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『蓮の臺(はちすのうてな)』

みなさん、こんばんは。
 本日はタイトルにある『蓮の臺(はちすのうてな)』について考察したいと思います。
この言葉は源氏物語だけではなく、平安時代の物語ではよく登場する言葉です。
『二世の契り』という言葉と同義ととれますね。
『二世』とは「現世」と「来世」。
共にあの世までも添うていく、という夫婦の約束です。
 
私の印象では『蓮の臺』はより色鮮やかでロマンチックな感じですね。
人は死ぬと極楽浄土に行くといわれております。
極楽浄土にはお釈迦様の蓮池があり、その蓮の花のひとつに生まれ変わるのだとか。生まれ直すと表現したらよいでしょうか。
『蓮の臺』は来世で共に同じ蓮の花に生まれようという男女の誓いなのです。
 
平安文学では実にこの言葉がよく登場しており、それは主に男性から愛する女性への一方的な誓いであったりします。
つまり来世までもあなたと添うてゆきたいと思うほど、私は深くあなたを愛しているのですよ、という常套殺し文句ですね。
源氏も藤壺の宮や紫の上をはじめ数多の女人に囁いてきたことでしょう。
その言葉を男性の誠実な愛の誓いと取るかどうかは別として、やはり平安文学では象徴的な言葉ではないでしょうか。
 
同じように夫婦の固い愛情を表す言葉に『比翼の鳥』『連理の枝』という言葉があります。
白居易の『長恨歌』に登場する一説はあまりにも有名です。
玄宗皇帝が楊貴妃に語ったという一節。
「天に在(あ)らば願はくは比翼の鳥、地に在(あ)らば願はくは連理の枝とならん」
一翼と一眼しか持たない伝説の鳥は雌雄一対となって互いを支え合い、別々の一本の木々同士が長い年月をかけてそれぞれの枝が交わりつながった連理の枝。
源氏が紫の上を娶った時にこの比翼連理を彼女に誓ったのを思い出す方もいらっしゃるでしょう。
 
さて、『若菜』の帖は上下に分かれてとても長い部分です。
話は戻りますが、庭の蓮池を眺めながら源氏が紫の上に『蓮の臺』を誓う場面があります。
私は少将の君(紫の上の女房/かつての女童・犬君)を度々暴走させておりますが、実はここでももう一暴走させようか悩んだところです。
実際にはシリアスで挟み込める場面ではなかったので、ここでボツにした創作部分を書かせていただきます。
 
 
二条院、東の対にて。
命の危機を乗り越えた紫の上が身を起こせるまでに回復しております。
女房達が紫の上の長い髪を洗い、縁側で乾かしていると少将の君と乳母の少納言が側近くに寄り、うれしそうに上の顔を覗きこみました。
少納言:「だいぶお顔の色がよくなられましたわね」
少将:「本当に。ああ、お姫さまが元気になられてよかったですわ」
紫の上:「二人のおかげよ、ありがとう」
少納言の君は優しい女主人の言葉に涙をこぼさずにはいられません。
そこに萌黃色の衵をまとった可愛いい女童が源氏の訪れを告げました。
源氏はよくもまぁここまで紫の上が回復されたと嬉しくて涙が込み上げてきます。
白く透き通った肌がまるで羽化したばかりの蝶のようで、なんとも美しい上の御姿です。
「紫の上、そこにある蓮の花が見えるかい?あの露がなんとも涼しげではないか」
庭の池に薄紅の凛とした蓮の花が尊く、天上の蓮もこのように美しいものかと思いを馳せる紫の上です。
 
消えとまる程やは経べきたまさかに
   蓮(はちす)の露のかかるばかりを
(あの蓮の露が消えるまでわたくしは生きていられるでしょうか。それほどにもう残りの時間は少なく思われます)
 
源氏は上のそんな儚げな歌が悲しくて、心からの愛を持って返しました。
 
契おかむこの世ならでも蓮葉に
      玉ゐる露の心へだつな
(今ここであなたに誓おう。私達は来世でも連れ添う仲なのだと、そんな私に心を隔てられるようなことはなさらないで下さい)
 
愛しそうに上を見つめるこの源氏の誓いを少納言の乳母は心からの言葉と感じました。
いつでも光に包まれている眩しいばかりのお二人の在り様に、このままずっとこの幸せな時が続けばよいものをと願わずにはいられません。
「あまり無理をさせてはいけないな。したためねばならぬ文もあることだし、また後で様子を見に来るとしよう。紫の上、ゆっくりと休むのだぞ。少納言に少将、紫の上を頼んだよ」
源氏はそう言うと御座所を後にしました。
感動に打ち震える少納言の乳母をよそに少将の君は何やら不思議そうな顔をしております。
少納言:「少将の君、どうかしましたか?」
少将:「いえ、物語にあるように蓮の臺を誓われるなんて、実際にあるのですわねぇ。さすが大殿さまは堂に入っているなぁ、と思いまして」
少納言:「何を感心しているのかと思えば・・・」
少将:「ところで蓮の臺の誓いを他の方々ともお約束していたらどうなるのです?」
少納言と紫の上:「・・・。」
何とも独特な着眼点を持つ少将の君です。
紫の上:「それは考えたこともなかったわ」
少将:「大殿さまが生まれ変わった蓮の花はきっと満員御礼かもしれませんわね」
少納言:「少将。また、なんということを・・・」
紫の上:「ぷっ」
上は堪えきれずに吹き出すと、久しぶりに声を立てて笑いました。
 
と、まぁこのような創作で、六条院や二条院にかつて縁をもった女性すべてを集めるあたり、源氏にはあるあるかもしれません。
ともあれこの帖にはあまり相応しくない創作でしたので、ボツとなりましたww


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