生きるとか死ぬとか

 少し昔の話をすると、誰しもそれなりに抱えるであろう『死にたい衝動』というやつが、私にもあった。
 で、今ではそこまでネガティブな感情を持ち続けることはなくなったのだけど、ここ最近のように雨ばかりでリアルに暗雲立ち込める日々が続いたり、なかなか疲れが抜けない日々が続いたりするとふと『生きるのめんどくせー』とか思うときはままある。
 他にも先行きの不安とかギャップがどうとか、普段ならとりあえず放っとくような月並みな問題が頭をもたげてくるのだけど。

 過去というやつについて考えたとき、もう二度と戻れない、同一の瞬間を目にできない、そこに身を置けないという点で、過ぎ去った時間と空間はすでにどこにも存在しておらず、言い換えれば『死んで』しまったのだ、という風に考えることはできないだろうか。

 物体や生命は存在し続けたり生き続けたりしているけれど、それはあくまで結果の積み重ねであって、1秒前の自分と1秒後の自分ではごくわずかであれ劣化・成長等で存在が変化しており完全に同一とはいえず、となれば戻る・戻すことのできない1秒前の自分はすでにこの世にいない、『死んだ』存在ではないかと。
 仮にタイムマシン的なもので過去に遡れたとして、未来の技術で戻りたい過去Aに戻ったとしてもそれは『過去Aが本来なかった未来からの干渉を受けた結果現れた、非常によく似た過去A'』となって、結局は一度過ぎたものと完全に同一な過去には戻れず、やはり過ぎ去った時間と空間は『死んで』いると言えるのでは……とまあ、どれもこれも空想というか妄想ではあるけれど。

 まあとにかく、命が続く中で一瞬ごとに死を、またほぼ同時の一瞬一瞬に生を積み重ねているのなら、生きたいも死にたいもとりあえず叶っているし、無理して死に急いだり生き急いだりしなくてもいいのかしら、なんて、とりとめのないことを考えてみたり。

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