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昔あけぼのシンデレラ 令和落窪物語 第十八話 第六章(2)


あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、幼くして母を亡くしたおちくぼ姫は、父の邸に引き取られ、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っておりました。
継母に秘密の結婚を知られたと思った姫は、どうなることかと恐ろしさのあまり身を持しておりましたが、狡猾な継母はすぐには手が出せないと警戒します。
虎視眈々とうまく姫を男と別れさせる方策を練っているのでした。

  北の方の怒り(2)

おちくぼ姫の手紙を読んで、だしぬかれたことを知った北の方は烈火のごとく怒りました。
「何かおかしいと思っていたんだよ。石山詣でから帰ってきてなんだか色気づいていた感じがしたからね。やっぱり男がいたのか」
この北の方は激怒するとその品性のあさましさが言葉遣いにも表れてしまうようです。
「お母さま、惟成はおちくぼを自分の邸に迎えるようですわ」
浅はかな三の君はただただ妬ましいばかりでそれ以上深くは考えようとしないのです。
「本当に相手が惟成かどうかもわかったもんじゃない。おちくぼを責めて男がこれ幸いとあの子を連れ出したら厄介だからね。しばらくは様子を見るんだ。騒ぐんじゃないよ」
無料で腕のいいお針子をみすみす手放すような真似はしたくない、という賢しい北の方の知略なのです。

惟成は自らの失態を阿漕に話し、中納言邸にはしばらく出入りしないよう自宅に引きこもりました。
おちくぼ姫は北の方に結婚を知られた、と一番恐れていた最悪の事態が起こり、生きた心地がしません。しかしこの時代では手紙が思わぬ人の手に渡ってしまうことはよくあったので、名前を記さず、氏素性が知れるようなことは書かずにおくのがエチケットだったのです。つまり拾われても必ずばれてしまうといわけではありません。ただ今回の手紙の内容が邸を出るというものだったので、もしもそれが知られればますますこの邸を出るのは困難なことになろう、と暗澹たる思いで目の前が塞がれるようでした。
北の方の腹の底を知らず、数日憂鬱な気持ちで過ごした姫でしたが、これといって何も起らなかったので、徐々に落ち着きを取り戻していきました。
やはり北の方の狡猾さは不気味なものです。
姫にはこれが嵐の前の静けさとは気付く余地もありませんでした。

ある宵右近の少将が相変わらず忍んで中納言邸を訪れましたが、少将が思案顔で何か言いたげなのを姫は首を傾げて訝しく思いました。
「あなた、どうかなさったの?何か心配ごとでも?」
「うん、やはり私の口からあなたに伝えておこう。実はこちらの四の君と私の結婚話がでているのですよ」
「まぁ」
上昇志向の北の方がまた裏で画策しているのでしょう。
「そこで私はあなたを正式に妻として世間に公表しようと思っているのだけれど、どうだろう?」
姫は突然のことに驚きましたが、やはり即座に「はい」とは答えられないのです。四の君の相手にと思っていた少将と自分がすでに結婚していたと北の方が知ったらどう思うだろうと背筋がぞっと冷たくなるのです。
少将は姫の表情でその胸の裡を察しました。
「また北の方のことを考えていたでしょう。いつまでも恐れているのは可哀そうだ。やはりあなたを早く私の邸に迎えよう。決心してくれますね?」
少将と添う為にはいずれはこの邸を出て行かなければなりません。
結論を先延ばしにしても仕方がないのです。
姫は親に認められて晴れて祝福されたいと願っておりますが、今の状況ではそれは望めないでしょう。
姫は御心に従います、と澄んだ瞳で少将に返事をしました。
「ああ、あなたが承諾してくれて安心した」
少将は気が楽になったのか、手足を伸ばしてくつろぎました。
親を大切に思う姫がすべてを捨てて自分について来てくれるかどうかが不安だったのです。
しかし部屋の隅に織物が山積みになっているのを見ると、不機嫌そうに拗ねました。
「また縫い物ですか。あなたはいつでも忙しい。すぐに邸を準備しますからこんな縫い物などしなくてもよいのですよ」
「そういうわけにはまいりませんわ。蔵人の少将さまの御衣装ですから仕立てなければお困りになりますもの」
「そういえば彼は臨時の賀茂神社の祭事の舞人に選ばれたと聞いたが、そうか。彼は上等な装束を腐るほど持っているんですから、かまいっこないですよ」
それでも姫が縫い物を始めたので少将は面白くなく、邪魔ばかりするもので、なかなか思うように作業がはかどりません。
そこに折り悪く仕事ぶりを確認するために北の方がやって来ました。
少将は足音を察して几帳の後ろに素早く隠れましたが、反物がそのままであるのを見ると北の方が激怒したのは言うまでもありません。
「大事な装束だというのに、全然できていないじゃないの!」
ビシリ、バシリ、と北の方は何度も姫を打ち据えました。
「お義母さま、おやめください。加減がよくありませんでしたので、休んでおりました」
少将はすぐに飛び出して北の方を打ち懲らしめてやろうかと憤りましたが、事態はさらに悪化するのが目に見えているので、グッと堪えました。
「ふん。明日の食事は抜きだよ」
北の方は憎々しげに吐き捨てると落窪の間を出ていきました。
なんと気性の荒い野蛮な女なのでしょう。
少将は乱暴されて伏している姫を抱き起こしました。
「姫、大丈夫ですか?」
姫はあまりの恐怖に小刻みに震えながら、涙を流しております。
「なんてひどいことをするのだ」
少将は姫を労るように抱きしめて、落ち着くように優しく背中をさすりました。
それでも姫の瞳からは次々と涙が溢れてくるのです。

北の方は怒りが収まらず主人の中納言の元へと向かいました。「大殿さま、聞いてくださいまし。蔵人の少将さまの装束が間に合わないかもしれませんわ。」
先程とは打って変わり、困り果てたように眉を下げてしおらしく演じております。なんとしたたかな北の方でしょうか。
「なに?どういうことだ?」
「おちくぼの君が仕事をしないんですよ。今手伝いの女房が必要かと様子を見に行ったのですが、何も手をつけていないんですわ」
北の方はわざとおちくぼ姫が怠けているように中納言に告げ口をしました。
中納言は歳をとって少し耄碌しているので、北の方の言い分を鵜呑みにして、思惑通りにカッと怒りを露わにしました。
事の次第を精査することもなく、妻に言いくるめられてそれをよしとする御仁なのでこれ以上の出世はのぞめようもありませんが、それは余計なお世話なのでこのくらいに。。。
兎も角も愚かな父親は曇った目のままに健気な姫を叱ろうと落窪の間にやって来ました。
「これ、おちくぼ!このように忙しいときに何故お母さまのいうことが聞けないのか。お前のように根性の曲がった者は、仕事をしないならば邸から追い出してくれようぞ」
そう一方的に鼻息荒くまくしたてるので、姫はまたしくしくと泣きだしましたが、中納言はそんな娘を顧みることもなく、ぴしゃりと戸を閉めて去ってゆきました。

少将は几帳の後ろで聞いていたのですが、父親まで「おちくぼ」なんて変な名前で呼ぶのは酷いではないか、と憤慨しました。
「姫、あなたの心根が曲がっていないのは私がよく知っていますよ」
そう慰めても姫は悲しくて、情けなくて、涙を抑えることができません。
少将はこの愛する人が可哀そうで自分のことのように胸を抉られる気持ちでした。
「姫、私を見て下さい。ここにあなたを誰よりも愛する者がおります。あなたをお守りすると誓った私は、その御心も守る所存でございますよ」
少将の真摯な眼差しに、もう少しで暗がりに足を踏み入れるところであった姫はただ一人自分を愛してくれる愛しい人を見ました。
「わたくしをお救いください」
「私の命がある限りあなたを愛し、守ります」
少将は姫を抱きしめながら一緒に泣きました。
この姫をこのまま見捨てることはけしてすまい。
出世させていつか必ず中納言、ひいてはあの憎らしい北の方の鼻をあかしてやろうと固く誓ったのでした。


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