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令和源氏物語 宇治の恋華 第百六十話

第百六十話 浮舟(二十四)
 
よくもまぁ、次から次へと甘い言葉が口をついて出るものか。
右近の君には匂宮の振る舞いはけばけばしい鍍金に飾られたようにしか思われません。
思うままに姫君を抱きしめて愛を交わすその姿は獣そのもの。
それを受け入れて恍惚に身を委ねる浮舟君はとても高貴な血筋の御方とは思われないのです。
 
殿方によってこれほど女人とは違う顔を見せるものか。
 
人はどうあっても夢を見ていられる楽な方へと身を委ねがちで辛い現実からは目を背けようとします。
しかしながらすでに浮舟君は一線を越えてしまっているのでした。
 
この姫をどう諭したらよいものか。
 
匂宮という人はどうやら薫君に対して並々ならぬ対抗心を燃やしているようです。
「あなたは薫に義理立てして私とうちとけないようですが、薫は帝の婿として世間にも認められて卒なく処しているような狡猾な男ですよ。私の愛がどれほど深いかはどうしたらわかっていただけるのであろう」
匂宮ほど狡猾でフェアではない御方がありましょうか。
少しでも浮舟が薫に寄せる信頼を損なおうと悪意のある情報を垣間見せ、内裏にて浮舟恋しさに口ずさんだ薫君の歌を告げるような男気は無いのです。
宮は心弱い女人の隙に付け入るように歌を口ずさむ。
 
 嶺の雪みぎはの氷踏み分けて
     君にぞ惑う道はまどはず
(この厳しい雪道をどうにか踏み分けてやってきた私ではありますが、御身にあっては惑い、思慮分別もできずに恋い焦がれていることよ)
 
浮舟はそれに返しました。
 
 降りみだれ汀に氷(こほ)る雪よりも
       中空にてぞわれは消(け)ぬべき
(降り乱れて水際に氷る雪はその定めが決まっているものを。中空に漂うこの身はそのまま消えてしまいそうであるよ)
 
匂宮はこの歌を聞いておや、と首を傾げました。
「この期に及んでもあなたは中空を漂って私か薫か決めあぐねているわけだ」
何の気なしに詠んだものでありますが、才覚のないためにこうした落ち度が憚られる。浮舟は恥ずかしくて目を伏せました。
「そういうつもりで詠んだのではございませんわ」
「さて、本当の処はどうであるのか」
まったくそう言う気でもなかったものを宮はまた躍起になって浮舟の胸に己を焼きつけようと心を尽くす。
浮舟はそうしてまた快楽に流されるのです。
「あなたを必ず京へ迎えよう。それまでに薫と逢わないと約束しておくれ。そうでなければ私は嫉妬で狂いそうだよ」
「そのようなこと・・・」
宮が熱く囁くものをどうして約束などできましょうか。
そもそも浮舟は薫君の妻なのです。
あまりの辛さに浮舟は涙を流しました。

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