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君をそこから連れ出して

今は遠く離れた愛おしい感情も、時を越えて蘇る。昔よく聞いた音楽は、あの日漂っていた空気をそのままメロディの中に閉じ込めて、たまにふとその曲を思い出したときまるでタイムカプセルの蓋をあけるように、あの日の私が息を吹き返す。感情も、目に映った景色も。

天神の夜道を歩く23時。春吉でジャズライブを見た後、なんだか名残惜しくて、街を歩いていた。新天町に美味しいたいやき屋さんがあったなぁ。と、たいやきを買うために三越側から歩く。その途中に煌々と輝く真っ白い看板。そこに書かれた手書きのフォント。

「でっかい愛とか希望探してる」

嵐のA・RA・SHIのラップだ。

さがす、さがす、さがす…。いちばん、迷って苦しんでいた時期、のめり込んで聞いていた、それが嵐の曲。そんなことをぼんやり考えていたとき、ふっと思い出した。

「ランナウェイ・トレイン」という曲のことを。

このアルバムの2曲目だ

朝、学校に行く時間。私は母の車で送ってもらっていた。

窓から見える空と、前後に数十メートル、左右に数百メートル広がるだだっ広い田んぼ、そこをまっすぐに走るアスファルトの道、中学校。普通は徒歩か自転車での通学。車で行くと、白い目で見られる。だから、後部座席で外から見えないように座高を低くしていた。その当時ヘビロテしていた、ランナウェイ・トレインを聞きながら。

その曲の歌詞は、あまりにも苦しく心に響いて、泣けないかわりにその曲をかけて、蓋をして、奮い立たせて、そして、「誰か助けて」って思いながら、なんとか”普通”に過ごしていた。

「君をそこから連れ出してランナウェイ」

そんな、ちょっぴりダサい歌詞を思い出すとき、同時に頭に浮かぶのはこの日の景色、この日の感情。

ちょっとだけ悲しくなって、ちょっとだけ願って、フッと笑った。

もう、あの日の私は、今の私の手を離れて記憶の海を漂っている。誰かに手を引いてもらわなければ抜け出せないような、そんな暗闇の中にはいないけど、ちょっとだけ、やっぱり誰かに連れ出してほしい。そんなことを考えながら、たいやき屋さんに向かってまた歩き出す。秋がもう私を追い越そうとする、そんな夜の1ページ。



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おいしいごはんたべる…ぅ……。