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やさいクエスト(第十四回)

XIV.第二章 未来のゆくえ(5)

「しまった、払えるものを持ってないぞ」
 ホテルのロビーに到着したとほぼ同時に、ジャガイモが声を上げた。そういえばカブさんにスイカを渡して以降、水と食料、装備のほかには何も手にしていない。
「ど、どうする? このホテル、ずいぶん高級そうだぞ」
 キャベツは天を仰いだ。とても高く造られた天井から豪華なシャンデリアが下がり、屋内を煌びやかに照らしていた。視線を落とせばふかふかのカーペットがあり、周囲には洒落たオブジェがさりげなく配置されている。シャンデリアの煌めきに、そのどれもが繊細な美しさをもって応えていた。
 身分不相応、そんな言葉が浮かんだが、一度は泊まってみたいと感じさせられるのも事実だ。
「むう、余り好ましい手段ではないが、我がジャガイモ家の威光に頼ってみるか」
 ジャガイモとしても、ここでゆっくり体を休めたいのが本音であろう。普段は肩書きに頼るのを嫌う彼も、今回ばかりは致し方なしといった風だった。
 生まれてこの方こういった場所に縁のなかったキャベツと違って、ジャガイモはさすがに慣れた足取りでフロントに向かう。宿泊の手続きは彼に任せておくことにした。が。
「これはジャガイモ様、お帰りなさいませ」
「?」
 フロントの男が、思いがけない言葉を投げかけた。あからさまに困惑するジャガイモ。キャベツもひとまず近寄って、会話の中身に耳をすませてみる。
「部屋を取りたいのだが――」
「御冗談を。部屋の予約なら、先刻承ったところではございませんか」
「バカな。オレたちは今しがたこの町に着いたばかりだぜ」
「しかし、二名様でお一部屋ずつ、確かにジャガイモ様のお名前でご予約を承っております。もうお代も頂いておりますし」
 キャベツもジャガイモも、そろって眉をひそめた。誰かが、二人の宿を用意してくれたというのか。
「そいつは、ジャガイモだったんだな?」
「ええ勿論、ほぼ同じ姿形のジャガイモでしたが」
 念を押すジャガイモ。とすると彼の同族が先にこのホテルに現れ、両者のために部屋を取った、そういう流れになる。予想していなかった事態に、互いに顔を見合わせる。
「爺やさんの遣い、ではないか?」
 キャベツの想像しうる範囲で、最も妥当な結論だった。しかしジャガイモは首を横に振る。
「いや、如何にジャガイモ家に連なる者といえ、爺やにそこまでの力はないよ。そもそも爺やはこの町の存在さえ知らぬはずだ」
「じゃあ、君の親戚とか」
「親戚……この町の存在を知り、なおかつオレたちの動向を把握していたイモ、か」
 ジャガイモにはとかく親戚が多い。ジャガイモ自身もそれを知ってのことか、すぐには否定しない。
「仮にそうとして、決して全員が味方とは限らんのだぞ」
 罠かもしれぬと警戒を緩めぬジャガイモに、
「親切心だと思って、受け取っておこうじゃないか」
 できるだけ物事を好意的に解釈するキャベツ。
 両者は瞬刻、視線を戦わせた。
「フッ。分かったよ。どのみち疲弊したままでは共倒れだ、今日のところはこの恩恵にあずかろうではないか」
 結局ジャガイモが折れる形で、宿の確保を優先したのだった。

 部屋は二階の一角に、二つ続きの番号で取られていた。通路の片側にジャガイモの部屋、もう片側にキャベツの部屋があり、二つの部屋が通路を挟んで向かい合う格好だ。それぞれ鍵と部屋の番号を照らし合わせる。
「じゃあ、明日な」
 先に扉の奥に消えていったのはジャガイモだ。キャベツはといえば、初めてのホテルに若干の緊張を覚えていたのである。だがそれも、自分の部屋に入るとすぐに感動へと変わった。
「すごい、豪華だ」
 シンプルかつ洗練された風合いの調度が過不足なく置かれ、天井はロビーと同じに高く、大きめに取られた窓からは明かりの灯り始めた街の景色が一望できた。
 ひときわ目を引くのが壁際に備えられたベッドで、キャベツなら十個は並べられそうな特大サイズだ。その大きなベッドを配してもなお充分な空間のある部屋は、シングルとしてはとしては規格外の広さといえた。
「もしかすると、内装はジャガイモの家のより高価かもしれないな」
 キャベツはベッドに飛び乗り、その柔らかさにまた驚いた。自分の家で使っている安い寝具とは雲泥の差だ。
 思えばここまで、ごく短いあいだに驚かされる出来事ばかりあった。あの決勝大会での指名から始まり、地上絵、伝説と知られざる真実、地図に載らない町、そして――ジャガイモの胸のうち。
 もし闘技大会のなかばで敗退していれば、それまで通りの一町民だったろうか。そんな風に考えると、不思議な感じがした。
 体は疲れているし、頭も冴えているとは言い難い。キャベツは早々に布団にくるまった。まさに雲に包まれているかのようにあたたかく、静かだ。部屋の壁は厚みがあるのか、物音もほとんどしない。毎日こんな部屋で寝起きできれば、どれほど幸せかと思う。けれども。
「――眠れないな」
 ここまでの苛烈な道程をジャガイモと共にしてきたからか、一人になるのがずいぶん久しぶりな気がした。考える余裕のなかったいくつかの物事が、ふと頭をよぎる。
 何のために生きてる、か。
 畑を耕し、野菜たちの世界を作ったのはニンゲン。
 この世界で育った野菜たちを食べるのも、ニンゲン。
「僕たちにも、きっと役目はあるのだ……」
 まだ、それが何かはわからない。あるいは、そういうことにして少しの安心を得たいだけかもしれない。
 旅の終わり、魔王ピーマンとの戦いの果てに、答えは見つかるだろうか?
 ピーマン……そうピーマン。砂漠を渡るのに必死になりすぎて忘れていたが、奴の居城はもう目前であった。戦いのときは近いのだ、事実を認識した途端ににわかに気が昂ぶり、やはりぐっすりと眠るのは難しそうだった。
 キャベツが悶々と時を持て余していた、そのときだ。ふと、何者かの気配がした。
「ジャガイモか……?」
 ドアの向こう、廊下に誰かいる、らしい。夜はもうとっくに更けている。こんな時間に用があるとすればジャガイモくらいのものだろうが、いつまでもノックの気配がない。キャベツがそっと剣に手を掛けて様子を窺っていると、がちゃり、と鍵の開けられる音がした。
 全員が味方とは限らん――ジャガイモの言葉が頭の中で反響する。ジャガイモなら、また彼と親しいものであれば、ここまで礼節を欠いた行いはまずするまい。キャベツは布団から抜け出し、ベッドの陰で息をひそめた。外にいるのが敵とするなら、こんな時間に動く理由はひとつ。
 寝込みを襲うため、だ。

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