にはあらざる功徳であるよ。
最初に浮舟が逢った男が私であったならば浮舟は私の元へ繋ぎとめられたであろう。
しかし実際にはこの君こそが最初の男。
どうしてまさる愛情を手に入れられようか。
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