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昔 あけぼの シンデレラ 令和落窪物語 第十九話 第六章(3)


あらすじ
平安の時代に書かれた『落窪物語』は、我が国色のシンデレラ。
令和を生きる方々に、わかりやすく解説を加えながら、創作部分もふんだんにリライトしました。
貴族の姫として生まれながら、幼くして母を亡くしたおちくぼ姫は、父の邸に引き取られ、意地の悪い継母に虐げられる日々を送っておりました。
姫の結婚を知った継母は姫を監視するようになりました。
そしてある宵、相手の男を垣間見ると、下男どころではない、身分の高い様子にたいそう驚きました。
これは何とかせねば姫を連れ出されてしまうと感じた継母は焦燥と怒りを隠せないのでした。

  北の方の怒り(3)

北の方はおちくぼ姫の針仕事を監視させる為に少納言の君という女房を手伝いに落窪の間へ差し向けました。
「お姫さま、どうなすったのですか?北の方さまがたいそうご立腹で」
「ちょっと具合が悪くて」
そうして几帳の陰からにじり出た姫は涙に濡れておりました。
少納言の君は優しげな女性で、いつも虐げられているおちくぼ姫に同情しているのです。
「お可哀そうに。ここのお邸の皆さまは姉妹の方々もお姫さまを召使のように扱っていらして変ですわ。お姫さまが縫い物仕事をするなど聞いたことがありませんもの。それをお父上さまも北の方の言いなりとは。ご苦労なさいますわね」
「あなたは優しい言葉をかけてくれるのね。ありがとう」
「あの北の方さまの手前公然とは申し上げられませんが、私はお姫さまの味方ですのよ。だってお姫さまだけがこんな辛い目に遭われるのはおかしいでしょう。実は密かに聞いた話なのですが、四の君が当代一の貴公子・右近の少将さまとご結婚されるらしいのですよ。そうなるとまた姫さまが忙しくなると案じておりましたの」
「それはおめでたいことね。わたくしはあなたの優しさに癒されるわ」
姫が儚く微笑むのをその美しい姿に少納言の君はやはりこれほどの姫はいないと感じ入りました。
「お姫さまに折り入ってお話がありますの。私の従姉妹が勤めているお邸の話なのですが、交野(かたの)の少将とおっしゃる貴公子に仕えております。私がそちらに伺った折にお姫さまのことを話しましたら、興味をそそられたようで。ぜひお姫さまを妻に迎えたいとおっしゃるのですよ。よいお話でしょう」
「わたくしはなんと申し上げたらよいのやら」
姫は気にも止めずに針を動かしております。
「交野の少将さまは慈悲深い御方で、虐げられるお姫さまを放っておけないご様子でしたわ。しかもとても美しい殿方でいらっしゃいますのよ。お姫さまとならばまさに似合いの一対となりましょう」
「わたくしのようにみっともない女がそんな素晴らしい御方と釣り合うとは思えませんわ」
姫がやんわりと断るのを少納言の君は謙虚であるととらえたようです。
「お姫さまが幸せになるのを誰が止められましょう。常日頃苦労されている姫さまこそ報われるべきですわ」
と、そこに少納言の君に来客があって戻らなくてはならなくなりました。
「このお話はまた改めて。交野の少将さまとのご結婚を考えてくださいませね」
少納言の君はさらに一言念を押して去っていきました。

このことで面白くないのは几帳の向こうに潜む右近の少将です。
「何ですか、あの女房は。初めはあなたに好意的なのでよかれと思っていたら、まさか交野の少将を紹介するとは。彼は色男ですが、誠意のない女たらしですよ。私がいなければあなたはきっと彼に色よい返事をしたかもしれないな」
少将は嫉妬心むき出しで憤慨しております。
「あなたこそ四の君と結婚なさるようね」
姫が可愛くちくりというと、少将は、
「つい嫉妬をやいてしまいましたが、あなたが交野の少将と結婚するようなことがあれば、私も堂々と四の君の婿におさまりますよ」
というので、二人は顔を見合わせて笑ってしまいました。
互いの愛情を信じて疑わない二人にはまわりの狂騒など瑣末なことなのです。
「さて、ではあなたを手伝おうか。また北の方が怒鳴りこんできたら、たまりませんからね」
少将はすぐに機嫌を直して、縫うための印をつける作業を手伝おうとします。
「殿方がそんなことをなさってはいけませんわ」
そう姫が宥めても、まぁまぁ、とやる気満々です。
少将はうまく手伝って褒めてもらおうとばかり、余計なことをするのでこれまたなかなかはかどりません。
「あなたったら、そこを押さえていてくださればよろしいのよ」
「それだけではつまらないではないか」
「針仕事ってこうしたものなんですもの」
それでも何とか印をつけると姫はさっそく針を動かし始めました。
少将は自分がすることがなくなるとまた姫にちょっかいを出したくなるのです。
「なんだか慣れないことをして疲れてしまったなぁ。もう寝ましょうよ」
「では先にお休みになっていらして」
「あなたがいないのでは寂しいではありませんか」

そんな仲の良い二人の様子を戸の隙間からじっと見つめる者がおりました。
それは何を隠しようもない北の方御大なのでした。
北の方はおちくぼ姫がちゃんと縫い物をしているかどうか、こっそり様子を伺いにやってきていたのです。
ところが中から男の声が聞こえたもので、ぎょっとして息を殺して覗いていたのでした。
幸い少将の正体が知られる部分は聞かれていなかったようですが、これは何とも由々しき事態です。
北の方は姫に通っている者があるのは知っていましたが、相手を見るのは初めてで、青年の立派で贅沢な衣装や容姿端麗で快活な笑顔を見て、これは並みの身分ではないと直感しました。
三の君の婿・蔵人の少将よりずっと素晴らしい若者です。
これは下手をするとおちくぼ姫を連れて行かれるかもしれない、無料の裁縫女を手放してなるものか、とぎりぎりと歯を噛みしめました。
「もう縫い物はやめなさいよ」
少将は紙燭の灯をふっと吹き消すとあたりは暗闇に包まれました。
「困りますわ。早く縫わなくてはまたお義母さまに叱られてしまいます」
「勝手に腹をたてさせておけばいいんですよ。そんなものはその辺に放っておいて、こちらへいらっしゃい」
北の方は姫が男に自分のこと言いつけているのだと思うと苦々しく、蔵人の少将の衣装を「そんなもの」と軽く扱われたのにも腹が立ちました。
しかしここで大騒ぎを起こしては、これみよがしに男はおちくぼ姫を連れて逃げるしょう。それどころかあの青年の様子の良さを見て中納言は結婚を許してしまうかもしれないのです。
短慮はならぬ、と北の方は堪えて自室へと戻りました。





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