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やさいクエスト(第九回)

Ⅸ.第一章 希望をはこぶものたち(8・第一章完)

 剣術の腕のほども、気心も知れている。ジャガイモが自分を誘う理由としては充分といえる。しかしジャガイモほどの男なら、彼だけでも目的は果たせるだろう。単なる敗者へのお情けで声をかけられたとも思えない。もともと、あの闘技大会に固執していたのはジャガイモの方だったからだ。民衆や国王に力を誇示するなら、仲間などいない方が都合が良いはずだのに。
 キャベツが物思いにふけっていると、荷車を引いたジャガイモが得意げな顔で戻ってきた。山を成していたイモは忽然と消え、代わりの作物がひとつ、どんと載っている。交渉は上手くいったようだった。
「とびきりのやつを貰ってきたぜ。これで、駅員のオヤジも文句はあるまい」
「駅員? じゃあ駅に向かって――列車に乗るのか、もしかして」
 先を歩くジャガイモを追って、足はすでに南方の駅へと向いていた。わざわざ他のものに換えずとも、対価ならあのイモで充分に足りそうなものだが。
「イモを渡すのではダメなのか」
「ふむ、普段はそう利用する機会もないか。列車に乗るには運賃としてコイツが必要なのだ。覚えておきたまえよ」
 ジャガイモは今しがた交換してきた野菜を指差して答えた。ピーマンが魔王として君臨する以前は、新天地行きの特別便のみタダだったのだが、と、あとに付け加えた。
 これまで、ほとんど町から出たことのないキャベツ。実は駅も列車も、話に聞いていただけの未知のものだった。支払いにも色々あるものだと、妙なところで感心する。
「確かに美しく、存在感があるひと玉だ。しかし、あれだけのイモをもってしてもこれひとつだけ、というのは複雑なものがあるな、ジャガイモ」
「言ってくれるな。こちらも品質に間違いはない。だがそれでも、真の高級品となればあれだけのイモでも足りるかどうか」
 野菜の価値はそれぞれで、さまざまだ。
 自分はどこまでその価値を高めていけるだろう――などと考えながら、歩くことしばらく。
「見えたぞ。あれが駅舎だ」
「おお、あれが噂に聞く駅か……駅か?」
 辿り着いた駅舎は、木造の、ずいぶんと簡素な造りだった。飾り気のない駅員室のほかは、これもまた飾り気のない屋根とベンチがあるだけだ。風が吹けば雨すらしのげるかどうか怪しい。二人以外には客も見当たらない。
「さ、寂れているな」
「ま、列車もひとつ、駅員もひとりだからな」
 国の一大事とはいえ、初めて訪れる場所ということで期待に胸膨らませていたのは事実である。キャベツの期待と空想は見事に裏切られる結果となってしまった。
「これでも、特別便が出ていたときには客と見送りの野菜でごったがえしたもんだぜ」
 不意に遠い目をするジャガイモ。親類縁者の多い彼である、誰かの見送りとしてここを訪れたこともあるのだろう。思いを馳せるのはかつての賑わいか、それとも遠く離れた親戚か。
「オヤッサン、いるか?」
 駅舎の片隅、駅員室の扉をジャガイモがノックする。ややあって、駅自体に負けず劣らずくたびれた返事が聞こえてきた。
「あいよ。どなたさんだい」
「勇者ジャガイモ、そして同じく勇者キャベツ。魔王討伐の旅に貴殿の力を借りたく馳せ参じた」
 名乗った瞬間、小さな部屋がどたばたと揺れた。突然の訪問に驚いたらしいが、何とも大げさである。
「へへ。ジャガイモの坊ちゃんもお人が悪いや、いきなりで驚いたじゃないですかい」
 駅員室から出てきたのは、見た目も仕草もどこか締まりのないカブであった。急いで着替えたのか制服のボタンは掛け違っているし、葉もしなびがちだ。
「はっは。久しいな、オヤッサン。元気だったか」
「へえ。お陰様で病気もしちゃあいませんがね、このご時世だ、ただでさえ少なかった客が、もっと少なくなっちまった。酒でもなきゃやってらんねえ、ってね」
 駅員はぼやきながら、手にしたままのコップで透明な液体をあおる。
「あ、コレは酔い覚ましの水ですんで」
「なあジャガイモ。大丈夫なのか、この……駅員さんは」
 男の態度にかつてない不安に駆られるキャベツをよそに、ジャガイモは余裕の態度を崩さない。どうやら両者知り合いでもあるようで、喉元まで出かかった『酔っ払い』という単語を、キャベツはすんでのところで飲み込んだ。
「ああ、紹介しよう。彼が駅員兼運転士のカブさんだ」
「へへ。駅員のカブでやす。以後お見知りおきを」
 悪い男ではなさそうだ。職業柄、さすがに日の高いうちから大酒を食らっている様子でもなく、当人に思ったほどの酒臭さはない。キャベツは差し出された手を握り返した。
 ただ制服には間違いなくアルコールの香りが染みついていて、それは結局のところ飲んだくれの証明のようなものだ。どうにも難しい顔をくずせないキャベツの肩を、ジャガイモがポンと叩く。
「オヤッサン――カブさんはジャガイモ家とも古い付き合いだ。その技術はオレが、いや我がジャガイモ家が保証しよう」
「まあ、君がそこまで言うなら……」
 ピーマンのいる所まで徒歩で向かうとなれば、列車とは比較にならないほどの時間がかかる。自信満々なジャガイモの手前、カブさんについてもとりあえず信用することにした。
「オヤッサン、オレたちの目的は先に述べた通りだ。新天地のわずか手前、ピーマンの居城まで、出してくれるな?」
「勿論ですとも。しかしだ、いくら坊ちゃんといえど、無賃ってわけには……」
「分かっているよ。そのためのスイカだ。いちばんの上玉を用意した」
「流石は坊ちゃん、話が早い」
「うむ。よろしく頼むぞ。クルマはあとで爺やにでも回収してもらってくれ」
 カブさんは先頭の運転席、キャベツとジャガイモは後ろに引かれたトロッコに、それぞれ乗り込んだ。トロッコには屋根も客席もない。本当にただ荷物なり野菜なりが積まれるだけのシンプルなものだ。赤茶けた錆色が年季をうかがわせる。
「出発、進行ぅ」
 やはり締まりに欠ける掛け声とともに、列車が動き始める。金属がむき出しの床がガタゴトと音を立てて揺れた。
「いよいよか」
 神殿の時とはまた違った緊張を覚えるキャベツ。自然と力がこみあげた。
「時間はどのくらいかかる?」
「さあ、オレも新天地近くまで行くのは初めてだ。ちと見当がつかんな」
 それもそうか――キャベツは妙なところで得心した。
 一度でも行ったとあれば、ジャガイモはここにはいないはずである。それか、勇者ではなく変わりものと評されていたか。
「若苗草原を過ぎて茸山トンネルを抜け、渇きの砂漠を突っ切る……となるとなかなかの距離になるな。まあ、着いてしまえば休息もできまい。今この時間くらいはのんびりしていようぜ」
 ジャガイモはトロッコの一面に背を預け、すでにくつろぎ始めていた。あるいはしっかりと覚悟を決めている、ともとれる。キャベツも適当に体を揺すり、全身の強張りをほどくことにした。無意味に緊張しても体力が失われるだけである。
 何気なく車両から顔をのぞかせると、生まれ育った町が見えた。こうして外から眺めるのは初めてだ。
 街並みが徐々に遠くなる。キャベツの心に、ふとした切なさがよぎった。

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