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令和源氏物語 宇治の恋華 第百九十七話

 第百九十七話 翳ろふ(十七)
 
薫が世に言われるほどの堅物かと言いますと、密かに恋人とした女人もいるわけで、美女と聞けば片端から口説き歩いて噂になる匂宮とは違うところが薫らしいといえばそうなりましょうか。生真面目な君ではありますが、才気のある美女に惹かれるのは若い殿方とて詮方なきこと。
一品の宮と言われる女一の宮の元に仕える小宰相の君と呼ばれる女房がおります。
他の女房に比べると琵琶や琴をよく弾き、歌も趣深く諳んじるうえにたいそうな美女であると評判の女房です。
彼女こそ薫の恋人でしたが、分を弁え女官としての使命を果たそうという清しい心根の持ち主でしたので、たまに通ってくる君を恨み言もなく迎えるようなできた女人なのでした。
薫の情け深さをよく知る小宰相の君は大切な女人を亡くされたという噂を聞くと、どれほど深く悲しまれていることか、と胸を痛めました。
普段ならば女二の宮さまの手前、文などを送ることもありませんでしたが、なんとか君を励ましたくて歌を贈りました。
 
 あはれ知る心は人におくれねど
    數ならぬ身に消えつつぞ経る
(浮舟君のことをお聞きしました。わたくしのように取るに足らない者の言葉が御身を励ますことができるとは思いませんが、薫さまの御心痛をわかっているつもりでございます。少しでもその痛みが和らぎますように)
 
物悲しい夕暮れに一人庭の前栽を眺めていた薫は上品な薄紙にしたためられた走り書きに心を動かされました。仄かに漂うゆかしい香りがかの人らしく、庭の隅に可憐に咲く撫子にあの艶やかな姿を重ねずにはいられません。
 
 常なしとここら世を見る憂き身だに
       人の知るまで嘆きやはする
(私は常日頃から世から一歩引いて儚んできた者なれば、嘆きが深いと思われても自分を保っていられるのですよ。しかしあなたに心配していただけるのを嬉しく感じずにはいられない)
 
その撫子を手折って文を結びましたが、ただ返事を送るのも味気なく、薫君は小宰相の元を訪れようと装束を改めました。

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