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令和源氏物語 宇治の恋華 第百二十三話

 第百二十三話  邂逅(三)
 
「あら、このような上品な香は嗅いだことがございませんわ。尼君さまが焚かれているのでしょうか。趣味がよろしいですわね。御方さま(姫の母君=常陸の守の妻)も洗練された京風の御趣味と思っておりましたが、やはり本場は違いますわねぇ。尼君さまはお召し物も品がよくて素敵ですわ」
「ほんによい香りだこと」
などと女房たちがほめそやすのは薫君の芳香なのですが、それはもちろんご存知ではあるまい。
薫が覗いている障子の前には屏風が立ててありますが、高さが足りないので実は薫からは部屋の様子が窺えるのでした。
姫君はどうにも加減が悪そうに臥しておられ、顔を見ることが出来ません。しかしながらその物思わしげな風情も大君によく似ております。
女房たちが空腹を満たすのに栗などを食べるのをそのように女人のあからさまな姿を目の当りにしたことのないもので些か気が退けるのですが、なんとか姫君の顔がみたいばかりに食い入ってしまう薫なのです。
弁の尼は常陸の姫の御一行方に挨拶をとこちらを訪れました。
「昨日お着きになるとばかり思っておりましたのに、何事かございましたか?」
「姫さまのお加減が悪く、なかなかあちらを出られずにおりましたの」
尼君が来られたということで姫君はようやく身をお起こしになる。
恥ずかしそうに目を逸らした様子でその顔をはっきりと見ることができました。
 
なんと大君と瓜二つではないか。
おお、あなたと再び巡り会えるとは。
 
薫の胸は掴まれたように苦しくなり、知らず涙がこぼれ落ちました。
弁の尼はその香りから薫君がそこにおられるのを悟ったのか、あたり障りのないことを話してその場を辞去しました。
薫も自分の御座所へ戻りましたが感情の昂ぶりを抑えられず、涙を止どめることができません。
女二の宮を妻として迎えるにあたり心の奥底に封じ込めた昔の恋心が溢れ、一度無理に葬ろうとしたばかりに甦る感情は幾重にも薫を苛むのです。
亡き八の宮さまのことばかりが思い出されたのはもしやこの姫君を顧みられなかった宮さまの心残りが姫と引き合わせてくれたのではあるまいか。
そう思うともう薫の心は留めることはできないのです。
しかしながら皇女を賜った身の薫が表だって受領ごときの姫に言い寄ることは憚られます。姫宮の御身分に疵をつけることは赦されないのです。
そうかといってあの姫を垣間見ては他の男の物にすることなどできず、弁の尼を通じてそれとなく迎えようと考える薫なのでした。
 
かほ鳥の声も聞きしにかよふやと
    しげみを分けて今日ぞ尋ぬる
(顔も声も亡きあの人に似ている君にぜひお逢いしたいものだ)



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