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やさいクエスト(第十三回)

XIII.第二章 未来のゆくえ(4)

 呼吸を整えたところで、キャベツは聞いた。
「うむ。ここからちょっと進んだところに、オアシスがあるのだ」
「オアシス! よく見つけられたな」
「いつだったか、オヤッサンからそんな話を聞いたのを思い出してな。線路沿いに、小さなオアシスがあると」
 どのくらい進めば着くのか、までは聞いていなかったがと、ジャガイモは付け加えた。
 彼はその存在だけを信じて、辿り着けるかどうかもわからぬオアシスに向かって走ったのだ。決してキャベツを見捨てたのではなかった。
「とにかく、話はオアシスに着いてからだ。立てるか、キャベツ」
「勿論」
 差し出された手を、キャベツはしっかりと握りしめた。
 立ち上がっただけではない。生きる望みがあると分かって、にわかに足取りも軽くなる。ほど近い距離にオアシスの存在をみとめたのは、歩みを再開してすぐのことだった。
「驚いた、渇きの砂漠にまさかこんな場所があったなんて」
 小さいとはいえ泉があり、木があり岩があって、それぞれが陰をつくっていた。これで多少なり暑さをしのぐことができる。
「進言があれば地図が描きかえられたかもしれんが、まあオヤッサンはそういうのに無頓着だからな」
 なるほど新天地へと旅立った野菜たちは誰一人帰ってこない。けれども列車の運転士たるカブさんは新天地直前と城下町とを何度も往復しているはずで、オアシスの存在を詳しく知っているのも道理であった。
「しかし、ピーマンは」
 キャベツはピーマンがオアシスをそのままの状態にしているのが気にかかった。ピーマンもまた、一度はこのオアシスを目の当たりにしたはずである。キャベツとジャガイモの進行を止めたいなら、このオアシスにも何らかの手を打っておくのが当然ではないか。
「さあな。そのままにしておくメリットの方が、デメリット――オレたちの生存をも上回ると踏んだ、とか。もっとも、それが何かまでは」
「真実は奴のみが知る、か」
「まあ、お陰で助かったのだ。少しばかり休憩しようじゃないか」
 ジャガイモの言う通りだ。キャベツは一旦マントを外し、沐浴を楽しむことにした。泉の水はとても清らかで、葉についた砂ばかりでなく、ここまでの疲れも存分に落としてくれた。
 ジャガイモも泉の水を水筒に移すと、適当に乾燥を防ぎつつ木陰に腰を下ろしている。炎天下で歩き詰めて身も心も極限の状態になっていた両者には、この上ない癒しの時間であった。
「オアシスを過ぎれば、砂漠越えはもうすぐだ。そういえば、オヤッサンは町もあると話していたな」
「町? それも地図で見た覚えがないな、だが進行の拠点ができるのは助かる」
 いくばくかの時間が過ぎ、二人はオアシスを発つ準備を整えていた。暑さそのものが和らいだわけではないが、気力体力とも回復し、無限に広がるとさえ思われた砂の大地に終わりが近づいたと分かり、士気は上がっている。
「しかしキャベツ、砂漠を越えればそこは魔王ピーマンのお膝元。素直に歓迎してくれるとは限らんぜ」
 そうだ。討つべき魔王は、もうかなり近くにまで迫っている。キャベツは改めて身の引き締まる思いがした。トーガン王の城から遠く離れたこの地では、魔王に与するしか生きる道のない野菜たちとて存在するかもしれない。
「邪悪に支配された民衆を救うのも勇者の努め。恐れることはないさ――僕たち二人なら」
 若き勇者たちは新たな決意を胸に、再び歩き始めた。こうして、彼らは見事に渇きの砂漠を乗り越えたのである。彼らが地図にない町にたどり着いたとき、高かった日は大きく傾いていた。

 ※

 入口から一歩町に踏み入ると、想像した通りの不穏な空気が――流れてはいなかった。どころか。
「野菜たち皆、明るい顔をしているぞ」
「意外だな、オレはもっと暗澹たる様相を呈しているかと思っていたが」
 この地におけるピーマンの君臨は町に暗い影を落としてはいないようで、野菜たちの表情が沈みがち、などということもない。通りには賑わいがあり活気があり、普通の市井と何ら変わりない光景が広がっていた。
「?」
 呆然と道行く野菜たちの姿を眺めていたキャベツだったが、ふと、きょろきょろと辺りを見回した。ほんの些細な違和感。だが住み慣れた故郷にはないそれが、心をざわつかせる。
「なあジャガイモ。この町、若者が少なくないか」
「そういえば、確かに」
 町で見受けられる者の多くは年老いた野菜――言い換えれば、味と彩りの最盛期を過ぎてしまったあとの野菜だった。若者の姿もないではない。しかし二人の住んでいた城下町に比べれば極端に少なかった。
「何か理由があるのかもしれないな」
「……うむ。それより」
 ジャガイモが、大通り沿いに建つ背の高い建物を指差した。町の端からでもよく見える位置に看板が出ている。絵柄から察するに、建物はどうやらホテルのようだ。
「日も落ちてきてるし、砂漠でいい加減疲れただろう。今日は早めに宿を取ろうじゃないか」
「そう、だな。町のことは、明日でもいいか」
 話題を変える直前、ジャガイモの表情が一瞬だけ険しいものに――草原で見せた、あの浮かない顔に変化したその一瞬を、キャベツは逃さず捉えていた。

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