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この時代に、新人賞を催すこと

わたしと新人賞のかかわり


インターネットやSNSの普及によって、誰もが簡単に表現・発信できるようになったこの時代に、私はとある新人賞の運営に携わっている。

その名も「新世代賞」。新世代賞は、芸術家、デザイナー、建築家などを目指す25歳以下の若きクリエーターのための新人賞だ。2017年に作家でDesign Stories主宰の辻仁成氏が立ち上げ、今年で6回目の開催を迎える。

私は、昨年の夏から新世代賞の運営に参加させてもらっている。パリに住む辻さんが、私が居住する教育施設 SHIMOKITA COLLEGEに向けて、オンラインでトークセッションをしてくださったことがきっかけだ。

辻さんは、若い頃から長らく拠点をおいていた下北沢で新世代賞を実施したいと考えていたそうで。そんな折、下北線路街の開発を手掛ける小田急電鉄さんと出会い、下北沢で「駅の詩」をテーマに第5回 新世代賞を開催することが決まった。新世代賞の開催を通じて次世代の原石発掘を目指す辻さんに、小田急電鉄がSHIMOKITA COLLEGEの居住者を巻き込んで共同で実施したい旨を伝えたところ、辻さんにも賛同いただき、SHIMOKITA COLLEGE居住者有志でも実行委員会が組織されたのである。

正直なところ私は、賞の運営に興味があって実行委員に参加したのではない。辻さんのトークセッションがあまりに熱く、心が揺さぶられる感じがして、セッション後つい手を挙げてしまったのだ。何をするのかもいまいちわかっていなかったし、今となっては辻さんが何を話していたかも覚えていないのだけれど、とにかく鮮烈だった。

運営に携わって感じたこと


昨年、どうにか第5回 新世代賞をやり遂げ、公開型の最終選考会・授賞式を迎えたとき、「受賞自体も嬉しいが、まず、自分の作品を見てもらえたことが何より嬉しい」といった受賞者の言葉に、また心を揺さぶられた。当日まで目の前のことにいっぱいいっぱいであまり意識していなかったけれど、応募してくた人にとってこの賞は、私が思っていたよりも大きな意味をもつのかもしれない、とハッとしたのである。

そして、今年も始まった新世代賞。まずは、賞の存在がより多くのひとに届くようにと、私は広報活動を担当している。

第6回新世代賞の辻さんとの打合せで、若い世代にバトンを渡したいという思いや、そこに芽生える思いがあるのなら火種を絶やしたくない、大樹に育てていきたいといった言葉を受け取った。3度目の、心揺さぶられる瞬間だった。

創作したい、思いを形にしたい、没頭したい、誰かに何かを届けたい、見つけて欲しい、表現したい。人それぞれ火種のかたちは違うかもしれないけれど、火種を他者にじっくり見てもらえる機会って、貴重だよね。

かつての辻さんにとっての火種はこちら。テープやビデオや文章、スケッチなどを大人たちに送り続けていたそうです。

自分は十代の頃、「世界はまだぼくを発見してない、いつだ、いつあんたらはぼくを発見する気なんだ」と叫び続けていました。笑。

Design Stories 第6回新世代賞「募集要項」

賞への応募は一回勝負。だから真剣。


誰もが自由に発信できるこの時代に、新人賞を催すことの意義はあるのだろうか。あるとすれば、それは何か。SNSでの発信とは何が違うのか。

その答えは、真剣さだと思うんです。賞への応募は一回勝負。

真剣さという言葉は最近、ほぼ日の今日のダーリンで糸井重里さんがよく取り上げていて、印象に残っていました。ほぼ日の学校で、野中郁次郎先生への取材を見たとき、野中先生も真剣という言葉を発していて、私の中にじんわりゆっくり染み込んできていた言葉です。

真剣とは、漢字が表しているが「真剣」という刃物なのだ。エア剣や、スポンジ剣とは、覚悟がちがってくる。剣を振れば必ず「なにかしらの結果」が出てしまう。そして、その覚悟をもって振るからこそ、腕が上がる、と。

ほぼ日刊イトイ新聞 今日のダーリン(2022年6月14日)

決して、SNS発信をしている人たちが真剣じゃないと言いたいわけではなくて。自己表現とは少し違うけれど、私も新世代賞のSNS広報のコンテンツをつくるとき、いつも一生懸命だもの。

いざやってみると、画像や動画、文面をつくるたびいちいち悩むし、発信までに時間がかかる。書いては消して、また書いて。あれやこれやと試していると、時間はあっという間に過ぎていくものだ。ようやく納得がいって公開したあとも、「ここは、こう書いたほうがよかった!画像にこれも入れればよかった」と投稿を編集したり、一旦削除して新しく投稿しなおすこともある。

賞に応募するときは、提出してみて反応がいまいちだったら取り消すとかできない。一回勝負で、その分真剣。

私の場合、大学生の頃、ゼミ入試(通称、入ゼミ)で似たような経験をした。私の希望するゼミは倍率が高く、入ゼミ課題にはとても力を入れた。課題はずばり、現時点で書きたいと思っている卒業論文のテーマについて。提出後に一応面接もあったが、15分と時間が限られている上、面接内容は基本的には課題に関する質疑応答と事前に通達があった。つまり、合否は課題でほぼ決まるということだ。

まず、書き始めてしまう前に、書いてみたいテーマ候補をいくつか出し、先輩にテーマ選びのコツを聞いた。先行研究で何が明らかにされているか、それを踏まえて新たに問いを立てられるか。そんな未知のtipsを授けられ、初めてのことに戸惑いつつ、論文を読んでテーマを決める。その後は骨子づくりだ。自分の問いと仮説、その背景を箇条書きにして、また相談。先輩だけでなく、大学の図書館にあった文献活用のサポートデスクにも大変お世話になった。期間としてはわずか3週間程度だったが、毎日何をしてても頭の片隅に課題のことが頭にあって、何回も組み立て直して、とても充実した期間だった。

他にも、就職活動でエントリーシート(ES)を書くときや、今住んでいるSHIMOKITA COLLEGEに応募するときにも、同じような経験をした(さすがに先行研究とかは要らないから、入ゼミ課題ほど手こずらなかったけれど)。

選ぶ・選ばれる場には、切実な真剣さが宿る。

自分が提出したものを誰かに見てもらい、評価される。選ばれるかもしれないし、だめかもしれない。賞への応募、入ゼミ課題、ES、共通するのは評価されること・選ばれることだ。先述の糸井さんの言葉を借りると、「『何かしらの結果』が出てしまう」こととも言える。

今月、私の毎週の楽しみはバチェロレッテだった。1人の女性を巡って十数人の男性が集い、女性は旅を続けたい男性にローズを渡す。ローズセレモニーのたびローズの数が減り、最終的には1人の運命の相手を選ぶ。真実の愛なんて存在しないと思うし、一緒にいる相手と築いていく関係性の中で2人なりの答えがあると思うから「真実の愛を見つけ、最後の1人を選ぶ」という番組コンセプトには共感しかねる部分もあるが、選ぶ・選ばれるの過程で参加者の真剣さが伝わってくるところが私は好きだ。次のローズセレモニーでローズを貰えなかったら、もう思いを伝えることはできないのだから真剣になるのも頷ける。

アイドルのオーディション番組も同じだ。NiziUがデビューしてからしばらく経って、NiziProject(通称、虹プロ)って話題になっていたなと軽い気持ちで見始めたら最後。連日深夜3時まで見続け、数日でコンプリートした。

バチェロレッテでも虹プロでも、はじめはそこまで真剣じゃない参加者も見受けられる。みんな、番組内での経験を通して、どんどん本気になっていく。参加当初から結婚したいやアイドルになりたい、有名になりたいといった気持ちが全くなかったわけではないだろうが、ふわっとした気持ちだったり、現実味がなかったりする。ローズセレモニーや審査を重ねるにつれて、本当にこの人と結婚するかも、本当に私はアイドルとしてデビューするかも、と覚悟が変わっていく。真剣は真剣でも、このチャンスを逃したらもう2度と訪れない切実さがある。だから視聴者側もつい没頭しちゃうのだと思う。

選ぶ側も真剣。みんなに届けようとしなくていい。

誰もが自由に発信できる時代だけれど、発信したからといって誰かに見てもらえる保証もなければ、見ている人がいたとしてもコメントやリアクションが返ってくるとも限らない。まずは見てもらえるように、バズらせるための工夫が必要になったりもする。そうなると、自分が表現したいもの、美しいと思うもの、善いと思うものではなくて、多くの人に受け入れられやすいものを志向してしまうこともあるだろう。

今はいいねの数を競うような風潮があるけれど、これはたった一つのいいねで幸せになれるという歌です  #サラダ記念日

俵万智 Twitter (2020年7月6日)

賞を受賞することは、たった一つのいいねをもらうことに近い。芥川賞を受賞され、その後芥川賞の選考もされていた辻さんから聞いた話ですが、審査は多数決ではないそうです。一人の審査員がどうしてもこれを、と譲らない作品が残ることもあるとか。選ぶ側も真剣だ。

バチェロレッテだって、ローズを渡す側の女性も勿論、真剣だ。結婚相手をこのなかから見つけるぞ!という気概なのだから。オーディション番組だってそう。自分の事務所でデビューするひとを選ぶのだから。

昨年の新世代賞の最終選考会は公開型、リアルタイムでオンライン配信をした。一体どんな選考会になるのか運営側もドキドキだったが、審査員それぞれがお互いに意見を合わせることもなく、自分が良いと思ったものを素直に語る姿が印象的だった。

新人賞は、あなたの純粋な思いと作品を、思いきりぶつけられる場所です。それに応えてくれる大人たちがいる。だから、あなたが信じるものを表現したいように、形にしてください。本気が詰まった作品は、きっと誰かの心を打つでしょう。いや、そこまで確信的なことは言えないな。誰かの心を打つかもしれないし、どこか惜しくて届かないかもしれない。でも、だからこそ、せっかく応募するならば、あなたなりの真剣を届けたほうがいい。

私は、くすぶる思いを抱える誰かがつい真剣になってしまうような場所を、辻さんや小田急のみなさん、SHIMOKITA COLLEGEのチームとつくっていきたいと思います。

もし興味・関心やタイミングが合う方がいれば、新世代賞へのご応募、ぜひお待ちしております。

新世代賞の募集要項はこちら、SNSアカウントはlit.linkでご覧いただけます。

運営側も、自分たちがつくった広告が、小田急電鉄の車両内に掲載されているのは、
毎回、思いもよらぬ人の目に届いてるのかもとドキドキするし、嬉しくなります。
今週は、はじめてデジタルサイネージも使わせてもらいました。
辻さんとの合言葉は、「えいえい、おー」です。


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